名前はぼんやりと窓の外を眺め、ジョルノが見ていることにも気づかずハァとため息をついた。真冬の寒さに凍った窓ガラスが名前の吐息でほわっと白く曇り、じんわり結露して雫に変わる。
落ち込んだ様子の背中は小さく、朝からずっとこの調子だ。
ぼんやり外を眺めてはため息を繰り返している。
「名前さん?」
一度目。
声をかけるが気づいた様子はない。
元々ほんわりした空気を持った名前ではあるが、こんなにぼんやりしていることは珍しい。
ジョルノの記憶によれば、ディアボロとの闘いを終えて名前達を親衛隊として迎えて以来こんなことは初めてだ。
「名前さん?」
「え、あっ、ごめんなさい!」
慌てふためいて勢いよく頭を下げ、書類を山積みにしたローテーブルに額を強打する名前を見て、ジョルノは小休止を取ることにした。
ポットの紅茶を二つのカップに注ぎ、一つを名前に渡してソファーに腰掛けた。
「それで、どうしたんですか?」
「え…」
向かいに座るジョルノを見つめ、いくらか間を取って考え込んだ名前は、迷惑をかけたのだから仕方ないと諦めて口を開いた。
今日のクリスマスを皆と過ごすことを楽しみにしていたこと。けれど皆の都合が悪くて会えなくなったこと。
訥々と語る名前の視線はカップの中で揺れる紅茶に映る自分を見つめていた。
「クリスマスですからね、皆さん恋人が居ればそちらを優先するのではないですか?」
「そう…ですよね…」
名前だって、何もリゾットチーム全員を独占しようと言うわけではない。
クリスマスを誕生日として祝う約束だって、永遠に叶えられるとも思っていない。
ただ、理解と心は別のところに存在していた。
「リゾットは?せっかく恋人が居るのだから、アナタも二人で過ごせば良いじゃないですか」
「そうなんですけど…。今日は少し遅れるみたいで…」
仕事なのだから仕方ない。そう言って笑った名前に、リゾットは何度も謝って、朝も急いで家を出た。余程忙しいのだろう。
組織に所属するということは、そう言うことだ。
「では、お暇なんですか?」
紅茶を飲むジョルノは、寂しげに頷く名前え笑顔で提案した。いや、命令したと言った方が正しい。
「では僕と一緒に来て下さい」
ジョルノに渡されたワインレッドのワンピースを着て、名前は導かれるままにレストランに入った。
随分高級な様で、重たいイスをカメリエーレが引いて座らせてくれた時には今すぐ帰りたい気持ちに襲われた。
「そんなに堅くならないで下さい」
「だっ…だって、ジョルノ。ここ…すごく高そう…」
「大丈夫ですよ、僕の財布は微塵も痛みませんから」
ニッコリ笑うジョルノはこんな場でもちっとも見劣りしない。キラキラ眩しい電飾や蝋燭灯された炎で揺らめいて輝く金髪は、白い肌を上品に流れていて洗練されている。
「そんなに緊張していると、美味しいモノも美味しく食べれませんよ?」
「そ、それは、…ちゃんと味わいます」
クラクラするような緊張感の中で、ソファーではなくイスのくせにフカフカのイスに腰掛け、グラスを持つ手もわずかに汗ばむ。
「こちら前菜のカップレーゼでございます」
「グラッツェ」
上品なトーンでしなやかな手つき。流石は一流のレストランだと思って振り返り、名前は思わずフォークを取り落とした。
「メッ…「しーっ、直ぐにフォークの代え持って来ます」
誰かそっくりな別人かとも思えるような笑顔と物腰で、メローネが静かに落ちたフォークを拾って立ち去る。
気付いてないはずはないジョルノも何も言わずに料理を口に運んでいるし、澄まし顔のジョルノとメローネの後ろ姿を交互に見て名前は眉を寄せた。
さっぱり訳が分からない。
「ジョルノ…」
「名前さん、イスにキチンと腰掛けて下さい」
立ち上がろうとする名前を制して、ジョルノは名前をイスに腰掛け直させると、そっと耳元に顔を寄せた。
「主賓は主賓らしくしなくては。これは僕からのプレゼントです」
言葉の意味を確かめる暇もない。目の前にあった前菜のカップレーゼが真っ白な鳩に変化してバサバサと飛び立つ。驚きでとっさに目を閉じて小さく悲鳴をあげた名前が再び開いた視界には、肩で息をするリゾットが立っていた。
見たことのないスーツを着こなし、後ろに流した髪は走ったせいかわずかに乱れている。
驚きで瞠目したまま言葉を忘れたように固まる名前を見つけ、リゾットは真っ赤なバラの花束を差し出す。
「名前、Buon Natale。と、Buon Compleanno」
バサリと大きな花束を差し出され、名前はようやく時の流れを思い出した。
耳まで赤くなり、目には涙が浮かぶ。
息を切らして駆けつけてくれたリゾットの身体は冷えていて、抱きしめられて伝わる体温はいつもよりずっと低く感じられる。
それすら、今の名前には幸福だった。
強く抱きしめられ、リゾットの唇が何度も名前の髪や肌にキスを落とす。
「 Buon Natale、名前」
メローネの声に振り向くとずらりと長い黒エプロンを腰に巻いたカメリエーレがならんでいた。その全ての人に見覚えがあった。
リゾットチームのメンバーを始め、フーゴ、アバッキオ、ブチャラティとナランチャ。そしてミスタ。全員が花を抱えて口々にクリスマスと誕生日をお祝いする。
「どうして…」
「名前にはこれくらいしねぇと、サプライズが成功しないからな」
満足そうに笑うホルマジオがそう言って名前をハグする。順番に花束を手渡してハグをして、もうテーブルは花でいっぱいだ。
「名前、驚いた?」
「驚いたに決まってるよ」
今にも泣き出しそうな名前に、メローネは笑って頬に口付ける。背後からメローネをど突いて、ギアッチョも「相変わらず隙が多すぎる」と眉をつり上げる。
まるでリゾットみたいなことを言うと笑うと、ギアッチョはチッと舌打ちをして名前の頭を乱暴に撫でた。
「リゾットに振り回されて、テメーも大変だな」
「え、名前は振り回されてるのですかい?」
小首を傾げるペッシに、プロシュートは「当たり前だろーが」と間髪入れず返す。
名前の隣でリゾットが一つ咳払いをした。
「パーティー楽しめよ」
「グラッツェ、イルーゾォ」
イルーゾォも心なしか楽しそうだ。
「名前、始めようぜ!!」
「今年のクリスマスパーティーだ!!!」
ソルベとジェラートの合図で次々と料理が運び込まれる。
たくさんあるテーブルの上はみるみるうちにたくさんの料理で埋められ、名前は肩を抱き寄せるリゾットを見上げた。
「どうして」
「誕生日だろう?」
スーツ姿が見慣れず眩しい。
頬に添えられた手がするりと腰に添えられ、抱き寄せられてチュッと口づけが一つ落とされた。
「名前、おめでとう」
「リゾットも、おめでとう…」
「ほら、テメーらその辺にしとこうぜ!」
「お腹空いちまったよー!!」
ナランチャとアバッキオの声に、名前は「はいっ!」と慌てて答えて駆け寄った。
三度目のクリスマス&誕生日パーティーはたくさんの人と笑顔に満ちていて、これまでにない光景にリゾットは小さく呟いた。
「グラッツェ」
一人言の様に呟いた言葉を、これまで何度使っただろう。
心から感謝することをどれだけ繰り返しただろう。
思えば死を経験したあの後、名前のスタンドで救われて以降、口にすることが増えた気がする。
眩しいほどの幸福に溢れた日々に、リゾットは一度目を閉じ、息を吐いて天井を仰いだ。
願わくば、これから先何度もキミとこの日を祝えますように。