その日はとてもいい天気で、のんびりしたくて一人で家を出た。
特にする事もなく手持ちぶさたにぶらぶら歩いてバールに立ち寄り、テラスの席でカプチーノを注文する。
「お待たせしました」
「あぁ」
フッとテーブルに落ちた影に顔を上げ、ガラにもなく口を開けたまま固まった。
(天使みたいだ)
これこそガラにもない感想だ。
神に祈ることもないオレが、まさかの"天使"。
ニコッと微笑む女の手を、自分が暗殺チームの一員であることも忘れてただ掴んだ。
ハッと目を見開き、小さく開かれたふっくらした唇も何もかもが好みだった。
「ここに来れば、明日も逢えるか?」
「ぁ…はい」
「わかった。悪かったな」
手を離すと、彼女は少し赤い顔でペコッと頭を下げてはにかむ。
やっぱり可愛い。
正直、カプチーノの味は今一覚えてない。
彼女が一生懸命仕事をするのを、ずっと目で追っていたからだ。
誰にでも屈託のない笑顔で接して、動きも良い。
彼女目当てで来る客も少なくないようだった。
ギャングで、しかも暗殺者である自分に、最も相応しくない女だと痛いほどに分かっている。
(別にどうこうなるわけじゃねーし)
目一杯の言い訳を並べて、尋ねた通りに翌日も同じバールを尋ねた。
「きっと来てくれると思って、待ってました」
「オレみたいな人間を待つなんて、よっぽどの世間知らずか命知らずだぜ」
昨日と同じ席に座り、今日はエスプレッソを頼んだ。
昨日と同じくらい良い天気で、日差しが眩しい。
目を細めて外を眺めていると、小さな猫が足元に寄ってきた。
ホルマジオのネコの匂いでもしたのだろうか。
足元をくるくると歩き回り、白い身体を擦り付ける。
動くと蹴飛ばしてしまいそうで、動くに動けない。
「あ、ミー」
「ミー?」
「時々このお店に来るんです」
エスプレッソをテーブルに置き、しゃがみこんで猫を見つめる。
「触らないのか?」
今にも抱き上げたい様子で、しかし両手を隠したままニコニコと猫の一挙一動を見つめる。
そんな様子を不思議に思って声をかけると、形のいい眉をさげて残念そうに唇を尖らせた。どうでもいいが、やわらかそうな唇だ。・・・セクハラだな。
「飲食店の従業員ですからね」
ああ、不衛生なのか。
「せめて見つめるくらいは」と笑う様子に少し笑い返すと、バンビーナは急に顔を紅くした。いやみとか自慢ではなく、オレの顔を見てそんな反応をするやつは多い。
だが、今回は少し違った。
つられて自分の顔が熱くなったのが分かって、跳ねた心臓を押さえようととっさに胸に手をあてた。
「あの・・・良かったらなんですけど、その・・・お名前を聞いても良いですか?」
「プロシュートだ。・・・あんたは?」
「名前と言います」
慌てて立ち上がり、名乗って頭をさげる彼女の笑顔に、たぶんもうオレは骨抜きだった。
衝動的に椅子から腰を浮かせ、見た目通り柔らかな唇にキスをした。
「なぁ名前、オレと付き合ってくれよ」
店に来る前に自分に並べた言い訳なんか全部すっ飛ばして、イタリアーノの血の命じるままに名前を口説いた。
ギャングが・・・しかも暗殺チームのこのオレが、女に本気になるなんてイカレてる。
そう思いながら、頷く名前を抱きしめた。