「今日からこのお屋敷でお世話をさせて頂きます、名前です」
ニッコリ笑って挨拶をする名前に、スクアーロとティッツァーノは顔をしかめた。
「頼んでないですが…」
「あら、ご存知ないですか?ただいまお試し期間中でして、この地域を全て回らせて頂いているんです。もちろんお試しですので、無料ご奉仕です」
べらべらと嘘八百を並べる名前を、プロシュートは感心しながら眺めた。
(まさかこんな才能があったとはな…)
名前はいぶかしむ二人を丸め込むようにまくし立て、勢い良くプロシュートに肘打ちを食らわす。
「ほら、お姉様もご挨拶して下さい!!」
「ぐ…」
プロシュートは、痛む脇腹を押さえて頭だけ下げる。喋ると男だとバレるので、無口な女という設定だ。
「名前ちゃん、またウチに来てくれよ」
笑顔で道向かいから話しかける初老の男性に、名前は「次回からはお申し込み下さいー!」と手を振り返した。
もちろん、事前に撒いておいたタネだ。
「あんな奴この辺に居たか?」
「さぁ…」
意外と慎重な二人も、あまり近所と交流がないのは調査済みだ。
どうすればいいか分からなくなった二人が、ボスに指示を仰ぐ……。
それが、名前とプロシュートのたちまちの狙いだった。
「どうしたんですか?」
二人の後ろからひょっこり顔を覗かせた少年に、名前とプロシュートは目を丸くした。
((ドッピオ!!!!))
「いや、何でも…この二人が"お試し期間"とかで家政婦して回ってるらしくて…」
「へぇ…でも残念です。ウチにはお金がありませんよ」
「大丈夫です!!今回は無料ですし、クチコミで評判を広めていただくのが目的ですので」
愛想良く挨拶をする名前をジッと見つめたドッピオは、突然「とぉるるん」と電話を真似てポケットから取り出したおもちゃの電話を耳に当てる。
あまりに唐突な出来事に、名前とプロシュートは呆気に取られてその様子を凝視していた。
それに対し、スクアーロとティッツァーノは馴れているのか、全く動じる様子がない。
「はい、え?いいんですか?」
まるでおもちゃの電話が本当にどこかに繋がっているかのように何度か相づちを打ったドッピオは、その電話を再びポケットに押し込んで名前に向き直った。
「ボスから許可が出たので、宜しくお願いします」
「ありがとうございます!!」
(まさか上手くいくとは…)
プロシュートは追い返されると踏んでいただけに、会釈しながら苦い顔をしていた。
(帰りたい…)
「そちらの人のお名前は?」
「私の姉の、ドルチェです!」
(ドルチェ…)
たった今決められた偽名に苦笑いを浮かべ、プロシュートは再び会釈した。
「姉は"男みたいな声だ"って理由でフラれて以来、ショックで喋れなくなったんです…。ほら、私よりも背が高いし…繊細なんです」
うっすら涙すら浮かべて肩を震わせる名前の演技に、スクアーロまでつられて涙ぐむ。
「ドルチェ、気にするな!きっともっと良い男が現れるぜ!!」
スクアーロまでフォローに走り、プロシュートは今までの上司の実態に軽い目眩を堪えて微笑み返す。
(本当にこれが幹部だったのかよ…馬鹿だとしか思えねぇ)
「かくいうオレらも、新人に酷い目に合わされてよぉ…まだまだ現役いけるってのに隠居だぜ!?」
早くも核心に迫る話題展開に、名前とプロシュートに緊張が走る。
それに気づかれると言う事は、命が危機に晒される事になる。
ここは敵の本拠地で、ましてや直ぐ隣にドッピオが居るのだ。
「スクアーロ、止めておきましょう…堅気のお嬢さんに気の毒です」
ティッツァーノが軽くたしなめて、「おっと、悪かったな」と謝るスクアーロに名前とプロシュートは曖昧な笑みを浮かべて答えた。
続きを聞きたかったような、今は止めて欲しいような複雑な心境だった。
「名前さん…でしたよね?」
ドッピオの視線が真っ直ぐ名前を捕らえ、値踏みをするようなねっとりした視線が名前を這う。
「はい、何でしょう?」
「貴女には、特別に頼みたい事があるんです」
これに誰より驚いたプロシュートは、名前の腕にしがみついていやいやと首を振った。喋れない分、ジェスチャーでしか訴えられないのが辛い。
名前の身を守る為に恥を忍んで着いてきたのに、ここで別々にされればプロシュートの覚悟は意味を無くす。
プロシュート…もとい、ドルチェから一緒に居たいと視線で訴えられ、ドッピオは困ったように肩を竦めた。
「一人で良いんですが…」
「お姉様、お仕事なんだから、無理言わないで?」
確かに、これが本物の家政婦ならここは客の意見に従うのが道理。
ワガママを言えば疑われるだけだ。
しかし…
(お前の為に言ってんだよ!!このバカっ!!)
報われないプロシュートは、スクアーロとティッツァーノに案内されて屋敷の掃除から取りかかる事になった。
一方、名前が案内されたのは、屋敷の近くにある小さな家だった。
よく見れば同じ敷地内なのだが、パッと見隣の家のように見える。
「ここの中の世話をお願いしたいんですが…」
「具体的に何をすれば?」
名前の質問に、ドッピオは扉を開いて「ある人の相手をして下さい」と答える。
にわかに信じがたい展開に、名前はニッコリ笑いながら息を飲んだ。
(いきなりディアボロだったらどうしよう!!)
つぅと背中に冷たいものが流れるのを感じながら、「失礼します」と部屋に上がる。
「パードレ、私の雑誌知らな……どなた?」
(……トリッシュ!)
「今日から来てくれる家政婦の一人だ」
(ディアボロ!!)
トリッシュに気を取られていた名前の前に、いつの間にかドッピオから入れ替わったディアボロが姿を現す。
「あれ?あ、あの…初めまして!!名前と申します」
咄嗟にドッピオを探す素振りが出来たのは、名前のファインプレーだった。
未来を見られた所で、名前はディアボロの命を狙っているわけではないから困る事はない。
しかし、用心深いディアボロに疑われるのは良くない。
ドッピオを探す名前に、ディアボロが「出掛けた」と告げる。
「お世話を仰せつかったのですが、具体的に何をさせていただけば宜しいでしょうか?」
精一杯かしこまる名前に、トリッシュは顔をしかめてディアボロを睨む。
「パードレ、ウチには家政婦を雇うお金はないんじゃないの?」
「何でも"お試し期間"とかでタダらしい」
「えぇ?本当に?」
純粋に驚いていたドッピオとは違って、いぶかしむトリッシュに名前は笑顔で内容を繰り返し説明する。
「まぁ、組織から送られてきたとしても、もう隠す手の内なんかないし…」
「トリッシュ、まだ疑うのか?」
「ち、違うわよ!」
ムキになるトリッシュをたしなめるディアボロを眺めながら、名前は首を傾げた。
(反乱…って気配は無いような…)
とは言え、実娘であるトリッシュを巻き込まない方向で作戦を企てている可能性は否めない。
緩みかけた気持ちを引き締めて、名前はお試し期間は一週間ですと告げた。
こうして、プロシュートと名前の潜入捜査は、無事にスタートした。