「どうやって名前の“お兄ちゃん”から脱出したの?」
ニヤニヤ笑うメローネに投げっぱなしジャーマンをお見舞いして、煙草の火をつけた。
やり過ぎ?
いや、遅すぎるくらいだ。
ここ数日しつこくせまるメローネを無視でやり過ごし、とうとう技をかけた。
スタンドを使ってないだけ優しい。
「プロシュート」
「…んだぁ?しつけーぞ!!!!」
頭にキて今度こそ枯らしてやろうかという勢いでメローネを振り返ると、メローネは目を細めてニンマリ笑って薄く口を開いた。
「確かに…まさか“下半身の事情に気づかれました”なんて、確かに人には言えないよね」
「ザ・グレートフルデッド!!!!」
ジャッポーネで食されるタクアンってやつは、干して干からびさせて作るらしい(←間違い)ので、そっと窓からぶら下げておいた。
カサカサと乾いた音をさせていたが、誰かが回収するだろう。
ドアを開けて一歩外に出れば、気持ちのいい風が頬を撫でる。
フィルター近くまで燃えた煙草を踏み潰し、そのまま玄関口に転がしておくとリゾットが五月蝿いので携帯灰皿にねじ込んだ。
「レイモンド、最近遊んでくれないのね」
レイモンドってのは適当についた嘘の名前。
声の方を見れば、窓から手を振るブロンドの女が居た。
真っ赤なワンピースを着崩して、白い肌を惜しげもなく太陽の光に晒す。
恐らくその部屋の持ち主とよろしくヤった後だろう。
「もう遊びは止めたんだよ」
「嘘っ!!アナタは私と同じだと思ったのに…信じられないわ」
本命を作らない人間として、同族意識を持たれていたらしい。
失礼な話だ。
だが、確かに同族な気はする。
「本命作らない奴なんていねーだろ。本命から目を逸らすのを止めただけだ。テメーも同じだろう?」
「嫌な男…」
「フン…せいぜい頑張りな」
名前と出会う以前、傷を舐めあった女に手を振って別れを告げた。
ここで妙な嫉妬をするタイプを選ばなかった自分を心内で誉めながら、振り返りもせずにカッレへと滑り込む。
細いカッレを迷わず進み、いつも薔薇の手入れを欠かさない親父の庭を横切って、潮風の吹く道へと抜けた。
「チャオ、名前」
「プロシュート!!」
ニッコリ笑う名前は、出会ったときと同じ天使のような笑みで振り返った。
そっと抱き寄せてキスをして、フワフワの髪に鼻を押し付ける。
「どうしたの?」
丸い目をパチパチさせる名前に一つだけキスを落として、ゆっくりと笑みを作った。
「相談相手にメローネを選ぶのは止めないか?」
なるべく優しい口調でそう告げると、名前は丸い目のまま首を傾げる。
だから、そう言う仕草でオレを惑わすんじゃあない!!
「メローネに相談してないよ?」
「あぁ??だってオメー…メローネが知ってたぞ?
なんでお前が“お兄ちゃん”呼びをやめたかっての」
「あぁ、それは聞かれたから」
時に純粋と言うのは残酷である。(byプロシュート)
「なんで言っちまったんだよ」
「か…隠せなかったのよ」
真っ赤になる名前を見て、大方の事情は察することが出来た。
素直さの弊害だ。
「今度からメローネに何か聞き出されそうになったらオレに電話しろ」
「??……わかった」
いや、分かってないな。
キョトンと目を瞬かせている名前の頭を撫でて、二人で並んで歩く。
途中で見つけたジェラート屋でリモーネのアイスを買って、さっぱりした甘みに下鼓を打ちながら、名前が行きたいと言っていた海へと出た。
名前は早速靴を脱いで白い砂を素足で踏み締めている。
「ケガすんなよ」
「プロシュートも靴脱げば?気持ちいいよ」
「ばか、俺がドロドロになるわけにはいかねーよ。誰がお前の世話すんだ」
「むっ…それって子供扱いしてない?」
おっと、鋭くなったようだな。
答えずタバコに火をつけると、突然顔に水が引っかかってきて慌てて眼を閉じた。
つーか…
「しょっぺぇ!!!」
袖口で目元を拭ってクリアーになった視界で、名前が満面の笑みを浮かべていた。
「このやろう…ゥプッ!」
「彼女にそんなこと言わないの!!」
「ハン、一丁前な口きくじゃあねーか」
笑って逃げる名前に、咥えていたタバコを投げ捨てると同時に追いかけた。
「それでその有様か」
「えへへ」
照れるように笑う名前に、リゾットは盛大にため息をついた。
もちろんオレは何も答えなかった。
オレが「えへへ」なんて笑っても気持ちが悪いだけだ。
眉を寄せるリゾットの目を見れないオレは、名前と同じく海でビショビショドロドロになっていた。
「プロシュート」
「なんだよ」
「ひっどい格好だな」
「夏を謳歌した結果だと言って欲しいね」
ちっともフォローにはならないが。
「裏の水道で泥を落としてから入ってくれ。タオル持って来てやる」
「グラッツェ。アンタがいてくれて助かったよ。メローネに見つかったら面倒くさい」
「もう見てるけどね。“兄貴”も名前の前じゃあ格好つかないんだなー!!」
振り返れば、メローネがニッコリ笑っていた。
背後ではリゾットがため息をついていたが、ぷちっと何かが切れる音がしてオレの意識は消えた。
正確には、ぶっ飛んだ。
「ザ・グレートフルデッド!!!!!!!」
「ぎゃーーーーーーーっっっ!!!」
怒りで。
ホント、名前の前ではいつものオレがどこかに吹っ飛んで困る。
悪くはないがな。