チェックアウトの時間ギリギリに降りてきた名前とリゾットは、「遅い!!」と散々怒られてチームのメンバーと合流した。怒りの矛先は主にリゾットに向けられる。
「「オレ達の娘をふしだらな道に引き込むな!!」」
(早くも言いやがったか…)
リゾットはギャーギャー騒ぐ2人を残して、支払いに行くと抜け出した。
「名前、今日は良いとこに連れてってやるよ」
プロシュートがそう笑って名前に手を差し出す。
名前はその手を笑い返して取り、反対の手をペッシに差し出した。
「最初はいつも二人だね」
"最初"
そう、確かにいつもそうだった。
名前を見張ったのも、笑って会話したのも、別れを告げる朝名前をエスコートしたのも、確かに二人が最初だった。
「どこに連れてってくれるの?」
「どこまでも連れてイってヤりたいけど「メローネ、すっこんでろ」
突然会話に割り込んで一々変換ミスするメローネをプロシュートが一蹴し、ペッシが「名前は喜ぶ場所だと思うぜ」と笑う。
笑いながら仲良く手を繋いで歩く名前達を眺めて、リゾットはフッと頬を緩めた。
「名前に恩返しくらいしとかねーとな」
「名前は命の恩人だからな」
ホルマジオに続くイルーゾォに、「どうしてお前が自慢気なんだ」とツッコミたいのを我慢してリゾットはもう一度名前を見た。
何を話しているのか幸せそうに頬を染めてプロシュートとペッシに笑いかけ、メローネとギアッチョがそこに加わって盛り上がっている。
「てわけだリゾット、財布の中身は大丈夫だろうな?」
次の給料までのギリギリ生活を考えて、小さくため息をついた
。
「それで、どこに行くんだ?」
「何これ!!」
目をキラキラと輝かせて固まる名前を、行き先を知らずに連れてこられたリゾット以外のメンバーが満足気に頷いて見守る。
「遊園地だ」
(遊園地か…)
リゾットは名前と同じように目の前の施設を見上げ、ある事に気づいて思わず呟く。
「「初めて来た」」
テンションは違うが図らずも重なった声に名前は驚いて固まり、リゾットは名前を見た。
「まじ!?リゾット来たことないのかよ!」
「デートとかで女に連れて行かれたりとかないのか!?」
「オレはソルベと来た」
「オレはジェラートと来た」
口々に同じ様な事を言うメンバー(ソルベとジェラートは論外だが)に、デートをするような彼女を作らなかったのは面倒なので言わない事にする。
「…リゾットにも"初めて"ってあるんだ」
何故か嬉しそうに笑う名前に手を引かれ、チケットを買ってゲートをくぐった。
へぇと感動しながら歩いていると、ギアッチョに「二人とも口が開きっぱなし」と冷ややかに見られて慌てて口を閉じる。
「ギアッチョも遊園地来たことあるの?何が楽しい?」
「あぁ?知るか!……ぁ、ホラーハウスがあったな」
「知ってるんじゃん」
止めておけば良いのに口に出し、メローネに「うるせー!!」とお約束な展開が繰り広げられる。懲りない奴だ。
「しょーがねーな…止めろギアッチョ!!行くぞ」と歩き出したホルマジオに続いて、ホラーハウスへと移動する。
「ホラーハウスって怖い?」
「大丈夫だろ」
すがるように覗き込まれ、悪い気はしない。跳ねる心臓に息を詰まらせると、ジェラートとソルベに睨まれた。
(見張られてるのか)
「ギアッチョも一緒に行こうよ」
「いや…オレはいい」
「まさか恐いのか?ギアッチョ」
懲りずにからかうメローネを睨んだギアッチョが、苦い顔をしてホラーハウスに視線を移す。
「怖いわけじゃねーよ…嫌な事思い出したんだよ」
余程の事があったのか、ギアッチョは珍しくハッキリしない。
「まぁ無理にとは言わないけど…」
「いや、まぁ大丈夫だ。行こうぜ名前」
「オレも行くー!」
一緒に入る仲間が増えた事に、名前はホッと息をついてリゾットの手を引いたまま建物の中へと入って行く。
「お気をつけて」
従業員の男がニッコリ笑って切符を受け取り、意味深な言葉に名前はリゾットの手を握る手に力を込める。緊張で冷たくなった手を大丈夫と握り返し、第一陣として4人で暗闇の中へと入り込む。
「へぇ…ホラーハウスには初めて入ったけど、ベリッシモ本格的!」
悠長に構えるメローネの背後で、既に名前はリゾットとギアッチョの腕にしがみついて小さくなっていた。
小さな子どもが親の影から伺うように2人の間からホラーハウスを見渡し、不気味な効果音に震える。
「名前、まだ入ったばっかりなんだが…」
「う、うん…行こう」
「大丈夫かよ…」
ギアッチョは不安気に名前を伺って、メローネが先へ進んでいる事に気づいて慌てて続く。
「待てメローネ「…し…やる」
ギアッチョの言葉を切るように男の声が辺りに響く。その声は霞がかかったようにぼんやりとしていて、はっきりと聞き取れない。
メローネは気づいていないのか、「ふーん」と言いながらどんどん進む。
「リゾット、何か言った!?」
「いや…」
怯える名前を半ば引きずるように追いかけ、ようやく暗闇に目が馴れてきた3人の視界にぼんやりと光が入り込む。
光に気を取られていた為、横から現れた気配に近づくのが遅れてしまった。
ガタッと大きな音に振り向いた時には、血塗れの大男が猛然と襲いかかってくる所だった。
「殺してやる!!」
「っ!!!!」
「いやっ!!」
「メタリカ!?」
「「「どうする?」」」
冷静になった3人の足下に大男の人形が大破して転がる。
どうみても、カミソリと人形が複雑に縛られ氷ついている。
「「「………」」」
由々しき事態に行動も思考も完全停止して誰も喋らない。
「あ?お前らまだこんな所に…」
後続で入っていたプロシュートとイルーゾォ、それとホルマジオは青い顔をした3人に気づき、彼らの視線を辿る。
「「「!!!!!!!!」」」
一瞬で事態を飲み込んだホルマジオとプロシュートが、3人を引っ張って順路に従い全力で走る。
「リゾットォ!!何やってんだ!!」
「いや、殺してやるって言われてつい…」
「「つい、じゃねーっ!!」」
センサーの反応も従業員の反応も追い付かない勢いでホラーハウスを駆け抜け、ほとんど縺れるように転がり出た。
息を切らして倒れ込む5人に、ペッシとソルベとジェラートが目を丸くして固まる。
「…どうしたのお前ら」
ジェラートが声をかけ、俯いたままの名前が肩をぶるぶると震わせていることにソルベが気づく。
「名前?泣いてんのか?」
慌てて名前を振り返ったリゾットの視線に、まだ肩で息をする名前の視線が交差した瞬間…
「プッ…アハハハ!!もうダメっ」
「クッ、名前…止めろ。うつるっ…プハハ」
名前に続けてホルマジオが吹き出し、伝染するように5人が肩を大きく震わせて笑いだす。
外で待っていただけの3人は突然の事態に喫驚して固まり、座り込んだまま笑う5人をただ呆然と眺めた。
「はぁ…リゾット、ヒドイっクク…メタリカ!?って…アハハハ!」
涙を拭いながら笑う名前に、リゾットは顔を腕で隠すようにギアッチョに視線を送る。
「いや、オレよりギアッチョだろ」
「はぁ!?"オレより"ってなんだよ!!笑うなリゾット!!隠しても見えてんだよ!!
…くそーっだから嫌だったんだよ、ホラーハウスはよ!」
明らかに以前も同じ事をしたと言わんばかりの発言に、4人は再び吹き出す。
「あれ、皆いつの間にオレを抜かしたんだよ」
のんびりと出てきたメローネは、笑いこける5人と戸惑って固まった3人を眺めて眉間にシワを刻んだ。
「よく分からねーけど…乗り遅れた事は分かる」
「落ち込むなメローネ…オレなんか置いてきぼりだぜ?」
いつの間に現れたのか、影を落としたイルーゾォが隣で自嘲する。正直、なんの励ましにもならない。
「はぁ…苦しい」
「久々にこんなに笑った…」
笑い過ぎて腹と顔が痛い。痛む頬を押さえて立ち上がり、名前の手を引いて立ち上がらせてスカートの埃を払ってやった。
「グラッツェ」と笑って名前が腕を絡めるのをされるがままに、「よーし、次行くか」と先頭をきって歩き出すプロシュートに続く。
「次はどこ?」
「名前が行きたい順に行けばいい。こうなりゃ全部回ってやろうぜ」
マップを眺めて時折質問をしながら、名前はジェットコースターを選んだ。
元暗殺チームを乗せたコースターは、カタカタと音を立てて急斜面を少しずつ登る。少しずつなのがまた恐怖を煽るんだろう。
おだてられるまま先頭に座った名前は、激しい後悔をしながら目の前に広がる青空とレールを睨む。
「リゾット…」
「どうした?」
「生まれ変わっても愛してくれる?「おい、前でいちゃつくなよ」
答えるより早く後ろに座るホルマジオに釘を刺され、リゾットは無言で名前の手を握る。
「名前、死なねーから大丈夫」
イルーゾォの声が聞こえた瞬間。ガタンという音と共に景色が一変し、美しい町並みが目下に広がる。
「ひっ…キャーー!!」
「うをっ」
なるほど確かにジェットがついたような勢いで落下し、そのままの速度で次の坂を登って回転する。
冷静なリゾットの手を必死に握って、名前はされるがままに体を揺らして悲鳴をあげていた。
「遊園地って…すごい」
確かに。
何故"怖いアトラクション"を立て続けに選んだのか…。
名前は叫び疲れたのかぐったりした様子でコースターを降りて、チラッと振り返る。
「……もう一回乗りたい」
中毒性があるんだと思う。
「ペッシ!大丈夫か?」
「兄貴ぃ…」
膝が笑って立てないペッシに、プロシュートが肩を貸す。困ったマンモーニだ。
「名前、もう一度乗るのは後にして他のに行こうぜ」
青い顔をしたイルーゾォに奨められて、名前はマップを開く。
「このお店って何?」
「土産物屋だな」
「お土産…」
ジッとマップを見つめる名前に「行きたいのか?」と聞くと、小さく頷いて「でも」と口を尖らす。
「さっきのお金、半分返したいし」
名前が宿泊費の事を言っている事に気づいて、リゾットは笑った。
「宿泊費ならいらない」
「でも私が誘ったのに」
「名前、それはリゾットに払わせとけ。男が廃るだろ?」
メローネに男が廃るとまで言われたら、名前は引き下がるより仕方ない。
名前は頷いて「グラッツェ」と笑ってマップを閉じる。
「よし、土産物屋だな」
名前は土産物屋に飛び込んで端から端までじっくり眺める。
どこにでもありそうな食品に可愛らしいパッケージが施されたものや、小さなマスコットのキーホルダーを眺めて顔を綻ばす。
「これ、ジョルノに良いと思う!!」
名前は小さなクローバーにさらに小さなてんとう虫がとまったデザインのキーホルダーを、嬉しそうに見せる。
それをまじまじと見たソルベは吹き出し、ジェラートは「あぁ」と苦い顔をした。
「確かに似合うけど、こりゃ恋愛守りだぜ?」
メローネがニヤニヤと笑って、名前は目を丸くした。
「えー…可愛いのに…」
しょんぼり戻そうとする名前の手を掴み、メローネがまた笑う。
「札、外して渡せば分からねぇんじゃないか?」
メローネは明らかに面白がっているが、名前はもう一度キーホルダーを眺めて笑う。
「そうだね!!」
余程気に入っていたのだろう。嬉しそうにキーホルダーを持ってレジへ向かい、笑顔でラッピングを頼む名前を見ていた時だった。
「ボンジュール。可愛いね、あんたの彼女?」
「え?」
今会話していたメローネではなく、見ていただけの自分に聞いてきた事にリゾットは驚いた。そんなに見ていただろうか。
(違うと答える理由なんか無いか。)
「そうだ」
「へぇ…お幸せに」
他人に幸せを願われるような事は初めてだったリゾットは、短く「グラッツェ」と返した。