屋敷のあちこちを掃除させられ、挙げ句に料理まで作らされたプロシュートはヘロヘロになって与えられた部屋に戻った。
名前が帰宅を申し出たらしいが、余っているからと憎くも快く部屋を割り当てられた。


「お帰りー」

両手を広げて飛び付く名前にハグをして、プロシュートは辺りを見渡した。
狭くはない部屋に、特に変わった所は見当たらない。


「何もなかったよ」

ニコッと笑う名前が言う"何も"は、盗聴器の類いの事だ。
プロシュートはホッと息をついてベッドに腰かける。

「あ゛ー…無言でいるのもしんどいぜ!!」

「無事喋らずにいれたんだね!」

「何度か叫びたくなったけどな…」

ティッツァーノとスクアーロの顔を思い出しただけで叫びたい衝動に駆られながら、プロシュートはがっくり項垂れた。
胸元に手を当てたプロシュートは、自分がいつものスーツじゃない事を思い出してため息をつく。

「タバコ吸いてぇ…」


バタンとベッドに倒れ込んだプロシュートに名前が追い討ちをかけるように飛び乗って笑い、プロシュートは小さく悲鳴を上げた。

「ぐ…苦しい」

「タバコ吸ってないプロシュート良い匂いで好きー」

名前は時々、子どものような事をする。
(オレを男だと思ってねぇよなコイツ…)


「姉貴ー!!」
「はっ倒すぞお前…」

カラカラと笑う名前を押し退けて起き上がり、「で、どうだった?」と仕事の話に戻す。


「ディアボロとトリッシュとお茶したよ!あの二人面白いねー」

(面白いのはその状況だな)

一体どんな心臓してればその状況を楽しめるのかと、名前の逞しさにプロシュートは改めて舌を巻く。


「で?どんな様子だった?」

「んー…至って普通。普通の仲良し親子って感じ」

「仲良し?」


プロシュートは事前にボスから預かった資料を慌てて取り出す。"仲良し"どころか、"命を狙う親と狙われる娘"だったはず。


「色々腑に落ちねぇな…」

「後、ミスタとトリッシュって付き合ってるの?」

難しい顔で資料を覗き込むプロシュートを、名前が笑って覗き込む。
…と言うか………。

「今、何て言った?」


「ブチャラティの話をトリッシュがしてるのは平気そうに聞いてるのに、ミスタの話が出ると、ディアボロが『そいつの話をするな』って…トリッシュもムキになるし」


決定打に欠ける内容に、プロシュートはやはり小難しい顔で名前を見つめる。
幹部と相変わらず懇意にしているトリッシュ。
反乱を狙うディアボロ…。
何か腑に落ちないままである。


ーコンコン…


「はーい!!」

不意にノックの音が響き、名前が慌てて扉に駆け寄る。
プロシュートは慌てて"しおらしい姉"を取り繕うために服を整える。


「あの、食事どうするの?良かったら一緒にどう?」

扉の向こうからトリッシュのものであろう声が響く。
以前は命懸けで追っていた元ボスの娘。


「あの…お姉ちゃんも一緒でも良い?」

いつの間に打ち解けたのか、雇われている体であるにも関わらずタメ口で名前が提案すると「もちろん!」と快諾された。

プロシュートにとって『許されるなら全力で逃げ出したい状況』を、名前が笑顔でセッティングを終えてしまう。

(今回の名前は疫病神か?)


泣き出したい気持ちを抑えて、プロシュートは覗いたトリッシュに頭を下げた。


「お姉ちゃんは口が利けないの」

「ふぅん?話せなくて残念だわ…えっと、名前は?」


トリッシュは口を聞けない事にはさしたる興味はない様子で、名前から聞いた偽名を信じて手をプロシュートに差し出す。

「よろしく、ドルチェ」

(出来ればよろしくしたくねぇ…)


笑顔だけ取り繕って握手を交わし、導かれるままに部屋を出る。

(今部屋に帰る許可が出るなら、世界新記録を樹立する勢いで走れる…)


プロシュートの気持ち等お構い無しに、名前とトリッシュは楽しく話をして盛り上がっている。
いかんせん、同世代の同性が身近に居ない2人だ。話が盛り上がるのは自然なことのようでもある。


「パードレ、名前を連れてきたわ」

勢いよく開けた扉に、トリッシュがそう声をかけながら入って行く。

(帰りたい!!)

「…ドルチェ姉さん」

咄嗟に後退るプロシュートのスカートを掴んだ名前は、不安気に眉を寄せて上目遣いにプロシュートを見る。
チームの何人かはこれで確実に言う事を聞かせられるだろうが、プロシュートはここに来て散々な目に合っている。

(絶対不安なんかねーだろうが!!)


「名前、どうした?」

部屋から聞こえた声に、プロシュートはビクリと跳び跳ねた。

(ボスだっ!!)


許されるなら、今すぐグレイトフルデッドを出したい。
そもそも、暗殺チームに潜入捜査をさせること自体おかしい。

(殺せないやつを相手に、どうしろってんだ!?)


「お姉様が男性恐怖症なんです」

お姉様だったり姉貴だったり…敬称が統一されてねーぞと心で毒づいて、プロシュートは部屋に戻る許可が出る事をひたすら願う。

「男性恐怖症…だと?」


ゴゴゴと聞こえそうな気迫と共に、ドアの縁を大きな手が掴む。

「男ってだけで脅えられるなんてあんまりだろ!?」


最も過ぎる言い分に、プロシュートは思わず頷く。

「パードレ!あんまり脅さないであげてよ!!」

「トリッシュ!しかし、オレはまだコイツに何かしたわけじゃないぞ!?」

(まだって何だ!?)


「パードレ、世の中には色々な人が居るのよ!!」


トリッシュの言う「色々な人」の中に含まれるであろうディアボロは、「むぅ…」と黙り込んでしまう。

なんだこの元ボスは。トリッシュに完全に言いくるめられている。


「まぁいい。名前、トリッシュの隣に座ってくれ」

「はい」

「で、えーっと…お前は…あぁ、ドルチェだったか。ドルチェは…」

「あ、お姉様は私の隣に」
「じゃあそこに座れ。直ぐに料理を運ばせる」


キッチンへとディアボロが入って行き、しばらくするとドッピオが料理を運んできた。
ドッピオは手際よく食事の支度をして、キッチンへと入っていく。
入れ替わりでディアボロが出てくるのを眺めながら、プロシュートはうつ向いて込み上げる笑いを噛み締めていた。

(一人二役っ!!)


「では食べるか」

テーブルに並べられたパスタやピッツァは、どれもとても美味しそうに出来上がっている。
潜入捜査先でご馳走にありつけると思っていなかったプロシュートと名前は、勢いよく食事に取りかかった。

「名前はよく食べるな!トリッシュ、お前もダイエットがどうとか言わずにしっかり食べなさい」

「パードレ、名前は細いから良いのよ!私は…そう、あれよ!さっきお茶したからよ」


トリッシュは必死に言い訳を並べて、ディアボロが取り分けたピッツァから逃れようと試みる。
名前とプロシュートはそんな2人に目もくれず、給料前のご馳走に歓喜していた。


「姉さん!!幸せ過ぎるっ」

ここの所ずっと家庭菜園で名前が育てたトマトを乗せた貧相なピッツァばかりを食べていたので、プロシュートも声を出せない代わりに何度も頷いた。

(あいつら…またトマトだけのピッツァ食ってるんだろうな…)


考えただけで涙が出そうだ。


「ボスー、何か良い匂いしてますね」

「スクアーロ止めなさい!」

突如乱入してきたスクアーロとティッツァーノに、プロシュートは危うくパスタを吹き出すところだった。
口を両手で塞いで固まったプロシュート…もとい、ドルチェを見つけたスクアーロはヘラッと軽い笑みを浮かべる。


「ドルチェ!!」

両手を開いて駆け寄ったスクアーロは、固まったままのドルチェにハグをして頬にキスをした。
唐突な動きを無反応に見ていたのはティッツァーノだけで、名前とトリッシュ親子は唖然としてドルチェに絡むスクアーロを見ていた。


「……ハッ!!ね、姉さん!!」


フルフルと震えるドルチェをスクアーロは「脅えるなよ」と笑っていたが、名前には彼(彼女なのか?)の額に浮かぶ青筋がハッキリと見えていた。


「ダメよ!姉貴!!」

「だ・か・ら…はっ倒すぞ名前ー!!!!」

スクアーロを殴り飛ばして立ち上がり、名前に怒鳴るプロシュート。

握りこぶしが勇ましくもその見た目はやっぱり絶世の美女の「ドルチェ」の背後に、シューシューとガスを吐くグレイトフルデッドが出現している。

声にならない悲鳴をあげた名前は、プロシュートの腕を掴んで勢いよく屋敷を飛び出すしかなかった。

「もう少し食べたかった!!」

「知るかっ!あの鮫ヤロー…次会ったらぶっ殺す!!」

今は兄貴の「ぶっ殺すと思った時には終了している」の持論も、虚しくも叶わない願いと散るのだった。





















「「死ぬしかない…」」

ジョルノに渡す報告書を持ってアジトを訪れた2人の顔に生気はない。

「名前だけは助けてやる」


キリッと真面目に言うリゾットも、今はいまいち頼りにならない。
潜入捜査に失敗どころの騒ぎではない。


「「失礼します…」」

青い顔をして扉を開く2人は、死刑台に向かう囚人の如く絶望に満ちていた。














「なるほど…」


時折細かな説明を2人に求めながら報告書を読んだジョルノは、険しい顔をして腕を組む。


((こ、殺される…))

ブルブルと震える名前とプロシュートを見て、ジョルノはパサリと報告書をデスクに置いて笑った。


「まぁ、ボクの予想通りの展開でした」
「「分かりました!!今すぐ首を……は?」」


ニコニコと笑うジョルノの真意が見えず、2人は顔を見合わせてもう一度ジョルノへと視線を戻した。

「あの…ボス、今回の任務は失敗ですよね?」


プロシュートが恐る恐る訪ねると、ジョルノは「いいえ」と首を振って即答した。

「今回知りたい事は全て分かりました。やはり、あの人を呼ぶしかないようです」


満足したと言わんばかりにキラキラした顔でブチャラティを呼びつける。

「パードレを呼んで下さい」

ブチャラティはジョルノを片手で制して、プロシュートと名前を部屋の外へと押し出した。

「あ、あの。ブチャラティ?」

「報酬は弾もう。この事は他言無用で頼む」



問答無用で閉め出された2人が事の真相を知るのは、これから遠くない未来の事でだった。


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