「何…これ………」
名前は封筒の中を覗き込んだまま固まっていた。
本日の食料調達の、まさに会計に向かうその時の出来事だった。
そしてその日の夜。
「名前……これは一体どうゆう事だ?」
リゾットが昼間の名前と同じようなセリフを溢す。
その視線はお通夜の如くしんみりしたメンバーへ向けられ、原因はテーブルに並ぶメニューにある事に直ぐ気づいた。
クズ野菜を煮込んだらしきスープに、小さなパンが添えてある。
(……ダイエット食か?)
頬を膨らませたままだんまりを決め込む名前に、リゾットは苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
「名前……ダイエットは一人でや「違うっ!!この貧乏チームじゃ太れない!!」
今にもリゾットに掴みかかりそうな勢いで牙を剥く名前は、買い物の途中で覗き込んでいた封筒をリゾットに突きつけた。
「コイツらが、食費使い込んでたの!!」
暗殺チームの食事は、基本的に全員でするのがルールだ。
ペッシと名前が一週間毎に料理を担当し、買い出しも全員分を一気にする。
その為に、全員の給料から毎月食費を回収し、纏めて保管する。
リゾットは、名前に突き付けられた「今月の食費が入っているはずの封筒」を覗き込む。
―チャリン…
硬貨が小さな音を立て、リゾットは目の色を変えた。
グッと下がった温度に、今まで黙り込んで座っていたメンバーが息を飲む。
「ペッシ…」
当然のように矛先を向けられたペッシは、ブルブル震えながら手を振る。
「ち、違うんだ!!買い出しは行ってくれるって皆が手伝ってくれて…それで!」
半泣き状態で首を振るペッシから、リゾットは他のメンバーに視線を送る。
その誰もがびくびくと首を竦め、必死に目を反らす。全員が何かしらの私物を購入したのは明白だった。
「名前、明日からオレとお前の二人分だけ作れ」
名前に封筒を返して、リゾットはあっさりそう告げた。
「そんなぁ!!」
声を上げるメローネも、リゾットに睨まれて思わず口をつぐむ。
リゾットと名前の怒りは最もだった。
PASSIONEの給料はチームごとに20日に振り込まれる。
その給料を個人に計算して振り分け、22日から25日までにチームのリーダーから手渡される。
そして今は2日。
つまり、給料日まで20日もある。
「リゾット…さすがに飯抜きは死ぬんだが…」
ホルマジオが下手に出ながら主張すると、リゾットは険しい表情のまま口の端をつり上げた。
「仕方ない…幸い、パスタと強力粉の買い置きがちょうど20日分くらいある。
それを食べる許可を出す」
まぁ正直な話…
「いつもの事」である。
ボスの座についたジョルノは暗殺チームの反乱を押さえるべく、その待遇を見直した。
それにより、ディアボロの時より幾分か待遇が良くなったのだが、麻薬の収入がなくなった為に全体的な経費削減が行われてしまった。
つまるところ、暗殺チームの待遇が少しばかり良くなり、全体が少し下がって平均的な待遇になったと言うことだ。
相変わらず危険な仕事ばかりの暗殺チームは、我慢の出来ない人間が多い。
「明日死ぬかも」と、良い酒を見つければ即購入するし、食べたい物を食べたい時に食べる。
それ故に使い込みが多いので、食費を早い内に保存食に変えておくのがリゾットの仕事となっていた。
「げ、トマト缶使っちまった!!」
ペッシの言葉に、プロシュートが青くなる。
「ペッシ、ペッシペッシよぉぉ、毎月トマトの缶詰めやなんかは、月末用に置いとけってあれ程言っただろう?」
月末と言うより月後半である。
「しかし、今回は事のほか早かったな」
リゾットはそう言って、もう一度テーブルに並べられた食事を眺めた。
どうにも腹が満たされる気がしない。
「プロシュートの酒が今回は特に高かった」
ポツリと告げ口をするイルーゾォに、プロシュートがジトッと口を尖らせる。
「イルーゾォ告げ口はよくないな…お前だってでけーピッツァ買って食ってただろ」
「…そう言うホルマジオだって、酒のつまみ買い込んだだろ!?」
ぎゃあぎゃあと言い合いが始まり、リゾットはため息をついてスプーンを口に運ぶ。
リゾットが言わなくても、どうせ直ぐに…
「うるさーい!!全員同罪だっ!」
「おい、オレを含めるなよ?」
名前が叫んで、食卓に静寂が戻った。
リゾットだけが短く抗議して、食事を続ける。
「しばらくプレーンピザか?」
「チーズくらいあるだろ」
ソルベとジェラートは、そんな会話をしながらしみじみとスープを飲む。
がっくり肩を落とすメンバーを見渡して、名前は気恥ずかしそうに頬を掻いて口を開いた。
「あのね、トマトやなんかの野菜を育ててみたの。味はどうか分からないけど…」
いよいよ暗殺チームらしからぬ行動に自分で恥ずかしくなったのか、名前はツンと拗ねたように口を曲げるがその顔は照れて赤い。
「みんないっつも同じ事するから。
買い置きも使っちゃうし…だから、育ててみた。
皆が嫌じゃなければ食べていいよ」
結局、いつもそうやって名前が一番皆を甘やかすのだ。
「名前!ti amo!愛してるっ」
調子良く飛び付くメローネを片手で押し戻しながら、名前は感謝と喜びの言葉が飛び交う様子に嬉しそうに笑った。
「名前、出来た奴だとは思っていた!!嫁にしてやる!」
「ホルマジオ、ずいぶん上からきたわね…」
「ホルマジオよりオレにしろよ、名前」
メローネが名前の首に腕を絡めて頬にキスをすると、メローネ目掛けて皿が飛んだ。
「うるせーぞメローネ!!」
スープを飲み終えたギアッチョが、メローネを名前から引き剥がしてぶちギレる。
「てめえ、メローネ!!名前に手を出すな!」
「ギアッチョ、その言い方だと名前が自分の彼女だって言ってるみたいだな」
「なっ!?」
「ソルベ、"みたい"じゃなくて言ってるんだよ。
願望かな?」
クスクスと笑うソルベとジェラートに、ギアッチョは真っ赤になって固まる。
わなわなと震えてキレかけるギアッチョに、名前は肩を叩いて掃除道具を差し出す。
「はいはい…みんな都合良い時だけヨイショするんだから。
良いから早くご飯食べちゃってよ
ギアッチョ、投げたお皿片してくれる?」
自分の分の食器を下げながら名前に促され、粗食な夕食が再開される。
「それと…仕方ないから、私からみんなに差し入れだよ」
名前がジャーンとドルチェを差し出し、「それなら」とプロシュートが酒を差し入れる。
プロシュートが酒を差し入れたなら仕方ないと、ホルマジオがつまみを出す。
ペッシが買いだめた菓子を出すと、名前が目を輝かせて「ペッシ好き!」と喜んだ。
「「名前、オレらのお菓子も出してあげるよ」」
ソルベとジェラートが可愛らしいラッピングが施されたダックワーズを差し出し、「やだ!さすがソルベとジェラート!!」と跳ねて喜ぶ名前のハグを受ける。
「名前、オレもあるぜ」と次々ドルチェが出されて、食後のデザートバイキング状態になる。
「よし…」
すっくと立ち上がったリゾットが腕を組み、名前と目を合わせて頷く。
「これらを購入した金額分、回収する」
「さすがリーダー!10日分の食費くらいにはなるよ!!」
たっぷりと時間をかけてリゾットの言葉を反芻させ、意味を飲み込んだメンバーは静かな夜の街に悲鳴を轟かせるのだった。