「……どういう事だ」

リゾットは険しい表情で名前を見ていた。
ようやく身も心も繋がった、そんな熱い夜を過ごした朝の事だ。
本来なら幸せに満ちた時間になる朝に、二人の間には険悪さすら漂う。

「何で怒るの?」


どうしてこんな事になったのか。

二人は目覚めた時には、確かに幸せの中に居た。




『…ん』

名前が目を覚ますと、目の前にリゾットの顔があった。
閉じられた目を縁取る長い睫毛と、さらさらの髪に名前は思わず息を飲んだ。
呼吸する度に上下する胸と、しっかりと抱き締めるように回された腕の重み。その全てが堪らなく愛しくて、そのどれもが苦しい程切ない。


『ん……起きたか?』


正確には今起きたのはリゾットなのだが、寝起きの掠れた声でリゾットが『ボンジョルノ』と言ってキスしてくれるのが堪らなく甘酸っぱくて、細かい事などどうでも良くなる。
照れくさくて…けれど嬉しくなって、リゾットの胸に頭をぐりぐりと押しつけた。


『どうした?』

『うん』


『ハハッ…何だよ』

『何か…恥ずかしい』


頬を染めて口を尖らせ『リゾットは余裕でずるい』と拗ねる恋人を、そっと引き寄せて髪に鼻を押し当てた。
リゾットにも、余裕などなかった。

ギャングとして、暗殺者として生きてきた彼の、暗く閉ざして眠っていた感情が名前の一挙一動に揺り動かされてかき混ぜられ、うねりをあげて首をもたげる。
それは甘く、切なくて愛しい。
涙が零れ落ちそうな程の感情に免疫がないリゾットは、自らの感情に振り回されて疲弊する事もあった。
さらには、どうすれば人を壊せるか考えていた日々に護りたいものも加わって、リゾットの背中に責任と罪が重くのし掛かる。

(それでも…)

(それでも良い。何もなかった時よりもずっと…)


二人は幾つかの言葉を交わして起き上がり、以前は食べなかったルームサービスの朝食を笑いながら食べた。
しばらくして、ふと何かに気づいたように考え込む名前に、リゾットが『どうした?』と問うと、名前は喜ぶように表情を綻ばせた。

『ちょっと出てくる!!』


はしゃいで部屋を飛び出す名前を、目を丸くしたリゾットが見送った。

そして、帰ってくるなり険悪になって今に至る。
その原因は、名前の後ろにあった。


「何だよ、心が狭いぞリゾット」

「そうだぞリゾット、心がベリッシモ狭い!!」


まるで酔っ払いのように絡んでくるプロシュートとメローネに、リゾットは盛大なため息で答えた。
恐らくスタンドの能力で、皆が来た事に気づいたのだろう。
名前のスタンドは人と人との縁を手繰れる。


「名前、こんなに心が狭い奴でいいのか?」
「今なら変更可能だぜ?」
ソルベとジェラートは日増しに名前の保護者になっていく。その内「オレ達の娘に手を出すな」とか言い出しそうだ。


「メローネ!今日は皆で遊ぶんじゃなかったのか!?」
キレるギアッチョに「遊ぶよ」とメローネが軽く答える。
そうか遊ぶのか。初耳だ。

「リゾットの許可はどうしたんだ!!」

「忘れてた」


確信犯な事は火を見るより明らかである。
ケラケラ笑うメローネにギアッチョが掴みかかり、その横でイルーゾォが険しい顔でリゾットを見やる。


「……何だ」

「…ヤった?「死にたいか?」


口を尖らすイルーゾォは、ますます名前の兄貴らしくなっていくようだった。


ただでさえ二人で居る時間が少ないのに、ホテルまで押しかけられてどうして平気な顔が出来るだろうか。挙げ句、名前ときたら…

「せっかく迎えに来てくれたのに」


これだ。

「まぁまぁ、リゾット。独占禁止法って知ってるか?」
「お前も敵だ、ホルマジオ」


ギッと睨んだところでホルマジオはニヤニヤ笑うだけだし、名前はますます機嫌を損ねるだけだ。


「折角来てくれたのに!ジョルノにお休みまで貰ってくれたんだよ!?」

手の込んだ嫌がらせに、リゾットは頭を抱えた。
それでも名前は、それを嫌がらせだと感じる事なく、ただ「皆と遊べる」とはしゃいだんだと思うと一概に「帰れ」と追い返す事もできない。


「リゾット、お願い…」

リゾットは何より、名前に懇願されるのには弱い。もう一度ため息をついて、降参だと両手を上げた。


「分かった分かった…具体的に何をするんだ」

手放しで喜ぶメンバーを眺めて、リゾットはガックリと項垂れる。



「ありがとう、リゾット!!」

名前が笑ってそう言えば、リゾットもようやく薄く笑みを浮かべた。
くるくる変わる名前の表情に引き出されるように、リゾットの表情も徐々に富んでいく。


「そうと決まったら、直ぐに支度するね!」

「じゃあオレも「メローネ」

名前に続いて部屋に入ろうとするメローネを、ホルマジオが掴まえる。

「じゃ、オレらは下で待ってるからな」


フッと笑みを浮かべるプロシュートに続いて、暴れるメローネをホルマジオとペッシが押さえて背を向ける。

「チェックアウトまでには出てきてくれよな」


ジェラートが剥れるイルーゾォを引っ張りながら釘をさす。
気を使うポイントがずれてる気がするが…。

ぞろぞろと階下へ向かうメンバーを眺め、楽しげに支度をする名前を振り返った。



(折角"猶予"を貰ったし、のんびりして行くか…)


「リゾット、荷物詰めた?」

バックに着替えを押し込む名前の背後に忍び寄り、両腕で閉じ込めるように抱き締めた。
驚いて暴れる名前の耳にキスをして笑うと、名前は真っ赤になりながら破顔する。
名前が甘えるようにリゾットに腕を回して「好き」と言えば、胸がじんわり温まった。


(きっとこれから先、何度も名前やアイツらにこうして振り回されるんだろうな……)

そう考えて、リゾットは僅かに憂鬱になった。

しかしそれは、決して嫌なものではなく……。


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