別室で待てと指示され、運び込んだメンバー全員の身体を残して名前は部屋を出た。
ジョルノのスタンドを名前に見せない為の配慮だと、ブチャラティが説明した。


「名前…顔が気持ち悪い」


メローネが呆れて笑うのも気にならない。
ジョルノが皆の身体を治してくれる約束をしてくれて以来、名前の口元はずっと緩みっぱなしだった。


「だって…どうしよう嬉しいんだもん!!」

部屋の中をウロウロと歩き回る名前を、全員が微笑んで見ていた。

もう二度とそんな温かさを手にすることは出来ないと思っていた人生に、ふっと木漏れ日のように優しい光が射し込む。
暗殺を繰り返して冷えていく心に、身体に、名前の平凡さが温かく染みる。

そんな名前が命を賭して自分達を救い出し、喜んでくれる事が何より嬉しかった。




「お待たせしました。後は貴女の力の見せ所です」

ジョルノが直々に名前を部屋へエスコートすると、「見ていてもいいですか?」と名前の許可を得て壁に背を預けた。
ボゥと光る糸が名前のスタンドの指から伸びて、それぞれの魂と身体をグルグルと複雑に包む。


「全員…同時に出来るんですか…」

ジョルノは眩しさに目を細めて呟いた。










それは不思議な感覚だった。
痛みも音もなく身体の方へ吸い寄せられ、眠りにつくように瞼を閉じた。
寒いと感じるのとほぼ同時に指先から温まるような感覚が全身を駆け抜け、眠りから覚めるようにゆっくりと目を開ける。

長い間波間を漂った後陸に上がった様な、そんな気だるさと身体の重みが「生きている」と実感させる。


「名前!本当にやりやがった!!」


メローネの感嘆の声が部屋に響き、バタバタと名前へ駆け寄る足音が続く。



「グラッツェ、名前」

複数の声が何度も何度も名前に感謝を告げるのを聞いて、リゾットはようやく重い身体を起こした。


「良かった…良かったよぅ」

メローネに担ぎ上げられ、目を覚ました皆に囲まれた名前は何度もそう呟きながら、既に手で顔を覆って涙を溢していた。

起き上がったリゾットに気づいたメローネが名前を下ろして立たせると、プロシュートとホルマジオがリゾットに道を譲る。

全員がそれに倣って道を開け、リゾットの視界に相変わらず泣き続ける名前が映った。



「………名前」

リゾットの声に、名前は弾けるように顔を上げて走り出した。
勢いよくリゾットの胸に飛び込んだ名前を、リゾットは閉じ込めるように抱き込んだ。



「リゾット、リゾットォ」
何度もリゾットを呼ぶ名前の声を聞きながら、リゾットは名前を抱き締めるその腕に力を込める。

「名前…」

もう二度とこの腕で抱き締める事は無いと覚悟した、何より愛しい存在。
自分の名を呼ぶ声も、しがみつく腕も体温も頬を伝う涙も。名前の全てを「もう二度と離しはしない」と、リゾットは顔をぐしゃぐしゃにして泣く名前の全てを飲み込むように、深く深く口づけた。







「…リゾット…」

ようやく泣き止んだ名前は、うつ向いたままリゾットの服を引く。
幾分か冷静になったのだろう。名前の耳は真っ赤になっていた。
グズグズと鼻を啜る名前に、部屋にあったティッシュを差し出したリゾットは「何だ」と短く問う。


以前と変わりないリゾットの返事に、名前は少し安心しながら鼻をかんだ。
泣きすぎて目が腫れているのが、鏡を見なくても分かる。
そんな顔を見られたくなくて、名前はうつ向いたままリゾットの手を握った。
握ったその手が温かくホッと胸を撫で下ろした瞬間、名前はあることを思い出した。

「みんなは!?」


あんな所を皆に見られたら、恥ずかしさで死ねそうだ。

変な汗が吹き出すのを感じたが、リゾットは落ち着いた様子で「出て行った」と答えた。
一体いつの間に出ていったのだろうと記憶を手繰っても、あんまりにも必死だった為に全く思い出せない。

「プロシュートと、ボスに連れられて出て行った」

そう答えるリゾットは、名前の額にキスをして再び背中に腕を回す。
名前は緊張と恥ずかしさで、心臓が激しく高鳴るのを聞いた。


「名前…」

リゾットの低い声が名前の耳をくすぐる。


「オレは相変わらず裏社会に生きる人間だが…」

そう言って、片手で名前の頭を引き寄せ、空いた手で名前の手を取ってその指に口付ける。


「オレはお前が許すなら、名前にはずっとオレの隣に居て欲しい」


名前は何度も目をぱちぱちとしばたたかせて、ゆっくりと顔を上げた。
リゾットが何を言ったか何度も頭の中で反芻させて、その目に再び涙が浮かぶ。

「それって…どうゆう……」

腕の中で小さく震える名前の耳にキスをしたリゾットは、そっと…名前にだけ聞こえる声で呟いた。

名前が真っ赤な顔で頷くのを、リゾットは満足気に見ていた。



















「名前、今日はもう仕事終わったのか?」

ひょっこり顔を出したギアッチョに、名前は笑って手を振った。


「ジョルノが今日はもう帰って良いって!!ギアッチョも今日は終わり?」

名前に聞かれて頷くギアッチョが、今日の名前の護衛担当だった。
とは言っても、家からボスの所までの簡単な護衛だが、ジョルノ直々にリゾットのチームに下された指令だった。



「じゃあ直ぐ帰れるな」

クルッと背を向けるギアッチョの手を、名前はギュッと掴む。

ギアッチョはチラッと名前に視線を送るが、名前は何も気にならない様子で今日の晩飯を考え始めていた。

相変わらず子どもの様に誰とでも手を繋いでニコニコ笑う名前に、いい加減ギアッチョも馴れてしまった。
リゾットにするように腕を組むわけではないから、名前も違いは理解しているんだろうな…とギアッチョは歩きながら考える。

暗殺チームのメンバーは、そのままリゾットチームとしてジョルノの親衛隊にされた。
ブチャラティチームがそのまま幹部になるのだから、まぁ当然と言えば当然かもしれない。
ジョルノのゴールドエクスペリエンスが解除されれば生きていけないリゾットチームは、最も効果的な首輪を嵌められていると言っても過言ではない。
反乱なんて起こそうものなら即、死体に戻して終わりなのだから。
勿論、暗殺チームから親衛隊に変わり、待遇もそれなりに良くなったのだから、反旗を翻すような奴はいない。
名前も居るしな。


「ギアッチョ、今日何食べたい?」

ジョルノは名前の能力を、「門外不出にしなければならない能力です」と言い切った。
しかしそれは、リゾットチームとしてもありがたい措置だった。
名前の能力が他に漏れれば、名前は確実に命を狙われる。


「あー…マルガリータとか?」

「あ!ミネストローネにしよう」

「聞けよ!オレの意見を聞いたなら最後まで聞け!!」

キレるギアッチョを見てカラカラと笑う名前は、最初の頃ギアッチョの言動に一々びくついて怯えていた人間と同一人物にはとても見えない。


「あれ、リゾットだ」

パッと表情を輝かせる名前の視線を追って行くが、ギアッチョにはリゾットが見つけられない。

どうにも「人を見つける」と言う事に関しては、名前の右に出る事が出来る人間は居ない。それが「リゾットを見つける」となると、名前は殊更早い。


「リゾットー」

人混みに向けて名前が声をかけると、人の波を縫ってリゾットが姿を現した。


「名前」

ふんわりと柔らかい表情をするリゾットを、ギアッチョは改めて「変わったな」と思いながら眺めた。

無表情に何でもこなすリゾットは、名前の前ではいつも目を細めて柔らかい雰囲気を出す。
表情が豊かとは言えないが、リゾットとずっと一緒に居たメンバーにはその違いがよく分かる。


「今帰りか?」

リゾットはハグとキスで挨拶を交わし、名前の腰に自然な流れで手を回す。
何処にでも居そうな平和なカップルの光景に、ギアッチョは逃げ出したい気持ちを押さえるのに必死だった。


「あれ、ギアッチョ?」

声がした方を振り返ると、メローネが珍しくソルベとジェラートと連れたって歩いている。
メローネもソルベとジェラートの雰囲気に居たたまれない気持ちになっていたらしく、ギアッチョの方へ駆け寄って来た。


「ギアッチョー!!あっちもこっちもいたたまれねーよ!!」

泣きつくメローネに「うるせー!引っ付いてくるんじゃねーよ」と、ギアッチョの怒号が飛ぶ。


「メローネ、往来で変態を炸裂させるなよ」

そう言って声をかけてきたのはプロシュートだ。
弟分のペッシは大荷物を持たされている。


「あぁ?何買ったんだプロシュート」

「ワインだよ。今日は早く切り上げられたから飲もうと思ってよ」


ホクホクした様子で笑うプロシュートの荷物に、ペッシがヨロヨロして見えるのは多分見間違いではないだろう。


「おいおい、何大集合してんだ、通行の邪魔だぜ」

いつの間にか揃っていた人数が道を塞ぎ、ホルマジオが呆れたように加わった。


「わーぉ!!皆揃ったね」

リゾットと楽しげに話していた名前が、揃ったリゾットチームの顔を見渡して嬉しそうにはしゃぐ。


「名前、今日は良いワイン見つけたぜ」

「やった!じゃあ美味しいおつまみも買って帰ろう!!」

名前はリゾットの腕を引いて「行こう」と笑う。
明日も明後日も、こうして穏やかな時間がきっと続く。

リゾットの隣で名前が笑い、名前が笑うから皆が穏やかな表情を浮かべる。



こうやって、いつまでもキミと笑っていよう。

手を取り合い、キスをして。
ずっとずっと…。
リゾットは名前の頭を引き寄せて髪に口づけ、




『愛してる』




あの日のように、名前にそっと囁いた。




闇に差す光
to Risotto



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