妙な女が突然目の前に現れた。
子どもの様なスタンドを出現させ、糸状の何かでオレを縛りつけてきた。
しかし不思議なのは、「嫌だ」と思わなかった事だ。
それは、Mに目覚めちまったとかそんなんじゃねー。もっと単純に、それを「美しい」と思った。
名前と名乗った女が、悪い奴には感じられない。
悪意も殺意も感じられない。
アバッキオは後に、名前の印象をそう告げた。
「まさか…ブチャラティチームのこいつを助けるっつーんじゃねぇよな?」
アバッキオが背後でした声に振り向くと、ポンペイで戦った鏡のスタンドのイルーゾォが居た。
「お前は!!」
アバッキオが慌ててムーディーブルースを呼ぶが、イルーゾォは腕を組んだまま動かない。
それどころか、ムーディーブルースが出せない。
鏡に引きずり込まれたのかとも思ったが、鏡を見た記憶はない。
「死んだ奴がスタンド出せるわけねーだろ」
別の声にアバッキオが振り向くと、見たことある奴もない奴も…とにかく今まで何処に隠れていたのか分からない人数が立っていた。
「アバッキオを助けるよ」
名前の言葉に、全員が顔色を変える。
「意味わかんねーよ!」
「名前止めろ、リスクが高過ぎる」
「助ける?オレは死んだんじゃ…?」
ギアッチョが食って掛かり、リゾットが説得しようと慌てる。
アバッキオは完全に話題について行けずに狼狽えていた。
「これしかないよ。ジョルノに皆の身体を治してもらうしかない」
名前の考えに気づいたメンバーは、グッと息を飲んだ。
いくらなんでも敵だった暗殺チームを、タダで助けてくれるわけがない。
その為のアバッキオなのだ。
「ちょっと待て、よくわかんねーが、オレを取り引きに使う気か!?」
アバッキオも状況を察したのか、怒りを露に名前に掴みかかる。
突き出した腕が名前をすり抜けて、アバッキオは自分が死んだのを思い出した。
「ジョルノだってボスと戦うのに、戦力が増えるのはありがたいはず……
アバッキオ…さん、私は暗殺チームを復活させたい訳じゃないんです。皆が生きてればなんでもいい。この国を追い出されても構わない!」
アバッキオは黙ったまましばらく名前を見つめた。名前が嘘を言っているようには見えない。
それでも、簡単に認めるわけにはいかない。
「暗殺チームの奴らは、そう思ってないんじゃねーか?お前、用済みになったら殺られちまうかもしれねーぞ?」
アバッキオの脅しにも、名前は動揺すら見せない。
(信じてるのか…暗殺チームの人間を?
滑稽な女)
アバッキオは込み上げる笑いを押さえきれず、声を出して笑った。
「ブチャラティ達が何処に行ったか、オレは知らねーぞ」
名前は「それなら分かる」と、スタンドを出現させる。
アバッキオの身体はジョルノがボスに開けられた穴を治してくれていたので、名前のリレガーレで魂と身体を再び繋ぐ事が出来た。
「馴染むまでには時間がかかるから、私の側をあんまり離れたら能力が切れるかも」
名前の説明に、アバッキオは頷いた。
「馴染んだら?」
こんな、暗殺チームに惚れ込んだスプーキーな女と、これからの人生を過ごさなければならないなら死んだ方がマシかもとアバッキオは心で毒づいた。
「好きに生きていける」
神の様なスタンドだな。
アバッキオはそう思った。
ジョルノとコンビを組んだら、まさに神だ。
アバッキオは単純に、「使える能力だ」と判断した。
「いいか、名前に触るなよ…」
メローネがリゾットを抱えて、青い顔でアバッキオに低い声で告げる。
アバッキオは「今はな」と笑った。
その言葉に名前以外の全員が殺気立ち、アバッキオはまた笑った。
そこからの追跡は、酷いものだった。
ブチャラティを追って辿り着いた街には、多くの一般人が倒れて死んでいた。
「あいつら何をやってるんだ…」と呟いたホルマジオに、アバッキオは「こんな能力を持ったやつはチームに居ない」と睨みをきかす。
死体と漂う魂に溢れた街で、名前は竦み上がってしまった。
「名前?」
リゾットが異変に気づき、名前を覗き込んだ。
顔からは血の気が引き、ぶるぶると震えている。
何かを離すまいと強く握られた拳からは、血が滲んでいる。
「名前?おい!メローネ!!」
今にも倒れそうな名前をメローネが運び、車を拝借してアクセルを踏み込んだ。
「おい、どこに行く!!」
アバッキオがメローネに掴みかかったが、メローネは前を向いたままハンドルを握って舌打ちをした。
「名前が気がついたらブチャラティを追えるんだから文句ねーだろうが」
メローネには見えなかったが、リゾット達には見えていた。
何が起きたか理解出来ないまま、ただ呆然と立ち尽くす一般人達の魂が。
名前の能力がざわざわと高ぶるのが、リレガーレで繋がれたリゾット達には伝わった。
スタンドが暴走しようとしたのだろうとすぐに分かった。
「リゾット…」
名前の頬を伝う涙が、リゾットの胸を締め付ける。
今でも、チームと名前を天秤にかける事は出来ない。
それでもあの時、リゾットは片方を選ばねばならなかった。
名前が泣くのも分かっていて、それを背負って生きるつもりだった。
「死んだら…意味ねーじゃねぇか…」
意識を朦朧とさせながら、スタンドを決して解除しないように手のひらに爪を食い込ませる名前を、それぞれがただ黙って見ていた。
それしか出来ない自分の無力さを呪いながら。
「起きろ」
霞んだ視界に見えるアバッキオが頬をペチペチと叩き、意識がハッキリするのを名前は感じた。
メローネが「テメー!触んなって言っただろぅが!!」と怒鳴って、車体がグラグラと安定を失う。
「……っ!!みんなは?」
「ここに居る」
慌てて飛び起きた名前は、リゾット達の姿を確認してホッと胸を撫で下ろした。
「ブチャラティ達はどうなってる」
アバッキオも名前の事情が分からないでもなかったが、彼には彼の事情があった。
せっかく生き返っても、ブチャラティ達に追い付けなくては意味がない。
「こうしてる間にもあいつらは戦ってる」と思うと、アバッキオは気が気ではなかった。
焦るアバッキオに、名前は首を横にふる。
「生きてる…とは思うけど、状況は分からない。ごめん、すぐに行こう!!」
ボスとの決戦は始まってる。
名前はリゾットと戦った男が、ブチャラティの近くに居るのを感じていた。
思い出すだけで息が出来なくなりそうな光景が蘇って、名前は急いでメローネに道を指示した。
遠くに離れては居なかったのが、何より幸いだった。
「…まって、止まってメローネ!!」
少し車を走らせた所で、珍しく大声を出す名前にメローネは急ブレーキで車を止めた。
キキーッと耳障りな音が鼓膜を貫く。
「待ってて!!」
短く指示した名前は、アバッキオとメローネの制止を聞かずに飛び出した。
追いかけようとしたアバッキオの目に、奇妙なスタンドが見えた。
「何だ…ありゃあ……」
ゆっくりと、しかし確実に歩いて行くスタンドは、周りに本体が見当たらない。
手に矢を握り、ただ歩いている。
と…そこまで確認出来たところで、アバッキオは突如として襲いかかる眠気に耐えられず、ゆっくりとシートに倒れた。
「ナランチャ…」
どうすれば良いのか分からず立ち竦むナランチャは、不意に名前を呼ばれて振り返った。
何人もの人間を引き連れて息を切らす女を不審に思いながらも、ナランチャは夢でも見ているような気分だった。
「ナランチャ・ギルガさんですよね?」
ペッシに見せて貰った写真の中にあった名前と顔。
呆然自失の状態で立ち尽くすナランチャに、名前は何度も呼び掛けた。
「ナランチャ、あなたの体はどこ?」
ナランチャの体を探す名前は、不自然に咲き乱れた花とその中に埋もれるように座ったナランチャ。
そしてその側で………………。
ブチャラティの体を見つけた。
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