仗助は海へ向かうバスに乗り込み、隣に座った日本人風の女性に声をかけた。
別にナンパをするつもりではなかったが、奇妙な仲間(しかも明らかに挙動不審)を引き連れた女性に何の気なしに声をかけた。
理由を説明するならば、海に向かう高いテンションと、夏の開放的な空気のせいだと思う。


「一緒に居るのは彼氏ッスか?」


チラッと後方の座席に視線を走らせた仗助は、一瞬にして緊張の面持ちになった面々を見て“あ、違うんだ”と悟った。
案の定「そんなわけないでしょー」と笑う様子を見ていれば、少し同情もする。なんだか億康に似た奴等だ。


「修学旅行なの」


無理がある。
もう一度視線を向けてみるが、どう見てもゲイと女装と学生と呼ぶにはちょっと年が上に見える男。
ニコニコ笑う名前には言いにくいが、それは非常に無理がある。
反応に困って口を開いたり閉じたりしていると、ひょこっと前の座席から康一が頭を出した。


「仗助君、これ食べる?」

渡りに船とはこの事だ。
これで修学旅行云々に対するコメントを回避できる。
差し出されたポッキーを受け取りながら、手招かれるまま耳を寄せる。


(仗助君、どうしてそんな変な人達に声をかけちゃったの?)

小声とは言え、康一らしからぬ失礼な意見だ。
慌てて口元を隠した仗助も、「何となく…」と小声で返す。


(スタンド使いなんじゃないかな?)


ギョッとはしたが、確かにあり得る。
チラッと名前を伺い、仗助は肩を竦めた。
これがスタンドを用いて何かをするつもりでイタリアから来たのだとすれば、変装の下手さが最早可哀想なレベルだ。
ちなみに、露伴が苛立ったように見てくるのは、気付いてないふりでやり過ごした。
ヘブンズドアーを使わせておいて、話し掛けた相手がスタンド使いだったとしたら、いくら貸しがあったからと言ってもブチギレされるに決まってる。


「…仕方ねぇな」

ボスンと背中をシートに預け、仗助はその瞬間にクレイジーダイアモンドを発現させた。
横目に相手の反応を探るためだ。



ーズァン!!


瞬時に発現した水色とピンクのそのスタンドに、名前は“やはり”と疑惑を確信に変えた。
とは言え、対応似たいする瞬発力があるのが名前である。
まだ大きな指令をこなしてはいなくとも、ポーカーフェイスには定評がある。
それは言いすぎかも知れないが、兄貴の評価は高い。(根に持たれているとも言う)


「ため息なんかついちゃって…大丈夫?海に着く前に疲れちゃったの?」

ため息をつく仗助にそう笑いかけ、名前はその場を凌いだ。
ペッシが目を丸くしていたが、仗助達から見えなかったのでセーフだ。
イルーゾォの鍔の大きなハットも効を奏した。


「そんな事ないッスよ」

「お友達と海に行くの?」

「あぁ、そうなんスよ「俺をお友達の中に入れてるんじゃあないだろうな?」


特徴的なバンダナの、少年にイタリア語を瞬時に収得させた男が日本語で悪態をつく。
何を言ったのかは分からなくても、少年の反応を見れば嫌な言葉なのは一目瞭然。
どうやら仲良しこよしでもないらしい。


「そういや、名乗ってなかったッスね」


バスが緩やかにスピードを落とし、窓の外には海が広がる。
目的地に着いたのだと気づいたその時、少年はにっこり笑って片手を差し出した。


「東方仗助ッス」

バスを降りながら岸辺露伴と広瀬康一。そして、寝ていたらしい虹村億康を順に紹介されて握手を交わす。


「あと二人待ち合わせてるんスよ」

「大人数で…素敵ね」

「そっちも大人数じゃないっスか」

「人数は多ければ多いほど楽しいわよ!!!」


明るく笑う名前を見て、仗助はその天真爛漫さに何となく言葉を紡ぐ。
後に酷く後悔する一言だ。



「なんなら一緒にどうっすか?」



後悔して取り消せるなら、何度だって後悔してもいい。
慌てる奇妙な仲間をよそに、名前は「いいの?」と笑う。
主権はどうやら彼女が握っているらしいが、ギアッチョと呼ばれた男だけはどうにも不満げに眉間の皺を深くした。


「リゾット、いい?」

なるほど、決定権は黒目がちな長身の男にあるようだ。
とはいえ、主権が名前にあるのは明らかだ。
ほら、明らかに困った顔しながら断れなくてたじろいでるじゃあねーか。


「仗助、なにかあったのか?億康が騒いで…」


黒目がちの大男の回答を待っている仗助は、背後からの声にギクリと肩を揺らした。
聴きなれた声ではあるが、奇妙な連中を巻き込もうとした事にお咎めを食らう可能性がある。


「承太郎さん、っ、もう来てたんスね!!」

「なんだその連中は?」


やはり…。
口を突いて出た言葉の勢いで誘いはしたが、ここは諦めて貰うしかない。
そう決意した仗助を追い込むように、バスが去ったバス停に一台の車が止まった。


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