リゾットにしては珍しく、ここ最近ずっとイライラしている。


「名前ー、ボタン取れちまったんだけど直せる?」

ジャケットを持って部屋を訪れたペッシに、リゾットは盛大なため息を吐いた。
(プロシュートにでも付けてもらえ)
一人心の中で毒づいて、リゾットはグラスの水をゆらゆら揺らす。

メンバー全員と食事を終えて名前と部屋に戻っても、一向に良い雰囲気になることがない。
それ以前に、誰かしらがひっきりなしに名前を訪ねて来るために、二人きりになる時間さえなかなかない。


まさか28歳の男がそんな事で悶々としているなんて、考えただけで痛い。
痛すぎる。


と、いつもそんなプライドが邪魔して、名前がパタパタと走り回って家事をこなすのをただひたすら眺めて終わる。


「大丈夫大丈夫、糸と針取ってくるから待ってて」

ニコニコ笑ってペッシに答えた名前は、自分の引き出しから裁縫道具を取り出した。
つい最近リゾットと買い物に行った時に購入したそれは、まだ新品の輝きを放っている。

馴れた手つきで糸を通し、ボタンと服をくるくる縫いつける。


「よし、これで…っつぅ!!……刺しちゃった…」

「うげ、大丈夫かぁ?」


最後の最後で指を刺し、しょんぼり肩を落とす名前の指にはぷくりと赤い血が浮かぶ。
心配するペッシに「大丈夫」と笑って、名前は血が滲んだ傷口を唇に当てた。
ふっくらとした唇に、名前の赤い血が滲んで紅を引く。
思わず目を見開いたまま食い入る様にそれを見つめたリゾットは、我に返って頭を抱えた。

(思春期のガキかオレはっ!!!!)


突然口を手で覆って項垂れるリゾットに、ペッシと名前は首を傾げた。


「……ぁ、ペッシ。出来たよ」

思い出したようにペッシに上着を返し、名前は笑っておやすみなさいのハグをしてペッシを見送る。

その間も、リゾットは項垂れたままだった。


「リゾット、どうしたの?」


声をかけられ、リゾットはビクリと反応を示すしたが、名前はそろそろと上げられたリゾットの顔が耳まで赤い事に驚いて固まった。


「……っ、リゾット、どこか具合悪いの?熱?」


そらっ惚けた見当違いな事を言って慌てる名前を、リゾットはギュウと抱き締める。



「リ、リゾット?」

名前を自分に引き寄せて片膝に座らせると、まだ微かに血が滲んだ唇を親指の腹で拭ってやった。


「…血が付いてる」

「え?あ、あぁ…さっき指を針で指しちゃって。
うぅ…まだ少し痛い」


指先の神経が敏感な所をさしてしまった為に、傷は浅いのに痛みが酷い。
リゾットが「見せてみろ」と手を取る動きにも、ピリッと痛みが走る。


「もう血は止まってるから大丈夫だよ…」

名前がそう言って笑うのも聞かず、リゾットは傷に口づけその指を口に含む。
指にヌルリと舌が触れ、名前はビクリと肩を竦めた。


急な事態に何が起きたのかと考えてみるが、名前には思い当たる原因がない。
心臓がはねあがり、ギュウと締め付けられる胸が苦しい。
ゾクゾクと甘い痺れが名前を襲い、リゾットの視線からは目を逸らせない。


「…っ、リ、リゾット…」

チュッとリップ音を立てて指を放したリゾットは、名前の腰を抱く腕に力を込めて顔を赤くした彼女にそっと口づける。
こうなると何がなんでもこのままの流れで事を運んでやりたくなる。
リゾットははやる気持ちを押さえ、熱に浮かされたようにトロンとした名前に今度は深くキスをした。

触れると逃げようとする舌を絡め、名前の後頭部を支えて声も息も、名前の全てを飲み込んでいく。

そろそろ息苦しくなっているだろうかと名残惜しみつつゆっくりと唇を離すと、名前は目に涙を浮かべて胸を上下させる。
その息は与えられた刺激で震え、リゾットの唇を甘く擽る。


据え膳食わぬは男の恥。

とは言え、リゾットは名前の心が動くのを今まで辛抱強く待っていた。


(まだ駄目だろうか…)

黙って待っていた所で、名前から「欲しい」なんて言われる日は来ないだろう。
自分にそう言い聞かせて、名前の身体をゆっくりとソファーに寝かせ…「名前ー!!」


バタンと騒音を立てて部屋に飛び込んで来たメローネは、目の前の光景に己の不運を呪って固まる。


「ぁ……えっと……お取り込み中?」

聞かずにさっさと出ていけば良いものを、メローネは「あはは」と空笑いを浮かべる。

「あっ、えと…」


流れに乗っている時はいい。
しかし、冷静になると恥ずかしさや怖さが後から後から沸き上がるものだ。
名前は慌てて身体を起こし、リゾットの腕からスルリと脱け出す。



「な…何の用?メローネ」

誤魔化せるはずなんか全くないのだが、名前は笑顔でその場を取り繕おうとする。
完全に放置されたリゾットは、やり場のない気持ちと熱を抱えてため息をついた。



「あぁ、用事ってのは……待てよ…?」

「ん?」


恐らく遊びに出た先で買ってきたのであろう土産を名前に差し出したメローネは、何かとんでもない事に気づいたように真剣な面持ちで名前をジッと見つめる。





「名前。
もしかして…まだリゾットとヤってな「メローネ…用が済んだなら早く帰れ」


「それとも…」と続けるリゾットは、今にもメタリカを使わん勢いで凄んでいる。
恐らく名前がメローネの近くに居なければ、とっくに口から針を吐いていただろう。


「名前、これ食べて良い声…じゃない、良い子にして寝るんだぞ!」

「あ、ありがと、う…」


目にも見えぬ早さで走り去るメローネを見送った名前は、しばらく固まったままメローネが走り去った方を眺めていたが、思い出したように手の中の箱に目を移した。

そっと箱を開くと、美味しそうなケーキが3つ入っている。
大好物のイチゴが乗ったケーキを見て、名前は感嘆の声を上げた。


「わぁ!!ケーキだ!リゾット、食べて良い?」


パッと目を輝かす名前にリゾットは小さくため息をついて、甘くなりそうもない空気の変わりに甘ったるそうなケーキを頬張る事にした。


(明日、メローネには一番キツい仕事を回そう)
そう心に決めて。


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