「ところで…」
食事も終盤に差し掛かった時の事だ。
突然話を切り出したジョルノに、名前は食事の手を止めて顔をあげた。
聡明な顔立ちの麗しいボスであるジョルノは、大きな瞳に客人である男を映したまま動かない。
話を切り出そうとする自分に対する相手の様子を伺っていることは明白だった。
邪魔はしないでおこうと口をつぐんだ名前は、ソロリと男を伺う。
そんな名前の緊張に気付いた男が険しくなっていた顔を微笑みに変え、ジョルノに向き合って穏やかな様子で口を開く。
「ジョルノさん。あなた方の言いたいことは分かっております。しかし、資金繰りに関しては私の一存では何とも…」
「そう…ですか」
資金繰り?
初めて聞いたこの食事会の本当の狙いに、名前は小首を傾げた。
ジョルノが組織のトップに立って、この組織は比較的うまく運営出来ているはずだ。
麻薬の収入がなくなったことは、新生パッショーネにとって大した損失ではない。
むしろそれを補っても余りあるほどに組織を操り、利益を出しているとリゾットから聞いている。ジョルノとDIOの力量はそれほど素晴らしいものなのだと関心した記憶があるのでまず間違いない。
それが何故、この男に資金繰りを頼もうとしたのか・・・名前には想像もつかない。
眉を寄せて悩む名前を見て、男は何を勘違いしたのか「そうですね…」と再びジョルノに向かい合う。
「実は、この食事会の様子如何で、貴方達にお会いしても良いと言っている人が居ます。組織の、私よりも上層部に居られる方です」
男もジョルノが招くくらいだから、恐らくかなり上部の人間だろう。
そんな男よりも立場が上の人間に取り次いでもらえる可能性をちらつかされ、名前とジョルノは一瞬で緊張の空気を纏う。
そんなピンと張り詰めた空気の中で、恐る恐る口を開いたのはもちろんジョルノだ。
「取り次いでいただくことは出来ますか?」
「やってみましょう」
「あぁ、ありがとうございます!!」
ジョルノが笑う様子を見た名前は、ようやく人心地ついて胸を撫で下ろした。
そんな様子を見て笑うその男も、名前も、気付いていないに違いない。
そこまでがジョルノとDIOの計画である事に。
「真に恐ろしいのはボス達だな」
ポツリと溢したプロシュートは、三人のやり取りを覗き見していた。
ドアの隙間から覗く・・・なんてベタなことは兄貴はしない。
部屋の壁際で、堂々と胡坐をかいてその様子を見ていた。
プロシュートはチラリと隣に座っているはずのリゾットを伺った。
見えないので分からないが、恐らく座った時のまま正座をして険しい顔で三人を見ているのだろう。
メタリカを纏って姿を見えなくしているだけなのでタバコは吸えない。
プロシュートは火の点いていないタバコを咥えて、小さくため息をついた。
「外までお見送りさせてください。そこからは部下に護衛させますので」
「あぁ、ありがとうございます」
食事を終えての歓談も、本題を終えた事で終了の途に着いたらしい。
すっかり安心した様子の名前がドアに向かいながらチラリとプロシュートに視線を送って小さく笑った。
見えるはずはないと分かっていながら手を振って、自分もいい加減名前に甘い事を自覚しながら苦笑いを浮かべた。
分かってはいるが、名前が暗殺者らしい殺伐とした空気に染まらない事が嬉しい。
イルーゾォとジェラートが大きく開いたドアから出て行く三人に安心しかけたプロシュートは、次の瞬間目を疑うことになる。
部屋の中を振り返ったジョルノが、明らかにこちらを見てニッコリと笑ったのだ。
ジョルノの微笑みは、リゾットチームの不幸へのゴング。
そんな方程式が出来始めている今、これをどう捉えればいいのだ。
ギクリと跳ねる心臓をとっさに押さえ、ゆっくりとドアが閉まるのを見守った。
「おい、メタリカはちゃんと仕事しているのか?オレ達、見えてねーよな!?」
「そのはずだ」
ドアが閉まってステルスを解き、ようやく姿が確認できたリゾットもプロシュートと同じく目を見開いている。
今回の件について、チーム内で唯一大筋を知っていたリゾットさえ驚くのだ。
見えていないなら、行動が読めていたと言うことか?
疑問を抱えながら二人は部屋を出た。
ジョルノの笑みの理由は考えないでおく。
今日の仕事はジョルノの采配でそれぞれに分担されている。
今頃は、見送り担当のイルーゾォとジェラートは玄関。
料理の手伝い担当のペッシとホルマジオ、力仕事担当のソルベの三人はキッチン。
「…って、おい…どこにいくんだ?」
全員の居場所を確認しようとするプロシュートは、踵を返したリゾットに首を傾げて声をかける。
「忘れたのか?終わったらDIO様の所に行くように言われただろう?」
「あぁー…そうだった。何の用だよ。ったくよぉ・・・。残業代つくんだろうなぁ」
ぼやくプロシュートと並んで歩きながら、リゾットはため息をついた。
何の用かなんて、考えなくても分かる。
残業代がつくような用ではないことは間違いない。
一際大きなドアの前に立ってコンコンとノックをすると、少し間があって「入れ」と短く返事が返ってきた。
「失礼します」
「失礼しま…」
リゾットに続いて部屋に踏み込んだプロシュートは、目の前の光景に今日二度目の驚愕の表情を浮かべた。
部屋に敷かれた深いワインレッドの絨毯は綺麗に手入れされ、靴のまま踏み込むのが躊躇われるほど美しい。
部屋に置かれた調度品は、そういった物に疎い二人にも高価なものと分かる。
しっかりとカーテンが引かれて一筋の光も入らない部屋の中で、たくさんの燭台に立てられた蝋燭が煌々と部屋を照らしだす。
棚や燭代。ソファーやデスクに花瓶・・・と、どれもが重厚な輝きを放ち、歴史と職人の魂を感じさせる。
そんな部屋の真ん中に置かれたデスクの前に腰掛けたDIOは、部屋中の何よりも美しく妖しい空気を纏い、口の端をフッと持ち上げて笑うと薄く口を開いた。
「交渉はうまくいっただろう」
「はい、恐らくは御二人の思い描いたままに」
「そうだろうとも」
満足げに笑い、深紅の液体が注がれたグラスを揺らすDIOに、プロシュートが「なぁ」と割って入った。
どんな時でも、誰が相手でも物怖じしないのが兄貴が兄貴たる所以である。
DIO様に「なぁ」なんて呼びかけられるところもすごい。
(兄貴はいつだってオレ達ができない事を平然とやってのけるんだ!!byペッシ)
「それで、オレ達を呼んだ理由は?」
「交渉の妨げにならないように除けていたものを引き取ってくれ」
「???」
クイッとDIOが顎で差した先に視線を向ければ、ソファーの影にメローネとギアッチョが座らされていた。
なるほど、騒ぎの種は早々に摘まれていたらしい。
通りでいつの間にか居なくなっていたはずだ。
ギャグ要員が少なくてシリアス展開になるはずだ。
空気ぶち壊し切り込み隊長たるメローネがいないのではな。
「通りで静かだったはずだぜ」
「お手を煩わせてしまったようだ。申し訳ありません」
一応恭しく頭を下げたリゾットに、DIOは笑みを返した。
「お前達の“これからの働き”には期待している」
リゾットは無表情のまま頭を下げたが、プロシュートは隠しもせずに眉を寄せた。
あー・・・。嫌な予感しかしない。
この予感が外れてくれるなら何でもする。
早くメローネとギアッチョを連れて出て行きたい。
おとなしく座っていた(どうやったのか教えて欲しい)二人を立たせて、リゾットとプロシュートはそそくさと立ち去ろうとしていた。
「ところでお前達」
引き止めるように声をかけられ、四人はギシリと音を立てて止まった。
いや、この言葉の続きは聞きたくない。
続きはwebだったら、絶対にアクセスしなければ済む。
だが、振り返らないわけにはいかない。
ギギッと油の差されていないロボットのような動きで振り返った四人は、デスクに肘を突いてゆったりと笑みを浮かべるDIOを見た。
「旅行に行きたくはないか?」
「「「「は?」」」」
思わず声をそろえた四人に、DIOは満足げに笑みを浮かべるのだった。