「ここがアナタの家よ」

リゾット少年は名前に連れられて辿り着いた、目の前の木造の家を見上げていた。
ボスだというジョルノ・ジョバァーナに会い、身体検査を受けさせられ、その間に見た時代の変化や、本当にここが自分の知る世界より未来だという数々の証拠に、名前やその仲間の言う事を信じざるを得ない状況であった。
事実を事実として受け止めてみれば、さほど混乱もしない。少年は落ち着いた様子で頷いた。


「一緒に住んでるのか?」

「あら、一緒じゃ嫌?」

名前の意地悪な問いに、リゾットは首を横に振った。
さっきははぐらかされたきり本当の事を教えてくれる様子はないが、一緒に住むのだからやはり恋人か何か…そういった仲だったのだろう。
玄関から入り、室内履きに履き替えてリビングへ通される。
荷物を降ろした名前は、中身を開いてリゾットに手渡した。


「ナランチャが貸してくれた服なんだけど、多分ちょうど良いわ。あんまり着なくなったから返す必要もないって」


パーカーやTシャツとラフなパンツを次々に積み上げ、その上に先ほど調達した真新しい靴下や下着も積み重ねる。
全て出し終えた名前はクローゼットを開いて、「ここに置くようにしてね」と笑いかけた。


「おい、名前。オレはどうすりゃいいんだ?」

「本当に泊り込むつもりなの?」


名前は大きな荷物を抱えてついてきたプロシュートを振り返って眉を寄せた。



「当たり前だろう。今のリゾットには、何の力もないんだからな」


名前はその言葉に、ほんの僅かに俯いた。
本当は気付いていた。
今のリゾットは、メタリカを使えない。
スタンドを失っているし、見ることも出来ない。



「あの女が情報を出し切るまでは、ここでおとなしく待機するしかないんだ。名前、お前もな…」


プロシュートは、二人の護衛をブチャラティから指示されていた。
それと一緒に、名前の監視も命じられていた。
名前はリゾットが絡むとどうにも危なっかしい。
何があっても、ここから出すわけにはいかなかった。
あえて“お前もな”と強調したプロシュートは、ソファーに腰掛けて手を組んだ。



「…分かってるよ」


ジョルノやブチャラティの指示の、本当の意味に気付いているのだろう。
名前は不服そうにくるりと踵を返す。
彼女が二階に上がるのを見計らい、リゾットはプロシュートを振り返った。


「どうして彼女は泣いた顔をしているんだ?」

「…女の説明を聞いた時、泣き喚いてたんだ。お前が身体検査されてた時だ。
『私達の記憶と時間を返してくれ』ってな。あんなに泣き喚く名前を、今までに見た事がない。アイツはなかなか泣かない女だからな」


プロシュートは立ち上がり、タバコの火をつけて窓を開けた。
閉ざされた空間に、晴れて乾いた心地よい風が吹き抜ける。


「いいか。お前は名前に関する時間と記憶を消されたんだ。その記憶があまりにも強くオレ達にまで絡んでいたせいで、オレ達と過ごした時間も記憶も一緒に消えてしまった」

「どうやってそんな事をするんだ」

「…今のお前に説明しても分かることじゃあねーよ」


フウと細く吐き出した紫煙が、風に乗って外へと流れていく。
リゾット少年を振り返ったプロシュートの視線が、怒りのような感情に燃えているのを、少年は確かに見た。



「厄介なのは、記憶と時間はお前自身で取り戻すしかないってことだ」

「オレが?」

「そうだ。“世界にも自分にも然したる興味を持てないお前が”…だ」


少年はギクリと目を見開いた。
プロシュートが自分とどんな関係だったのかは知らないが、まさにその通りだった。
彼の中にはっきりと決まっている目標は、“後数年で出所するはずの、いとこの娘をひき殺した運転手を殺す”という事だけ。
それはまるで義務のように自分の中に決まっていて、その後は故郷を捨ててどこかへ流れるつもりだった。
それも、この世界では過去のことらしいが…。



「オレは…「リゾット、荷物片付けたー?」


名前の声に、リゾット少年は慌ててクローゼットに荷物を押し込んだ。
名前が部屋に現れて少年が振り返った時には、プロシュートは何気ない様子で窓の外に紫煙を吐き出していた。
リゾットが無理やり押し込んだ荷物を直している名前に、プロシュートは振り返って「なあ」と声をかけた。



「ところで名前、オレがここに来たってことは…分かってるだろう?」


フッと笑うプロシュートに、名前は目を瞬かせた。


「美味しいご飯を作れってこと?」

「正解。だが、半分不正解」


タバコをポケットから取り出した携帯灰皿に押し込んだプロシュートが笑うとほぼ同時に、家のチャイムがけたたましく鳴り響いた。


「正解は“うまい飯を山ほど作れ”だな」


笑うプロシュートがそう言うと、玄関からさっき見た顔がぞろぞろと連れたって部屋に入ってきた。


「ずりーぞプロシュート!!お前にだけ美味しい思いなんかさせないからな!!!!」


どうやら自分の、ギャングに対する認識を改める必要があるらしい。
少年はギャーギャーとやかましいその男達を見てそう思った。


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