死んだはずのアバッキオとナランチャを引き連れて現れた謎の少女は、ブチャラティに「生きて欲しい」と言った。
とうに自分が死んだ事を理解していたブチャラティが「不可能だと」告げると、少女は「出来る」と短く返した。

しかし、ブチャラティには興味がなかった。
生きながら死んでいく自分は、ジョルノに出会って再び生きる事ができた。
二度も生き返らなくても良いと思えたし、何よりブチャラティは無意味に生きる事ほど恐ろしい事はないと知っていた。


「ジョルノに、私が敵じゃないと伝えて欲しいの」

名前と名乗った少女の言葉に、ブチャラティはピクリと眉を動かした。


「それを伝えたとして…何をする気だ」

「仲間を助けて欲しいの」

名前の返答に、ブチャラティはますます表情を険しくした。
何しろその返答はまるで…

「ジョルノの能力を知ってるのか!?」

「物質に命をもたらす」


瞬間、ブチャラティはアバッキオとナランチャを順番に睨んだが、2人は首を横に振った。
ブチャラティ自身も、2人がジョルノの能力を他人に喋るとは思えなかった。

「ごめんなさい。ブチャラティ」

まぶしい光にブチャラティは目を細め、冷たくなった指先が温かくなるのを感じた。
名前のスタンドは、ソルベとジェラートが初めて見た時より少し成長して見えた。












「ブチャラティ…まさか、そんな…ナランチャとアバッキオまで…」

ボスになったジョルノが1人になるタイミングを探し出して会う事は、名前には造作もない事だった。

アバッキオは戦いに間に合わなかったのを責めたが、チャリオッツレクイエムの影響で死にかけていたアバッキオ自身を助けていて遅れたのだから仕方ない。




「いや…3人は死んだ。アンタ達は何なんですか?」

ジョルノに睨み付けられたブチャラティは、小さく肩をすくめた。

「…奇妙な話だが、本物だ。スティッキーフィンガーズを見せれば証明にならないだろうか」

そう言って、ブチャラティはスティッキーフィンガーズを出現させた。
それに倣って、アバッキオとナランチャもムーディーブルースとエアロスミスをそれぞれ出現させた。


「バカな、どうして…」


混乱するジョルノは、ブチャラティの隣に立つ名前に気づいた。
ギャングの世界が似合わない、至って普通の名前にジョルノは首を傾げた。

「…貴女は、…初めてですね。どこのチームですか?」

「私は……ちゃんとパッショーネに加わってないんです。暗殺チームに保護されてて…」


『暗殺チーム』と聞いたジョルノは、眉をひそめた。
名前の姿がブレるように出現したスタンドは、飾り気も派手さもない姿をしている。


「3人の生命エネルギーをリレガーレしました。
ジョル…ボスが3人の身体を治してくれてたから」


明らかにジョルノのスタンドを知っている風な発言に、ジョルノはその表情をますます険しいものに変える。
ジョルノが視線をブチャラティにやると、ブチャラティは小さく首を振って、「ジョルノに頼みがあるそうだ」と短く説明した。


「それで…3人を『交換条件』に、ボクに何をさせる気ですか?」

明らかに棘のある言い方にブチャラティ達は閉口し、名前は息を飲んだ。
怒りすら含んだそれは、名前の不安を駆り立てる。

(ジョルノに助けて貰えなかったら…)

それは名前の悲願が達成する可能性が、絶望的になる事を示す。
皆を救うには、どうしてもジョルノの協力を得ねばならない。

おもむろに膝を折り、床に手を着いて頭を下げる名前を、ジョルノは感情の無い視線で見つめた。


「お願いです!!皆を助けて。私の能力だけじゃ足りなくて…」

「ボクに暗殺チームを助けさせて、何をするつもりですか?」


ジョルノは土下座する名前を、ただ無表情に見つめる。
さすがに若くしてボスになっただけあり、ジョルノは恐ろしく頭がキレる。
「暗殺チームの皆」と言わないようにしたくらいでは、全く意味を成さない。

名前には、そんなジョルノに頭脳で勝とうなんて、考えるだけでおこがましい事に思えた。
だからこそ、素直に全てを話す。



「もっと皆と一緒に居たかっただけ。もっと皆と笑って過ごしたかった」

「貴女は、暗殺チームの何なんですか?」

ジョルノには、暗殺チームが誰かを保護するとは考えられなかった。
大方何かの情報を得るために、暗殺チームに捕えられたのだとジョルノは考えた。
その証拠に「何なのか」と問われて、名前は答えあぐねた。


「貴女は、関係を答えられない人間を助けるんですか?」

「私は暗殺チームの皆と居て、とても幸せだった!今までの人生で一番幸せだった」


普通なら信じられない言葉も、ジョルノは「ギャングが絶対に悪とは限らない」と知っている。
だからこそ、「暗殺チームが絶対に悪」とも言い切れない。
名前は震える手で髪飾りを外してジョルノに見せる。

「これ、プロシュートが買ってくれたの。
可愛いって笑ってくれた。
ペッシと最後に一緒に食べたパンは、今まで食べたどのパンよりふかふかで大きかった。
メローネが買ってくれたチョコレート、勿体なくて少しずつ食べてるの」


外した髪飾りを宝でも抱き締めるように胸の前で握りしめる名前を、ジョルノは黙って視線だけ向け続ける。
名前は皆と別れた最後の日を思い浮かべて、小さく微笑んだ。
いつも優しかった皆が、あの日は殊更優しかった。


「ギアッチョが選んでくれたジェラートは、本当に美味しかった。
あの日だけは誉めても怒らなくて…ギアッチョが手を繋いでくれたのは本当に驚いた。すごく嬉しかった!!
メローネがご馳走してくれたカプチーノには、可愛いハートが描かれてて…ずっと飲まずに眺めていたかったなぁ」

ポタリと落ちた滴が、髪飾りの上で弾ける。
あんなにも幸せだったのに、9人も居るメンバーの内のたった1人しか助けられなかった。


「この服はホルマジオが選んでくれて、靴はイルーゾォが選んでくれた。
ホルマジオもイルーゾォも、『ベネ』って褒めてくれて…。
スゴく高かったのに…皆で買ってくれたの」

ポタポタと堰を切ったように溢れる涙が、スカートに小さな染みを作る。
大粒の滴が睫毛に乗っては零れ落ち、名前はとうとう顔を覆い隠してしゃくりあげた。


「リゾットと、食べたご飯…とても美味しかった。
ホテルから見た景色も、スゴく…綺麗で…。
リゾットも笑って…

あの時、リゾット……泣きそうだった…
私、幸せだったのに、…何も出来なかった…何も…」


話が要領を得なくなって、ジョルノはため息をついてハンカチを取り出した。

そっと腕を退けさせて、しゃくりあげる名前の涙を拭う。


「貴女が暗殺チームに大切にされていた事は解りました。しかし、いくらボクでも死んだ人間を…」


ジョルノはそこで言葉を切り、勢い良くブチャラティを見た。

「リレガーレ…
再び縛る。再び結ぶ。再び繋ぐ。はめ込む……。

ひょっとすると貴女、暗殺チームの魂を回収して回りましたか!?」

驚いて目を見開いたジョルノに、名前は口を引き結んだまま頷いて答えた。

「ボクにメンバーの身体を作らせ、それに魂を再び繋ぐと言うんですか?」

名前は再び頷く。



「ボクの能力をいつから知っていたんですか!?」

「最後にリゾットを助けた時、気づいたの…」


名前の言葉に、ジョルノは「信じられない」と首を振った。


「ボクの能力が無かったらどうするつもりだったんですか?」

今度は名前が首を振る。
「分からない…」


ジョルノは名前が暗殺チームをただ助けたかっただけだと、信じざるを得なかった。
何の考えも手段もないまま…例えそれがいつ達成出来るかも分からなくても、そうせずに居られなかったのだろう。


「暗殺チームの人達と喋る事は可能ですか?」


















「リーダーはどなたですか?」

電話でメローネを呼び出してリレガーレを半分解くと、暗殺チームのメンバーが姿を表した。

『いきなり全員で行くのはよせ』と言うブチャラティの助言で、無理やりメローネの身体に全員の魂を繋いでいたのだ。

「オレだ…」

一歩前に出るリゾットを見て、ブチャラティはナランチャと見た遺体を思い出した。
やはり、あれは暗殺チームのリーダーだった。


「暗殺チームの意見を聞きたいんですが…貴方達は身体を手に入れて、その後どうするんですか?」


リゾットはチラリと名前を見て、再びジョルノに視線を戻した。
真っ直ぐに向けられた視線は、透き通っていて吸い込まれそうな深さを感じる。



「全員が死に際に…『もし名前がオレ達を救う事に成功したら、名前の幸せの為に何でもする』と決意したらしい」


リゾットの言葉に驚いたのは、ジョルノではなく名前だった。
大きく開かれた目が、動揺でゆらゆらと揺らぐ。


「貴方もですか?」


頷くリゾットに、ジョルノは柔らかな笑みを浮かべた。

「このボクに、忠誠は誓えますか?」

「もし命を救われたなら、忠誠を誓う相手はアンタ以外にあり得ないだろうな」


ジョルノがいくつか質問をして、リゾットが淡々と答える。



『名前の幸せの為に何でもする』その言葉が嬉しかった。

勝手にこの世に繋ぎ止めて、自分の主張を押しつけたと自覚していた名前は、滲む視界でリゾットの背中を見つめ続けた。

「良い仲間だな」と笑うブチャラティに、名前は涙をごしごしと拭いながら何度も頷いた。


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