名前が歌う歌が夜のポンペイにじんわり響く。
病死させられたイルーゾォを連れ帰るのは骨が折れた。
「名前…もういいから…止めろ」
いたたまれなくなったイルーゾォは、何度もそう繰り返す。
「嫌」
断固として聞き入れない名前は、バックに入っていた袋にドロドロに溶けたイルーゾォを詰めていく。
名前は悲しくて流れる涙をそのままに、鼻歌を歌いながら淡々と作業を進める。
「名前…お前が壊れちまう」
その光景に、イルーゾォ達は胸が張り裂けそうになった。
ブチャラティチームは強い。ボスに選ばれただけはある、優秀で頭のキレるチームだ。
これから、何度こんな光景を目の当たりにしなければいけないのだろう。
名前が傷つくのに、どうして何も出来ないのだろう。
「…パープルヘイズ…」
名前が歌を止めて口を開く。
汗を拭うように乱暴に涙を拭って、名前は袋を手に立ち上がった。
どうやら回収が終わったようだ。
「フーゴのパープルヘイズは恐い…。皆に伝えたい…」
「誰かに連絡取れるのか?」
イルーゾォの言葉に、名前は首を振る。
「縁を手繰り寄せても、皆の決意は変えられない…」
キュッと噛み締められた唇が、じわりと赤く滲む。
どれ程の悔しさや悲しみを、名前は黙って耐えているのだろう。
イルーゾォは「そうだな…」と答える事で精一杯だった。
ホルマジオとソルベとジェラートも、名前にかける言葉を探し続けていた。
ボスの娘、トリッシュを護衛するブチャラティチームと、ボスを狙ってトリッシュを奪取しようと企む暗殺チームの戦いはまだまだ続く。
名前が歌う歌を、ソルベとジェラートもいつの間にか口ずさめるようになった。
歌詞はない。何の歌かも分からない。
ただ悲しみの色のメロディを、名前と一緒に二人も歌った。
それはさながら、鎮魂歌(レクイエム)のように響く。
「皆痛そう…」
名前は眉をハの字にして、床に並んだメンバーを見た。
さすがに移動距離が長いので、あちこちの廃屋にメンバーをバラバラに隠す事になってしまった。
「そりゃ痛ぇよ…死ぬほどだ」
「そうだぜ。死んだもんな」
新たに忍び込んだ空き家の床に横たえられた自分を見ながら、プロシュートは顔をしかめて、ペッシは笑って誤魔化す。
プロシュートが死んだ時、名前はその列車に乗っていた。
ホルマジオ達がグレートフル・デッドに気づかなければ、名前も老化して死んでいたかもしれないと思うと、プロシュートは心中穏やかではなかった。
「名前…」
「メローネ!まだ動いちゃダメっ」
古ぼけたソファーでメローネが苦し気に「ぐぅ」と唸り、名前は慌ててメローネを止めた。
駅でメローネを見つけた名前は、蛇に噛まれて毒にうなされるメローネを病院に担ぎ込んだ。
病院はホルマジオ達が教えてくれた。
「どうして…」
未だ熱にうなされるメローネに、名前は笑って言葉を濁した。
(まだ引き止められるわけにはいかない…)
残るはギアッチョとリゾット。
メローネのように、ギリギリでも生きていれば良い。
(そうすれば助けられるのに。)
あのままだと死んでいたであろうメローネを、名前は助けられてホッとしていた。
そもそも、本来の名前のイメージでは全員をこうして助けるつもりだった。
「ギアッチョ、リゾット…死なないで」
しかし、名前の願いは叶わない。
ギアッチョの首に刺さった鉄杭を引き抜くのは大変だった。
断面で手のひらに傷がつき、名前の手からポタポタと血が流れる。
ギアッチョが「止めろ」とか「バカか」とずっと怒鳴り散らしていたが、名前は杭を引き抜いてギアッチョの体を空き家に運ぶまで止めなかった。
プロシュートとペッシの横にギアッチョを寝かせて、名前はメローネの額に乗せたタオルを変えた。
パンをかじって一息ついて、名前はブチャラティとリゾットの居場所を探る。
暗殺チームの家から盗んだ機器は、自分のスタンド能力が代用出来る為早々にお金に変えた。
スタンドを出現させて、二人分の「縁」を探る。
「ブチャラティとリゾットが近くならない…」
「リゾットとの縁」を手に、名前は次の行動に悩んだ。
少し考えて、睡眠を取っておく事にした。
名前の疲れはそろそろピークで、横になった名前の意識はすぐに微睡みに溶けた。
「…オレ、死ぬ間際に思った事があるんだ」
ポツリと話始めたのはソルベだ。
名前が「リゾットが動くまで眠る」と言って床で小さくなって眠るのを見ていた皆は、ソルベを振り返った。
「死に際になって、『名前が居て皆が居て…あれ以上の贅沢はなかったんじゃないか』って思った…」
ソルベの言葉に、誰も返事が出来なかった。
全員が自分たちの待遇に不満を抱き、それでも死に際に「あの時は良かった」と思っていた。
「オレ達が余計な事しなければ…悪かった」
「すまねぇ」
それはソルベとジェラートがずっと言えずにいた謝罪の言葉。
あの平穏な日々に戻れたら。
名前が悲しみの歌を歌い続ける事も、笑顔を曇らせることもなかった。
「何が正しかったとか、どこが間違ってたとか…わかんねぇよ」
ギアッチョは「メローネが生きてて良かった。少なくとも…名前が一人になる事はない」と続けた。
それでも、メローネにリゾットの代わりは出来ない事も理解していた。
メローネが悪いわけではなく、名前の気持ちの問題だ。
名前はリゾットを愛していたし、リゾットも名前を愛していた。
「リゾットにもしもの事があったら…」
ホルマジオはそこで言葉を切った。
きっと、言っても言わなくても同じで、名前は全員を元に戻せる方法を探し続けるだろう。
「もしも…名前が本当にオレたちを戻せちまったら、オレは名前の幸せの為に何でもするぜ」
プロシュートがそう言うと、皆が口々に「オレだって!」と笑った。
「よし、何か俄然やる気出てきたぜ!」
握りこぶしを作るペッシに、イルーゾォが「お前がやる気出してどうするんだ」と笑った。
(いつか…。
また名前と笑って暮らせたら…。)
メンバーは久々に穏やかな夜を過ごした。