「ねぇ、オネエチャン!!」

「ぐっ…」


酒に酔っ払った赤ら顔でリゾットに絡むメローネは、リゾットが苦虫を噛み潰したような顔をしているのを見て膝を叩いて笑った。
ギャハハと笑うメローネのご機嫌さ加減も最近では珍しいが、羞恥に震えるリゾットはもっと珍しい。
というか、誰もそんなリゾットを見た事がない。
面白がるべきなのか、いたたまれない思いで見るべきなのか分からないが、ここで助けに入ると余計にメローネが喜びそうだと言うことは分かる。
そんな珍妙な光景を肴に、ホルマジオやプロシュートも至極楽しそうである。
ビュッフェ形式で好きなものを小皿に取りながら食事を取ると、いつも酒ばかりすすむのがプロシュートとホルマジオである。
たまにここにリゾットが加わるが、今日は病み上がりなので彼は禁酒だ。


「あーぁ、リゾットに怒られるまでやめそうにないぞ。ありゃぁ」

「良いんじゃない?メローネならメタリカも馴れてるだろうし」


名前はと言うと、久々にジェラートとソルベに挟まれてサイドをがっちりと固められている。
二人ともニヤニヤと楽しそうにリゾットを見ているが、その真ん中で名前だけは微妙な顔をしていた。
当時は真剣な作戦の一環だったのに、まさかこんな事態になってしまうとは。(最も、真剣なのは最初から名前とブチャラティだけだったが)
止めておくべきだったか…。しみじみとそう考えながら、名前はカップの中の紅茶に口をつけた。


「おい、名前を独り占めすんなよ!!」

ソルベとジェラートにギャンギャン噛み付くように怒鳴るのは、ブチャラティチームのナランチャだ。
今回の件ではとてもお世話になった。
フーゴがナランチャを宥めようとしているが、彼は聴く耳持たないようだ。


「いや、二人だから、二人締めか!?どっちでもいいからオレと席代わってくれよ!!」

「だから、ナランチャ。あんまり名前さんに無理をせがむのは…」

「嫌だよ!オレ達のチーム男バッカだもん!!オレも名前の隣に座りたい!!!」


なんと。
ナランチャの生粋の弟のような発言に、名前とソルベとジェラートは顔を見合わせて笑った。
弟ができたようで可愛い。
そんなチームの弟分に、あきれたようにワインを煽るアバッキオを押しのけて、ミスタが「お前も名前のこと“オネーチャン”って呼ばせてもらえば?」とからかう。
リゾットにも聞こえていたのか、振り返ると机に突っ伏していた。
彼に対してこんなにも居たたまれない気持ちになったのは初めてだ。


「なんだよ!名前がオネエチャンとか意味がわか「ナランチャ」

更なる反論でリゾットにとどめを刺してしまいそうなナランチャを、アバッキオがすかさず止める。「順番交代にしてもらえ」と大人な提案をされて、ソルベとジェラートは渋々席を譲るはめになった。
大人の発言だ。さすがアバッキオ。



「名前さん、体調はいかがですか?」


隣に座ったナランチャと話をしていると、ひょっこりジョルノが顔を出し、さっと名前の隣に腰掛ける。
忙しいと聞いていたが、どうやらわざわざ駆けつけてくれたらしい。
今来たばかりだと説明する彼に飲み物を渡して、名前はもう一度ソファーに腰を下ろした。


「ジョル…ボス、忙しいんじゃなかったの?」

「名前さんには謝らなくてはいけないと思って」

「え?」

「襲撃があった日のこと。駆けつけるのが遅くなり、怪我を負わせてしまいました。すみません」


突然深々と頭を下げるジョルノに、名前は慌てて手を振った。
事情は全て、先ほどフーゴとアバッキオから聞いていた。あれは仕方ないことだと、名前も納得している。
ブチャラティとジョルノがその事件の後始末に追われていることも聞いていて、わざわざ謝るためにこの場に駆けつけたのだと思うと、返って申し訳ないくらいだ。


「ボス、謝ったりしないで下さい」

「名前さん…」

「私は確かにここに到った経緯は特殊ですが、私はあくまで部下の一員です。特別扱いする必要もなければ、負い目を感じることもありません。
私の能力だって、私がパッショーネのために使うと決めたんです」


そうだ。後悔なんかしていない。
ここにいる人間はみんな、パッショーネがあったからこそ生きてこれた。
組織がなければ、社会から弾き出されて、何かしらの刑を与えられているか…あるいは死んでいた。
社会の汚いところを担い、暗闇の中で息を潜めながら、それでもそれぞれの幸せを手に入れられたのはパッショーネがあったからこそだ。だからこそ、みんなに出会った。
生まれた環境が違っていれば…なんて、努力もせずに自分の出生を否定しているようなもの。
爪弾き者なりに、前向きだった。


「だから、ボス。謝らないで下さい。
手当てをしてくれて、リゾットを探す協力をしてくれて、本当にありがとうございました」


ジョルノはこの時、心から謝罪するために来ていた。
名前の性格から考えて責められることはないと思っていたが、御礼を言われるとは夢にも思っていなかった。
目を瞬かせながら名前を見て、ジョルノは一つ頷いた。


「あぁ、なるほど」

「へ?」

「だから…。貴女みたいな人間だから、そんな能力を手に入れられたんでしょうね」

「え?」

「いいえ、貴女の魅力を再確認しただけです。貴女の覚悟、見させていただきましたよ」

「????」


抽象的な説明に首を傾げる名前とナランチャに、ジョルノは曖昧に笑った。
仕事があると言って立ち上がったジョルノは、名前に数日間の休暇を言い渡して帰っていった。
特別扱いはしないで欲しいと断ろうとしたが、圧倒的話術で言いくるめられてしまったので、ここはありがたく頂くことにする。


「また書類がオレとフーゴに回ってくるな」

「頑張りましょう」


どんよりとした空気になってしまったフーゴとアバッキオには申し訳ない。
せめて今日の酒を楽しもうとワインを傾ける二人に、お礼を言って酌をしておいた。いや、本当に申し訳ない。
それでなくとも、ここしばらく自宅待機だったから、その間の書類仕事も彼らの双肩にかかっていたはずなのに。
ナランチャとミスタは全くの他人事になっているが、彼らに書類を強制するほうが後々面倒だと分かっているので誰もツッコまない。



「名前」

アバッキオとフーゴを見ながら苦笑する名前は、不意に呼ばれて声の方を振り向いた。
騒動の渦中にいたリゾットはいつの間にかメローネ達の輪から抜け出したらしい。
名前はリゾットに手を引かれて、騒々しいパーティ状態になっている自宅から外に出た。



「大変だったね」

「全くだ」

大きなため息をついたリゾットが木の根元に腰掛、名前はその隣で膝を抱えた。
室内から賑々しい声が漏れているが、外はまだまだ太陽が高い位置にある。
こんな昼間っから酔っ払うなんてずいぶん平和な組織だと思われそうだが、今日は無礼講だと言い訳しておきたい。


「私のスタンド能力を探ってる人がいたんだって」

「正確には、組織だ。お前が利用されるようなことにならずにすんで、本当に良かった」


どうやらリゾットも話を聞かされた後らしい。
太陽のまぶしさに目を細めるリゾットの横顔を見ながら、名前は一つ頷いた。


「襲撃の日は、他の組織から別地区で騒ぎを起こされてたんだって」

「あぁ。お前を狙っていた組織は、ずいぶん情報操作に長けていたらしいな。
他の組織の情報を操作して、こちらの警護に向かうまでの時間稼ぎに利用したらしい…」

「その二つの組織って、壊滅した?」

「いや、懐柔したそうだ」


手下にしてしまうとは、さすがジョルノである。
何か問題が起きる度に、ジョルノはその相手を取り込んでしまっている気がする。
しかし、壊滅となると犠牲者が付き物で、ジョルノの“相手の組織を取り込む”というやり方が名前は好きだった。
死人が出る事を厭うギャングだなんて笑われてしまいそうだが、名前はその辺りの甘っちょろさを捨てきれずにいる。もちろん、ジョルノがそんな考えの下に、相手組織を懐柔しているわけではないだろうが…。


「名前…今回は苦労かけたな」

「もう、ジョルノにも言ったけど、謝らないでよ」


口を尖らす名前に、リゾットは小さく笑った。
事ある毎に成長してしまうのは名前も同じだ。
どんどん強くたくましくなっていく。


「ちゃんと覚悟、できてるから」

「あぁ。子どもの姿だっただろうが、ちゃんと見ていた。覚えている」

「……でもね、リゾット…」


小さく呟いた名前は、抱えた膝に顔を埋めた。
ギュッと膝を抱く腕に力を込め、涙がこぼれないように目を細めた。


「でも、リゾットが居ないと、嫌」

「名前」

「リゾットと一緒に居るために戦う覚悟も、傷つく覚悟も出来てるけど、リゾットを失う覚悟はできてないから」

「あぁ」


名前の肩を抱き寄せて、リゾットは目を閉じた。
こんなにも求めて、こんなにも失いがたいと思った人は居ない。きっと、これからも存在し得ない。
名前の髪に鼻を摺り寄せ、髪にキスをした。
顔を上げた名前が頬を染めるのを見て、リゾットは心臓が早鐘を打つのを聞いた。
あぁ、筆舌にしがたいこの気持ちを、キミになんと伝えよう。


「名前…」


名前を呼ぶだけで切なくなるなんて。
目が合うだけで泣きたくなるなんて。
そっと口付けるだけで、こんなにも世界が輝いて見えるなんて。
殺すだけの日々からは、考えもしなかった。
ただ復讐に燃えていた日々にも、思いつきもしなかった。


「こんなにこの世に未練を感じたことはない」

「フフ、まだまだ生きていたいでしょう?」

「あぁ、たまらない」

笑う名前にもう一度口付けて、その細い肩を強く抱きしめた。














「つーわけで、隣に越してきたから」

「は?」


何が『つーわけで』なのか分からず、リゾットは眉を寄せて突然の来訪者を見ていた。
いつの間に出来たのか、リゾットと名前が暮らす家の隣には二階建ての建造物。
日当たりをこの小さな家から奪わない程度の距離を取って建てられたそれに、目の前で笑う彼らは今日から住む事になったらしい。


「いつの間に建てたんだ?」


工事にすら気付かないなんて馬鹿な事がありえるだろうか???


「ボスが一晩で建ててくれたんだ。組織の力って偉大だよ」

「そうそう、名前を護るためには仕方ないって」


フフフと笑うガチホモ二人の発言には、うっかり倒れるようなめまいを感じた。
なんと悪意あるご好意か。


「リゾットが悪いんだぞ!?」

「…メローネ、お隣の挨拶にパンツ一丁で来るとはどういう了見だ」

「名前におニューの勝負下着見せようと思って」

「殺されたいのか?不能にされたいのか?」


物騒だと騒ぎ立てるメローネは下着姿のままくるりとギアッチョの影に隠れた。
なるほど、メタリカから逃れる為らしいが、ギアッチョにガツンと殴られていた。正直いい気味だと思わずにはいられない。
名前が出なくて本当に良かった。これからも率先して自分で来客を相手にしよう。


「まぁ、名前が一人の時も安心だろう?」

「ホルマジオまで…」


何とも言えない表情のリゾットに、プロシュートが「お前が悪い」とタバコの煙と一緒に悪態を吐き出す。


「ペッシに変なもん見せつけやがって」

「何のことだ?」

「惚けてんじゃねーよ。人がせっかくお前たちの為に計画したパーティー抜け出してイッチャこらイチャこらしやがって」

「は…?」

「ギャングの風上にもおけねーようなだっらしない顔してよぉ」

「そーだ、そーだ!!!!」


イルーゾォがここぞとばかりにプロシュートに同意して強く頷く。
本当に、この兄貴面…どうにかしてくれ。


「それ見て一部がキレたんだよ。ま、しょーがねーから諦めてくれ」


二カッといい笑顔のホルマジオは、きっと毎日の飯を期待しているに違いない。
どうせ反対したって、名前は喜んで彼らを招くだろう。
リゾットはため息をついて、引越しの挨拶だと言う体を護るお土産を受け取った。
ずっしりと重たいそれは、今日の晩飯の材料らしい。
全員メタリカで痛い目見せたい。


「本当、たまらない…」


リゾットは名前が喜ぶ顔を想像しながら、複雑な心境でもう一度ため息をついた。


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