名前が居なくなった暗殺チームの家は、酷く閑散としていた。
一人減っただけなのに、活気がなくなった。


「名前、どうしてるだろう…」

ペッシがそう呟いた事で、プロシュートは沸き上がる苛立ちを隠しもせずに舌打ちした。

ソルベとジェラートが死んでから2年が過ぎた。
正確には、死んだ事が分かってから2年と半月。
名前がここを出て、3日が経過した。
治安の悪いこの界隈からは遠ざけたが、だからと言って名前の安全が確立できたわけでもない。
各々が口には出さなくても、名前の安否を気にしていた。
それでもリゾットさえも、決してその話題には触れようとしない。

(なのに、このマンモーニが…)
プロシュートが心で毒づいて、目の前のパソコンを開く。

「それよりも、今はボスの娘だ」


プロシュートはパソコンのキーを叩いた。
ホルマジオが出て2時間が経過しようとしていた。
そろそろ、娘を護衛している可能性があるブチャラティチームに接触出来ているころだろう。


この戦いが終われば…。
ボスに勝つことさえ出来れば、晴れてこのチームはボスにはめられた首輪から解放される。
それさえ叶えば、名前も……。

プロシュートはそこで思考を打ち切った。

(焦っちゃァ駄目だ…)


相手もスタンド使いの可能性が高い。
なにせ、この任務は本来なら、スタンド使いであるポルポの任務になるはずだったからだ。


「兄貴…」

ディスプレイを睨んで腕を組むプロシュートに、ペッシが恐る恐る声をかける。

「ホルマジオが…」


ペッシは震える手で電話を差し出した。

(あぁ…ほらな。)


プロシュートは自分も出る支度を始めた。
イルーゾォが先にホルマジオの連絡を受けて家を出た。
イルーゾォからの今後の電話内容次第では、プロシュートとペッシが出るだろう。

1人、また1人とここから消える。


「プロシュート」


髪をきっちりと結い上げ直す彼を呼ぶ声に、プロシュートは鏡越しに背後を見た。
プロシュートの部屋の入り口に、ずいぶん情けない顔をしたリゾットが立っていた。

「おいおいリーダー、ペッシにそんな顔見せてないだろうな…」


そう言いながら、プロシュートは自分はどうだっただろうと考える。


「死ぬな」

「おい、マジかよ。
そりゃ誰に言ってるんだ?」


ニヤリと口の端を上げるプロシュートを、リゾットはしばらく見て「そうだな」と笑った。

(手のかかるリーダーだ)
プロシュートは内心、毒づいて笑い返した。


「兄貴!!鏡のイルーゾォの反応が…」

「…そうか」


慌てて部屋に飛び込んで来たペッシが、ノートパソコンを手にそれ以上言うのを拒むように口を引き結ぶ。

ペッシが差し出したパソコンを見ると、ポンペイでイルーゾォの反応が消えていた。
リゾットがグッと唇を噛んでその表示を見つめる。


「リゾット、俺とペッシが行く。メローネとギアッチョはまだ自室か?」

「…声はかけてある」



リゾットの肩を叩いて「グラッツェ」と短く礼を述べると、プロシュートはペッシと共に家を出た。



奴らが「駅」に向かった情報を掴むまで、そう時間はかからなかった。

車を飛ばして、急いで駅へ向かう。


「本当に駅なのかよォ?」

ペッシが不安がる気持ちが、プロシュートにもよく分かる。
素人の誰かを護衛しながら、直ぐに見つかってしまう駅に向かうなんて正気の沙汰ではない。

それでもプロシュートは、ただひたすら駅までの道のりを飛ばした。

(リゾットが名前を連れてきた時は良かった…)

プロシュートは道すがらそんな事を考えていた。

ペッシは「名前に笑われる」と気合いを入れ、多少男らしさを見せていたし……何より帰る家があった。

ボスに無言で牽制され、名前も居なくなってしまったあの家は、今や家と言うより監獄と呼ぶ方が相応しい。


「本当にいたぜ。ブチャラティだ…」

先頭車両近くにある水飲み場にしゃがみこんだブチャラティを、プロシュートは直ぐに見つける事が出来た。
ペッシがホルマジオとイルーゾォの敵を取ると勇んで「ブッ殺す」と繰り返す。
プロシュートはペッシをきつく睨み付け、指を突きつける。

「そういう言葉はオレたちの世界にはねーんだぜ…そんな弱虫の使う言葉はな…」

ゴクリと生唾を飲むペッシに、プロシュートは親が子どもに言い聞かせるように一言一言をはっきり告げる。


「ブッ殺す…そんな言葉は使う必要がねーんだ。
なぜならオレや、オレたちの仲間は、その言葉を頭の中に思い浮かべた時には!
実際に相手を殺っちまって、もうすでに終わってるからだッ!」


未だにチンピラのように「ブッ殺す」を軽々しく何度も発するマンモーニに、プロシュートは暗殺チームとしての姿勢を示す。
それが兄貴分であるプロシュートのスタイルだった。

どんなに名前と楽しく過ごそうと、暗殺チームは暗殺チーム。
穏やかな日を過ごしても…それが続けば良いと願っても、プロシュート達は闇の中に生きていた。

名前もさる事ながら、プロシュートは闇に染まりきれない弟分を案じていた。

「オレはオメーを信じてるんだ」
















プロシュートは、自分がもうすぐ死ぬ事をはっきり理解していた。
走る列車から地面へ叩きつけられ、車体の隙間に体を滑り込ませた事は執念が成し得た奇跡だった。

グレート・フルデッドの身体がボロボロと崩れるのを、プロシュートは途絶えそうな意識の中で見ていた。


「全てはオレが、オメーにここで兄貴への償いをさせる事で、オレたちの任務は終了する!」

覚悟を決めたペッシは、ブチャラティ相手にビーチ・ボーイを構える。



(いい面だ…)

プロシュートはマンモーニだった弟分が、この局面で大きく成長したのを見て最後の力を振り絞った。


「栄光は…おまえに…あるぞ……」


薄れる意識と視界の中で、プロシュートは名前の声を聞いた気がした。
名前の姿を一瞬探して、(居るわけねぇか)と目を閉じた。



(オレもペッシも…

リゾットも……

多分、暗殺チームの全員が久しく神に祈ったりしてねーだろう)




プロシュートの意識に、名前が嬉しいと泣いた夜が蘇る。
闇に生きるプロシュートたちに歓迎されて、それでも名前は嘘偽りなく「嬉しい」と涙した。
それがプロシュートたちには、何より嬉しかった。





(今さら…
こんなオレたちでも神に祈る事を許されるなら…

今度こそ名前に悲しい顔をさせないように

また皆で暮らしたい……)



地面に叩きつけて真っ赤に染まったプロシュートの頬を、一筋の雫が伝って落ちた。


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