時を少し遡る…。
名前はリゾットが部屋を出ていってからしばらくの時間を、ぼんやりとベッドに座ったまま過ごした。
あんなに荒々しく抱き締められたのも、キスをしたのも初めてだった。
それがまさか……。
「ねだっちまうなんてなァ」
「あぁ、意外と大体だな」
聞こえてきた声に、名前は枕を投げつける。
しかしそこには誰も居らず、投げた枕は後方の壁へぶつかって床へ落ちた。
名前はまるでトマトのように、首まで赤くなっている。
「当たるわけねぇだろ」
ケラケラ笑うのは紛れもなく…
「うるさい!!馬鹿ソルベ!!阿呆ジェラート!!」
死んだはずのソルベとジェラート、その人だった。
この現象を説明する為には、話をさらにもう少し遡らねばならない。
ノックの音がリゾットの部屋に響き、青い顔をしたメローネが扉を開いた。
「リゾットっ…ジェラートが見つかった」
リゾットがその言葉に慌てて部屋を出て、名前に聞かれないように扉を閉めた。
ジェラートの遺体が家で見つかった時の事だ。
その時、名前は部屋を掃除する手を止めて宙を見つめていた。
「わりぃ…」
困ったように笑うジェラートは、宙に浮いていた。
「どうして…」
驚きで固まる名前に、ジェラートは首を竦めた。
「ちょっとトチって、死んじまった」
「…はず、なんだよな」と続けて、ジェラートは困った顔をした。
かくゆう名前も、困惑を隠せなかった。
「死んだジェラートと、会話してる…?」
「オレが思うに…この糸がなんか関係あるんじゃねーか?」
不意に名前の背後から声がして、慌て振り返ると知った顔の彼。
「「ソルベ!!」」
やっぱり浮いているソルベを見て泣きそうな顔をする名前に、ソルベはバツが悪そうに「わりぃ」と謝った。
「つーか、やっぱりオレが見えるのか?名前」
ソルベの質問を、名前ははっきりと頷いて肯定する。
「オレを見れるのも声が聞こえるのも、名前だけだぜ」
ソルベは気づくと家の玄関に居て、メンバーとすれ違った事と、誰も自分に気づかず壁も体もソルベをすり抜けた事を説明した。
「名前は霊感みてぇなのがあるとか?」
「ま、待って!私霊感とか無い!」
話についていけない名前は、「こんなの初めてだし」とソルベの話を否定する。
と、そこでジェラートは何かを思い出して、自分と名前、そしてソルベの周辺をくるくると回って調べる。
「もしかして…名前のスタンドじゃねーか!?」
ジェラートはソルベが最初に言っていた「糸」が、自分からも出ている事に気づいた。
そして二人の糸は、名前へ繋がっている。
「名前、スタンド出して見ろ」
ソルベに急かされるまま出現させた名前のスタンドは、丸い風船から歪な形へ変わっていて、ソルベとジェラートの糸はその歪なスタンドへ繋がっていた。
「やっぱり…」
それが分かった所で、名前のスタンドが未熟な事には変わりない。
やっぱり使い方の分からないそれに、名前は顔をしかめた。
「名前!スタンドの能力が分からねぇ以上、他の奴らにバレねーようにしろ」
ソルベの判断に、ジェラートは頷いて同意する。
「オレたちの事も知らない振りをしろ。いいな?」
ソルベとジェラートは、ボスの脅威を身を持って知っていた。
だからこそ、名前をその抗争から逃がそうと考えたのだ。
名前は何にも気づかないふりをする為に掃除を再開した。名前の鼻歌が、悲しげに響く。
そして、二人は思惑通りに事を運ぶ事に成功したのだ。
「二人の思惑通りに進んだでしょ?」
名前は投げて落ちた枕を拾い上げた。
名前だって、ソルベとジェラートが、名前を事件から引きはなそうとしている事に気づかないほど平和な環境に生きていない。
名前はボストンバックの中身をひっくり返し、これから必要になりそうな物を並べた。
ソルベとジェラートは、並べられた物を見て驚く事しか出来なかった。
「名前、お前…どこまで気づいてたんだよ」
ソルベがやっとの事で発した言葉に、名前は「多分…8割は把握出来てる」と答えた。
「お願い、ソルベ、ジェラート!!!!皆を…皆を失いたくないの。分からないのは組織の事だけなの!」
名前は並べた盗聴器や無線機等の機器を前に、何度もジェラートとソルベに頭を下げた。
「名前、意味を分かってんのか?」
ジェラートが鬼の様な形相で名前を睨んでも、名前は怯むことなく強い視線で二人を見る。
「ギャングなんかに関わっても、ろくな事にならねーぞ」
「ジェラート、ソルベ…私は、決めたんだよ。皆が私を争いから遠ざけるなら、皆と生きる為に私は戦う!!」
はっきりと決意を口にしたその時、名前の体がブレるように二重になり、スタンドが出現した。
以前、風船のようにふわふわ浮いていたそれは、子どもの姿ではあるがハッキリと人型をとっていた。
「ぇ…」
「ワタシハ…名前、貴女ノ心ガ決マルノヲ待ッテイタ。決マッタナラワタシハ戦ウ」
ようやく会話が出来るレベルの言葉を得た子どものように舌ったらずではあるが、名前のスタンドははっきりとそう告げた。
驚いて閉口してしまったソルベとジェラートの隣で、名前自身も驚きを隠せなかった。
物心着いてから今まで、スタンドが人型を取った事など一度もなかった。
それが人型を取り、言葉を話している。
「私の…スタンド?」
「ワタシノ能力ハ、リレガーレ。アタナガ望ムママニ結ビツケル」
リレガーレ…。
名前の決意が能力を開花させた。
そして、それを目の当たりにしたソルベとジェラートは、名前の覚悟を思い知らされた。
「だーもうっ!分かったよ。…どうせオレらが話さなくても、お前は行くんだろ?」
それは、ソルベとジェラートも覚悟をしなければならないということ。
名前に話すのは血に塗られた自分たちの真実。
闇に閉ざしていた己の罪。
「オレたちに嫌悪感を抱いても仕方ない。だから…もしそうなったら「ジェラート、大丈夫。大丈夫だから、早く…お願い」
時間がないと焦る名前に、ジェラートは静かに頷いた。
「みんなに会えると思って、ブチャラティを追いかけてたの」
目を見開いて固まったまま動かないホルマジオに、名前は笑ってそう言った。
火傷と傷でドロドロのホルマジオを、躊躇いもなく抱き抱えて名前は宙に浮かぶホルマジオを真っ直ぐ見つめる。
「………っ、ソルベ、ジェラートまで…どうして止めなかったんだ!!」
やっと状況を飲み込んだホルマジオの怒りは、ソルベとジェラートの二人にぶつけられた。
「二人が死んだのを知って、私も色々調べたの。廊下で埃を被ってた盗聴器とか…まだ使えたから」
暗殺チームの中でそんな事をしてしまう名前は、その頃にはそんな疑いを抱かせないほどの信頼を得ていた。
バレたら殺されるかも知れなくても…名前は黙って居られなかった。
「ブチャラティを前に街で見かけられてたのはラッキーだった…以前に縁があったから結べた」
ホルマジオは名前の背後に立つスタンドを見た。
その手には何本かの糸が握られていて、その内の一本が「ブチャラティとの縁」だと名前は説明した。
「ソルベとジェラートに話を聞いて、以前街で見た電車から飛び降りるスタントをしてたのがブチャラティだった事に気づいたの」
ホルマジオは名前を解放した日に、「パントマイムだ」と喜んでいた名前を思い出した。
短期間でスタンド能力を理解し、ソルベとジェラートの魂を自分に結びつけ続け、尚且つブチャラティとの縁を手繰り寄せて着かず離れずの距離を維持する。
(そんな高度な事をいきなりこなしているのか!?)
ホルマジオは耳を疑ったが、それは目の前で実証されているのだ。
死んだ自分の体を目の前に、名前とハッキリ会話を交わす。
「私が手繰れるのは縁だけ…。ホルマジオ、次は誰?」
その言葉でホルマジオは気づいた。
名前は暗殺チームの全員の魂を結ぶつもりなのだ。
それが最終的に、全員の死を目撃する事になっても。
命を救う手段が見つかるまで結び続けるつもりなのだ。
「名前…」
あんなにも守らなければと思っていた女は、自ら過酷な環境へ飛び込んで行くのだ。
それを止める手段は、ただ結ばれただけの自分達にはない。
ホルマジオは悔しさで唇を噛んだ。
「イルーゾォが…連絡を受けた」
名前はホルマジオの体をタクシーに乗せて、街の外れにある空き家に運び込んだ。
タクシーの運転手は、名前が渡した金を嬉しそうに数える。
「あの金…どうしたんだ?」
「リゾットが少しくれてたの」名前は事も無さげにそう答えて、ホルマジオの体を部屋に横たえた。
窓から見えない事を確認して、名前はまた小屋を出る。
「そりゃ当面の生活費だろ」
ホルマジオの言葉に、名前は答えなかった。
ソルベとジェラートに何度も言われた言葉だったし、名前にはそんなことどうでも良かった。
今までだって、お金がなくても平気だった。
それよりも、初めて得た仲間を失う事が辛かった。
名前が、鼻歌を歌わない日は無くなっていた。