「やはりこうなったか」

高級車から執事の男が差し出した大きなパラソル影に顔を出したのは、今日の夜合流予定になっていたDIOその人だった。


「え!?DIO様!!どうして此処に!?!?!?」

驚いて瞠目する名前達に承太郎と呼ばれた背の高い男はピクリと反応を示した。
もともと整った顔の癖に異常な威圧感を醸す承太郎は、眉をギュッと寄せてその表情を益々険しくしている。


「DIO…様、だと!?テメーらこの男とどういう関係だ?」

「承太郎、落ち着かないか承太郎。見ろ、名前が恐がっているではないか」


そんなに恐がってませんが?と言いかけて、名前は口をつぐんだ。
仮にも暗殺者なのだ。この程度で恐がるはずがない。
しかしDIOが恐がっていると言い切ったのだから、名前はわざと怯えるような表情を作り、DIOの影にパッと隠れた。
兄貴も舌を巻く適応能力は日本でも健在である。


「承太郎。こいつらは私の部下ではない」

「…」


余裕な様子でゆったり喋るDIOと、承太郎の無言の重圧が二人の間に火花を散らす。
ペッシとイルーゾォはさっきまでの楽しげな表情から一変して真っ青になっていた。
どうもこの二人はDIOに弱い。


「私の部下はテレンスと、留守番をさせているバニラだけだ。増やしては居ない」

「テメーが条約を守っていることは報告を受けている。テメーの部下ではないこいつ等が、一体何ものなのかも今分かったぜ」


相変わらずの鋭い目つきに名前はスルリとリゾットの影へと逃れた。
DIOを危うく思っているわけではないが、行動の読めないDIOより慣れ親しんだリーダーのほうが落ち着く。
反射行動のように抱きしめようとするリゾットをひらりとかわし、名前はリゾットを盾に火花を散らす二人を覗いた。


「テメーらギャングが何のようだ?」

「ギャング!?!?!?」


仗助が目を丸くする様に、名前はヒョコッと頭を隠す。
折角初の国外に住む友人をゲットできそうだったのに、そんな淡い夢が潰えた事を知った。
ジョルノにギャングらしくないと笑われても、一人の少女としての“ペンフレンドを持つ”という夢は密かに抱いていたのに…。
成人していても心は少女ですが何か…?



「いや、まともじゃないとは思ってたけど…マジかよ!!ギャングだとっ!?」

「なによ、まともじゃないってどういう意味!?メローネ以外はいたって正常よ!!」

「名前、あっさり俺を切り捨てるのな…。そんなところもベネ!!ベネだよ!!!」


名前に飛び掛ろうとするメローネを、ギアッチョが無言のままに踵落としで撃退する。
見慣れていない仗助はコントならまだしも、まるでギャグのようなテンポで有無を言わさず撃退されたメローネの姿にゴクリと生唾を飲んだ。


「いや、残念スけど、まともには見えないっス」

「嘘でしょう!?」

本気で驚く彼女の感性の方が嘘だと思いたい。
赤毛の剃り込み坊主頭が「しょーがねぇなー」と笑って落ち込む名前を慰めているが、彼は状況を良く理解しているようだった。


「しょーがねぇよ。いくらジャッポーネでもこんなにどうどうとコスプレなんてしてあるかねーよ」

「コスプレなんて言葉を知ってるホルマジオに驚きだよ」
「さすがジェラート、鋭いつっこみだな。シビアコ」

いや、そんなに白昼堂々とゲイが歩いてることも、この田舎ではそうそうありません。
仗助は最早どこからツッコむべきか分からずに黙って目を細めた。
女装三人にゲイ。
そんな中であっけらかんと普通に笑う名前の正体が一番謎に見える。

「おい…」

集団の中で最も恐げな空気を纏った黒目の男…リゾットに声をかけられ、仗助は思わず背筋を伸ばした。
おそらくギャングのチームの中の、この人がリーダーなのだと理解は容易い。




「言っておくが、名前に手を出すなよ?」



過保護なだけだった。
凍りついた空気の中で「聞こえてるのか?」と念を押すリゾットに無言で頷いて答え、仗助はもう一度集団に目を戻した。


「ギアッチョ、メローネが起きないよ」

「うるせーから寝てる方がいいんじゃねーか?」

「いや、こう荷物が多いのにまた荷物が増えるのは良くねーよ」

「プロシュートはペッシに持たせてるから手ぶらじゃねーか、しょーがねーな」

「違うんだホルマジオ、俺は良く荷物を置き忘れるから、兄貴と一緒に入れさせてもらってるだけなんだ」

「…それをペッシが持ったんじゃ、なんの予防にもなってねーけどな」


唯一まともなツッコミをいた黒髪おさげの男は、溜息をついて鏡を見つめていた。
なんだ、女装はもしかして趣味なのか?そんなに鏡を見つめるなんて。


「…入っとこうかな」

ただの危険なナルシストかもしれない。
黒髪とんがり頭と茶髪のガリガリ頭は何やら楽しげに密談を始めているし、リゾットはよっぽど信用できないのかまだこちらを睨んでいる。



「DIO」

「なんだ?まだ聞きたい事があるのか?」

険しい表情をどんどん険しくする承太郎がどこまで険しくなるか眺めていたのだが、どうやら痺れを切らした様子の承太郎に呼ばれて、DIOはニヤリと笑みを浮かべた。



「こいつらは…ギャングなのか?」



仗助もそこのを疑問に思い始めていたところだ。
承太郎と仗助の懐疑的な視線が自分に集まっているのを見ながら、DIOはリゾットチームを見渡す。
完全に落ちていたメローネをたたき起こそうと奮闘する名前に、気がついたメローネが光の速さで抱きついて、ギアッチョとリゾットとプロシュートの鉄拳が落ち、再びメローネが動きを止めた。
………馬鹿なのか?



「………………こいつらをイタリア一のコント集団にしようかと思っている」

「それなら納得ッス」

「テメーの頭もめでたくなったものだ」



何気に失礼な三人である。
だがイルーゾォにはこの三人(特にDIOと承太郎)に突っ込みを入れる勇気などない。




「この………DIOまで影響され始めているというのか………?このDIOが!?」


どうやらDIOの癪に障ったらしい。


「そんな誤魔化しはきかねーぜ。テメーがこのコント集団を連れてきた本当の目的はなんだ?」


ぎらりと強い光を放つグリーンの瞳に射抜かれ、DIOはフンと鼻を鳴らした。
テレンスの支えるパラソルで作った影に入っているとは言え、日差しの強い時間だ。承太郎を怒らせるにはあまりにも不利だった。



「その話は夜にするようになっている」

「は…??」

DIOの言った言葉が分からずに目を見開いた承太郎は、暫しの沈黙の末にぎりっと歯を鳴らした。


「テメー、いつの間にウチの職員を懐柔しやがった!!」

「私ではない。しかも、今回の私はただの付き添いだ。この日本には旅行以外の目的は、私にはない」


仗助は全く見えなくなった話の流れにただただ困惑を隠せない。
暑さで汗が滲むから早く海に入りたい。
メローネを巡るドタバタ劇をしていた十人はとうに海に走っていってしまった。


「スピードワゴン財団と、取引をするために、私の息子の部下が来た…そうはっきり言ったほうが良いか?」

「まさか、部下ってアイツらッスか!?」

「チッ…」


そりゃあ困惑もするだろう。
こっちの状況が面白くないと見際めてさっさと海に向かった人間が、交渉の中心に立つなんて思うはずもない。
相変わらず喧しく騒いでいる、ギャング(疑惑)の十人を遠巻きに眺める承太郎に、DIOは笑って「何度も言うが交渉は夜だ。ゆっくり海ででも遊んでくればいい」と告げて再び車に乗り込んだ。


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