「じゃあ行くよーっ!!」

珍しく大声を張り上げた名前の号令に続き、ポーンと弧を描いてビーチボールが青い空に飛ぶ。


「康一!行ったぜ!!」

仗助の声が響き、康一は自分の方へ飛んできたビーチボールを億泰の方へトス。億泰は持ち前の長身と長い腕を試合で思う存分に発揮している。


バシュッ!!

ビーチボールが猛スピードでペッシの手前の砂浜を叩くこの光景を、もう何度見たか分からない。

「あぅぅ…」


暗殺チーム対杜王町チームの試合は、現役学生含む杜王町チームの圧倒的有利な状況のまま佳境へ差し掛かっていた。
実際、仗助の余計な一言さえなければ、そのまま終わっていただろう…


「負けたチームは、勝ったチーム全員にかき氷を奢ってもらうッスよ!」






「かき氷…?」


ピクリと名前の顔色が変わる。
リゾットの脳裏に浮かぶのは、今月もピンチの食費だった。


「仗助」


落ちたビーチボールを拾い上げて振り返りながら、名前はこれまでにないほどの笑顔で仗助の名前を呼んだ。


「私達、圧倒的不利なの」


まさか試合のやり直しを申し出されるのかと思った仗助は、表情をやや硬化させて申し入れを断ろうとする。
自分だって小遣いに余裕がない。


「だから、私達が逆転勝利したらランチもお願い」



えへへと笑う名前は「もしも勝ったらだから!」と念を押す。
しかし、これまでの試合の運びを見れば結果は一目瞭然。
卑怯と言われればそれまでだが、ペッシは砂浜に足を取られて動きが鈍く、他のメンバーも慣れない日本の気候のせいなのか時差のせいなのか、その動きは俊敏とは言い難い。
とてもギャングのような恐ろしい仕事をしているとは思い難い愉快な面々に、仗助は完全に油断していた。


「俺はイイっすよ」

仗助に続いて、康一や億泰も軽い調子で頷く。
あまりにもいい流れできたことが招いた油断だった。


「オッケー、じゃあ…」


名前は水着の上に着込んでいたパーカーをドサリと投げ捨てる。
何が入ってるんだ。
俄然、露出の増えた名前は脚を開いて腰を落とし、このクソ暑い日に「お腹冷えるでしょうが」と訳の分からない事を言うリゾットをチラリと見上げる。


「一緒に勝って、イイコトしよ。リゾットセ・ン・セ」


「絶対勝つ」


変なスイッチが入った暗殺チームは強かった。
暑さで参っていたはずのギアッチョやソルベが信じられないほどの俊敏な動きを見せ始め、対する仗助達は疲れがで始めたのか砂に脚を取られてビーチボールを拾えない。


大差で負けていたはずの暗殺チームは、その後一点も取られないまま勝利を収めた。


「なんでだ…」

茫然自失の仗助に、名前はジェラートに手渡されたパーカーを着込みながら「グラッチェ」と笑うだけだった。



パラソルの影にチェアーを出して寝そべり、優雅にジントニックを煽るDIOと、苛ついた様子を隠しもせずに腕を組んだまま椅子に腰掛けた承太郎は、名前達の喧騒がかすかに聞こえる距離に並んで座っていた。


「私を見張っておらずとも、あっちに加われば良いではないか」


承太郎がビーチボールを楽しむ姿。それはそれで見ものだが、空気感が変わりすぎるのでご遠慮願いたい。

「俺はただの保護者役だ」

チッと舌打ちしながら答える承太郎は、まだ高校生の時だったあの時に戻ったような、触れると切れるような空気を纏っている。
大人の落ち着きはどこへいったのだ。
というか、露伴はどうやら保護者役にカウントされないらしい。


「まぁいい…」

フンと笑うDIOだけは、あの頃とは全く違う雰囲気を纏っている。
世界を手玉に取らんとギラついていたあの頃の面影はなく、息子のやることや名前達のやる事を傍観者としてじっくり楽しんでいるようだ。


ふぅとため息をついた承太郎はテレンスが出してくれたチェアーの背に体を預けて仗助達の方へ視線を戻した。
急に強さを発揮した名前チームに負けて項垂れる億泰と康一の隣で、露伴と仗助が喧嘩をしている。
後から変な条件を付けたことで言い合っているに違いない。


「仗助、先生。後から言っても仕方ねぇだろ」

やれやれと立ち上がって仲裁に入る承太郎を見ながら、DIOはニヤリと笑う。
誰も気づかず、名前の思惑通りに事が運ぶ。
欲を出して思惑通り運んでいるわけではない辺りが、名前の周りに人が集まる理由だ。


「飯くらい出してやるから全員食え」


承太郎の言葉に露伴以外の全員が両手を振り上げて喜んだ。


「金がないわけじゃないんだ、僕は」

ムッと拗ねたように言うのは露伴だが、承太郎が「今日先生が来てくれて助かったんだぜ。俺1人でこいつらの子守は大変だからな」と肩をすくめた事で機嫌を直した。


「名前の側にいると、平和ボケするようだな」

テレンスから“いつもの赤ワイン”を受け取りながら、DIOはフンと笑った。


「しかしスタンドまで使うなんて、彼らは本当に大人気ないと言うか…どこまで貧乏なんでしょうか…」


テレンスの呆れた物言いに、DIOは「気づいたのか」と笑う。
名前の交渉から、ギアッチョがコート内を少し涼しくし、プロシュートがグレートフルデッドで相手の動きを鈍らせた。それをリゾットがメタリカでカモフラージュする。
それが暗殺チームが勝利した理由だ。


根本的には彼らの身体能力だが、自分達のコンディションを整えて相手の能力を下げたわけなので、大人気ないには変わりない。


「それも含めて平和ボケしているのだ」


DIOはそれだけ言って笑った。


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