「あれは結局、誰だったんですか?」


名前の質問に、ジョルノは目を瞬かせた。
色々言いたいことは山ほどあったが、ジョルノは「えー」だとか「あー」などと唸った後ため息をついて頭を掻いた。


「説明はしたんですが、なるほど…全く聞いていなかったんですね」

「えぇ!?」

「まぁ、聞いていたらきっと貴女はもっと緊張で固まっていたんでしょうから…まぁ良しとします」

「あ…ありがとうございます」


申し訳ない気持ちはある。
だが、そんなにもビップな人間だったのであば、確かに聞きたくない気もする。
このまま“優しいおじさん”で済ませてはいけないだろうか。
ジョルノにさらに問いかけるかどうか思案していると、珍しくイルーゾォが走っているのが見えた。


「イルーゾォ?」

「あぁ!!名前!!!!」


息を切らして走っていたイルーゾォは、未だスーツを着たまま名前に気付いてガバッと飛びつく。
身長差から言ってかなりの衝撃なのだが、良いのか悪いのかリゾットで慣れてしまった。
とは言え、名前だって未だドレスのまま。
背中に回されたイルーゾォの手が素肌に触れ、名前は「わぁっ!?」と声をあげる。
そんな事には気づかない純粋なイルーゾォは、困惑した様子で眉を寄せて半泣きになっていた。


「名前!!お前だって嫌だよな!?」


主語。
それは会話をする上で最も重要なものと言えよう。
日本語には主語がなくても会話をする事が出来、文章として成立させてしまう力があるが、これは前後に会話…もしくは文章があるのみ発揮されるもので、こんなに唐突に主語もなく言葉を一言発されて理解することは出来ない。


「長いですよ」

「すみません。
イルーゾォ、主語を頂戴。何が嫌なの?」

「それは…「名前!!!」


バタバタと騒がしく駆け寄ってきたメローネは、輝かしいほどの満面の笑みを浮かべている。
そんなメローネに続いてメンバーが続々と走ってくるのが見えた。
この騒がしい感じは久しぶりである。


「DIO様が、オレ達を旅行に連れて行ってくれるんだって!!!」

「え?旅行???」


目をパチパチさせる名前は、イルーゾォが嫌がっているのは旅行だと気付いた。
行き先に問題でもあるのか?


「どうして?」

「さぁ、とりあえず全員でついて来いって」

「ぜ…全員!?」


破格の待遇である。
いや、怪しさしか感じられない。
給料日の半月前には食費を使いきり、買いだめした粉と缶詰で悲しい食事をする自分達が。
電気代が逼迫して一部屋に集合し、挙句の果てに枕投げの末に建物を崩壊させてしまう自分達が。
ボスの家にチーム全員で押しかけて居候する自分達が!!!!?


「帰る所ないから、丁度いいでしょう?」

「なんだ、厄介払いか」


なんだじゃない。
書き連ねてみるとなんなんだ、この状況の馬鹿さ加減は。


「私、チームを移りたくなってきた」

「名前さんだけならいつでも歓迎します」

「「「「「「「「「許可しないっ!!!」」」」」」」」」


声をそろえる一同に、名前はフフッと笑って返す。
こんなテンポで冗談を言い合える仲間がいて、そんな冗談を言えるこの状況が幸せだと思えた。
これを世間一般では“馴れ”という。
あるいは麻痺。


「まぁ、DIO様の事だから安心は出来ないけど、皆で旅行はドキドキするかな」

「名前…オレも同じ気持ちだよ。ほら、触ってみて・・・ドキドキいってr「一人でドキドキでもわくわくでもハラハラでもしてろっ!!このド変態メローネがぁぁぁぁぁああ!!!!!」


ギアッチョの回し蹴りで華麗に吹っ飛ぶメローネを見送って、名前は笑顔で手を振った。
このやり取りも久しぶりだ。


「オレ、海外は初めてなんだ」

興奮気味にはなすペッシに、プロシュートが「オレも久しぶりだな」と頷く。
ソルベとジェラートはすでにベッドの右と左のどちらで寝るかを話し合い始めている。
それ、一緒に寝るの前提ですよね?という質問は、もう慣れているので誰もしない。
そしてその間で名前を寝かせる案は丁重にお断りした。ソファーなら良いが、ベッドはキツい。
イルーゾォは「枕が替わると寝れないんだ」と繊細な事を言っているが、枕を持っていくという選択肢はないのだろうか?



「あれ、そう言えば私、パスポート持ってないや」

「オレも持ってねーよ」


名前の呟きに同意したギアッチョと一緒に、二人はリゾットを見上げた。
二人の視線に目を僅かに見開いたリゾットは「心配するな」と力強く頷く。
さすがリーダー!!!!!こんな時に本領を発揮してくれるのは、やっぱりリーダーだ。
最近のリゾットの出番はどうも名前へのセクハラかギャグとしてのオチに傾いているが、やはりチームのリーダー。頼りになるのだ。
敬服の眼差しで見つめる二人に、リゾットは珍しく柔らかな笑みを浮かべた。


「オレも、持ってない!!」

「「なんだ、役に立たないな」」


持ち上げて落とすなんて、あんまりだ。
尊敬の眼差しが一瞬にして冷たい視線に変わり、リゾットはまた元の無表情に戻った。
余談ではあるが、名前はこの後落ち込んだリゾットの機嫌をとるのに苦労することになる。
大人が臍を曲げることほど後々面倒なことはない。


「パスパートの心配は必要ありませんよ」

「ボス…」

「全員分作っておきました」

「え…それってつまり偽ぞ……なんでもありません」


そうだった、自分…ルール無用のギャングでした。(しかも暗殺者)
ジョルノの笑顔に、名前は全力で頷いて、フッと頭をよぎった次の疑問を口にした。


「旅費は???」

一瞬にして静まり返ったところをみると、誰もその事を考えていなかったに違いない。
DIOがついて来いと言ったので、無条件に旅費も持ってもらえるものと思い込んでいた。


「貴方達が出せると思ってません」


悲しい現実である。
隣に立っているリゾットが泣きそうなので、容赦して欲しい。
給料に関しては、別にリゾットの責任ではないのだが…。


「パードレの頼みですから、パッショーネが持つことにします」

右手の親指を立てて前に突き出し、ジョルノはパチンとウインクをして見せた。
持ち前の整った顔立ちと眩しいほどの金髪。
大きな目が器用に片目だけ閉じられ、その麗しさはまるで天使そのもの。
でもそこに居る誰もが一つの真相に辿り着いていた。


(何か馬鹿やらかしたら、再びイタリアの大地を踏むことは叶うまい…)


一同の喉がゴクリと鳴った。


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