「DIO様。彼らが出掛けたようです」

「そうか…」

DIOはまだ湯気の立ち上る紅茶を飲み干し、ソーサに細やかな細工の施された美しいカップを置いた。
DIOの指示を待つテレンスに折り畳んだ新聞紙を渡し、代わりに受け取った白いシャツに袖を通すと、滅多にかけることのないサングラスをかけて部屋を出た。












「名前、ハシャいで先々歩くんじゃねぇよ!」

「リゾット先生、アイス食べたいっ!!!」

「聞いてないな…」


人生初の旅行にハシャぐ名前に、プロシュートは無駄だと諦めてため息をついた。
道行く人達に、自分達がどんな視線を向けているのかも…。きっと名前は気づいていないに違いない。


「耐えろイルーゾォ、堂々としてりゃバレねーよ」

「プロシュート…」

グッと涙を飲み込むイルーゾォは、道行く人々がどんな反応をしているか…その真実を知っている。
メローネの女装はバレている。
男のくせにミニスカなんて、自分の性癖かなにかをさらしているオネエにしか見えないのだろう。
『イケメンなのに』と囁かれていた。
一部、『どの人狙いなのかな?』なんて意味の分からない声も聞こえたが、その事について考えるのはとっくに止めた。


対してプロシュート…。彼は怒りで冷静さを欠き、気づいていない。
『マジタイプ』なんて囁かれていることを…。
男のその声を聴いた瞬間、イルーゾォは名前に借りた鍔の広い帽子を深く被り直した。
男にナンパなんてされようものなら、二度と日本には来れない。鏡の中に封印してしまいそうだ。そんなことをすればDIO様やボスに殺される。
かと言って、女装を見破られるなんて人生の汚点!
必死に女を装い、ひたすら男の目を避けた。


「イルーゾォ、大丈夫?」

ふと帽子の鍔を覗き込む名前と目が合い、イルーゾォは目を瞬かせた。
ワガママを言っているようでいて、細やかなところに気づく名前。
いつも以上にハシャいで見せる名前が、実は周りの視線を誤魔化そうとしているなどと、このチームの人間以外の誰が気づくだろうか。
「大丈夫」と短く返したイルーゾォは、くるりとプロシュートを振り返った。


「プロシュート」

「なんだイルーゾォ…。泣き言なら聞かねーぞ」

「違う。開き直る事にした」


イルーゾォの言葉を消化出来ずに表情を険しくするプロシュートに意味深に笑って見せ、イルーゾォは名前とメローネに駆け寄った。


「名前、アイス…食べたい」


開き直りには程遠いが、単語で喋るイルーゾォに名前は笑ってアイスを差し出した。
一口欲しいと伝えたつもりが、名前は作ってもらったばかりのアイスを丸ごとイルーゾォに差し出している。


「これ…」

「イルーゾォの好きなリモーネのアイスだよ!暑いからサッパリするよ!!」


そう言えばずいぶん汗も掻いている。
緊張を解いてみれば喉も渇いていて、今にも粘膜が干からびてしまいそうだ。
軽く熱中症になるところだったのかもしれない。
スプーンで救って口に運べば、口当たりの良い酸味と甘味が一気に口に広がって、火照った体を滑り落ちる。


「イルーゾォ、せっかくの旅行だから倒れないでね」

「グラッツェ、名前」


自分だって汗をずいぶんかいているくせに、馴れない環境で馴れない格好をしているメンバーを気遣っているらしい。
名前は手で顔を仰いで、流れる汗をタオルで拭った。
日本という場所は、どうやらイタリアよりも暑く感じる。
ベタッとした空気がどうにも気持ち悪くまとわりつくようだ。



「海見えないのかな」

「海?」


そういえばここは内地なのか、海が見えない。
名前は海の見える場所で冷たいジェラートを食べるのが日頃からお気に入りの習慣だったから、旅先に居る今日もそうしたいのだと言うことはすぐに分かった。
唯一涼しい顔をしているギアッチョは(言うまでもなく、自分の周りだけ冷やしている。どうせなら全員分涼ませて欲しい)、キョロキョロとあたりを見渡して「あれは?」と指さした。


「どれどれ?」

リゾットがギアッチョの指さした方向を目を細めて見れば、何やら浮き輪を持った人たちが楽しげに喋りながら並んでいる。
このクソ暑いなかご苦労様だ。


「なんだありゃあ」

「バス停…見たいっすね」


ホルマジオの疑問にペッシが答えると、名前は目を輝かせた。
彼らが海に行くことの気付いたのだ。
ビーチサンダルを履いて麦藁帽子を被ったその人は、肩にパラソルを担いでいた。
プールでパラソルは普通、設置されたものを使う場合が多い。
しかも、一人はスイカを持っている。
公共の場であるプールではなかなか食べ辛い、丸のままの状態だ。



「あの人たちと一緒に行ってみようよ!!」

「いいな。海。クソ暑い上にこんな格好のままじゃあ死ぬ前にキレそうだ」


兄貴が…いや、今は姉貴なんだけども、今にもグレフルで戦を繰り広げそうです。
美人さが迫力を増す。
今ならその辺を歩いていた日本男子をあっという間に僕にして女王として降臨出来そうな凄みがある。


「オレはジェラートとバカンスできるならどこでも…」
「ソルベ、日焼け止め買って行こうぜ!」

通常運転お疲れ様です。
どうか末永く爆発してください。
祝福するから、どうか日焼け止め塗り合いっこの計画は聞こえないようにお願いします。


「ギアッチョ、オレ達も塗り合いっこする?」

「テメーが死んだら考えてやる」

「じゃあ名前」
「じゃあってなんだよ?」


メローネの通常運転を、ホルマジオとイルーゾォ、それとリゾットが生ぬるい目で見ているうちに、どうやら目的のバスが来たらしい。
バス停から「来た来た!」と言う声と共に近づいてくるバスが見え、一同は駆け足でそれに飛び乗った。
クーラーの効いた車内でホッと息をつき、手に持ったままだったジェラートを掬って口に運ぶ。
優しい甘さと冷たさが喉に気持ちいい。



「うまそうですね」

ニコッと笑った少年に、名前は咄嗟に微笑み返した。
流石に何を言っているのか分からないが、笑いかけられたことに対する咄嗟の反応だった。
曖昧に返したことに気付いた少年は、「あー…」と困ったように眉を寄せ、前の席に座っていた男に何やら話しかける。
再び名前に向き直った少年は、ニカッと笑って「ウェアー、アーユーフロム?」と少し固い英語で話しかけてくる。
大丈夫。このくらいなら答えてもいいことになっている。


「Italy」


なるべくゆっくり答えてやると、再び前の席の男に何やら話しかける。
どうやら友人のようだが、どうも仲良しには見えない。
ぶつぶつと怒り混じりに何かを言う男はゆっくりと少年の手を掴み…。


(え…?)


かろうじて声を抑えた名前は、少年の手の甲がパラリと本を捲るように開くのを見た。


(す…スタンド………!?)


慌ててリゾット達を振り向きかけて、ここで振り向けば少年や前の席の男にも怪しまれることに気付いてグッと堪える。


「日本は初めてですか?」

名前は今度こそ驚きを隠しきれずに目を丸くした。
流暢なイタリア語を操る少年は、さっきまで英語すら危うかった。
ぎこちなく英語を話す少年が、突然イタリア語を流暢に話し始めるなんてことは考えにくいことだ。


(スタンド能力ね…)


そのことに気付いている事を悟らせないよう、若干オーバーに驚きながら「驚いたわ!イタリアに住んでいたことでもあるの?」と返した。
パッチリとした目を子ども独特の素直さでニッコリ細めた少年は「ちょっとだけね」とうそぶく。
旅先でであった、とても不思議な髪型をした少年との、それが出会いだった。


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