「プロシュートのグレートフルデッドの逆ってこと?」
金髪の男が少年をしげしげと覗き込む。
暴れた為に後ろ手に縛り付けられたら少年は、その男からぷいと顔を背けた。
紫色の変なアイパッチも、肌を極度に露出した姿も、どこからどう見ても関わらないに越したことがない人間である。
その男がメローネと呼ばれるのを、少年は顔を背けたまま聞いた。
「それじゃあ記憶がないのが説明つかない。もっと違う何かだろ」
「とにかくこの女が起きねぇと分からねー。ジョルノが連れて来いって行ってるし、そのガキと女を連れて戻るぜ」
背の高い長髪の男の発言に少年は勢い良く振り返った。肩のところで髪を跳ねさせたその男はどうやら自分も連れて行くつもりらしい。
ここで逃げなければ、恐らく逃走は二度と出来ないだろう。
どっからどうみてもヤバいこの人達に、少年は大人しく従う気など無かった。
「っざけんな!!オレはついて行かねーぞ!!!家に帰るんだ、離せよ!!!!」
グルグル頭の眼鏡の男の手を振り解こうと身体を振るが、一見細い男の手が少年の服を離す気配はない。まさにビクリともしない様子だ。
少年はこの行動で、相手が怒る事を予想していた。
殴られる事も、覚悟の上だった。
だが、少年の前の人間の反応はそれとは全く異なる物だった。
「本当に、これがリゾットなのかよ…」
疑いの眼差しの尖り頭がそう呟き、その黒髪尖り頭に親密な距離感でくっついたがりがり頭が「名前がそうだって言っちゃあいるけど…」と返す。
まるで少年の言葉によって傷つけられたかのような男達の反応に、少年は思わず口を噤んだ。
何もしていないのに、どうしてこんなに罪悪感を煽られなければならないのだろう。
「間違いないよ。リゾットだよ…」
このグループの中では異質とも言える雰囲気の女が、少年の前で目線を合わせるようにしゃがみ込む。
少年はその女を、何とも形容しがたい気持ちで見ていた。
「リゾットだよね?アナタはリゾット・ネエロでしょう?」
「…さっきから、そう言ってる」
この確認するようなやり取りも何度目か知れない。
混乱した様子の周りの空気も、少年には何がなんだか分からなかった。
何が理解できずにいるのか。どうして自分の名前を彼らが知っているのか。
状況を把握することもできず、ただ互いに困惑していた。
「リゾット、アナタが帰る家はシチリアにはないのよ」
「どう言うことだ?」
「何と説明するのが良いかな…。アナタは……あぁ、そう。過去から来たのよ」
頭がイかれてるのか?
眉を寄せた少年に、女は何か呟いてバックから本を取り出した。
最近出た話題作だと言って差し出されたそれの、最後のページを捲る。
「ここ、印刷された日付が書いてあるでしょう?」
女が指差す箇所を見て、少年は目を剥いた。
絶望とも何とも言いようのない感情に、頭がただ真っ白になる。
「嘘だ…」
その日付は少年にとって十年以上も先のことで、それが本当なら自分はそろそろ三十路を迎えるはずだった。
そんな事が、まだ十代の少年に理解できるはずもない。
「嘘だろ!?オレを騙してどうしようってんだ!!!」
「嘘じゃないわ」
「こんな…こんな事信じられるかよ!」
「でも、信じるしかないんだ」
髪を複数に分けて束ねた男は、悲しげにも憂鬱にも見える視線を少年に送る。
陰った力ない表情が、とても悲しく感じた。
「とにかく、一緒に来て欲しいんだけど、良い?」
「……」
「名前、オレが“小さくして”運ぼうか?」
意味深な言葉を吐くのは剃り込みのある赤毛の坊主頭の男。その男の提案を、名前と呼ばれた女は首を横に振って断った。
「私、リゾットが生きてて嬉しいの。無理矢理な事、したくないから」
突然パラリと音がして両手が自由になった少年に、名前はそっと手を差し出して笑った。
「行こう?」
ニッコリと微笑む名前が、少年には何故か今にも泣き出しそうに見えて、少年はそろそろとその手を取った。
本能的に、彼女を泣かせてはいけない気がした。
その様子を確認した男達は、木々の間を縫って歩き始めた。
少年の怪我を手当てしてくれた女は、パイナップル頭の大きな男が肩に担いで連れている。
良く見えないが、気を失っているように見えた。
「アンタ…」
「私?…あぁ、そうか。名乗ってなかったのね。私は名前よ」
やはり名前で間違いないらしい。
名前に手を引かれて歩く少年は、口の中で「名前」と呟いた。
どうしてかとてもしっくりくる気がする。まるで何年も前からその名を知っていて、家族や親友を呼ぶようにすんなりと自分に馴染んで懐かしくなるような気持ちになった。
「なんて呼べば?」
「好きに呼んで良いよ」
「名前…さん」
「さん付けってちょっと照れくさいね」と笑う名前につられるように、少年は自分の顔が熱くなるのを感じた。それは少年にとって初めての感情だった。
(それにしても…)
少年は改めて名前を見上げ、前を歩く男達を見た。
一人だけ自分に近い歳に見える少年がいるが、ぞろぞろと連れたって前を歩く男達はどう見ても堅気の人間ではない。それに対して、名前はどこにでも居そうな普通の雰囲気の女性で、過去から来たのだという自分にもとても優しい。
「名前さんはどうしてギャングに?」
少年の質問に、名前は少し目を大きく開いた。
そうしてちょっと考え、「そうだなぁ」と呟いて上を見上げ、ゆっくりと少年へと視線を落とす。
「リゾットが、私を助けてくれたから」
よく分からない答えだった。
未来の自分が名前を助けたから彼女がギャングに加わるということは・・・。
「オレは、ギャングになるのか?」
「そうだね」
「…オレと、名前さんは……どういう関係なの?」
繋いだ手に、ギュッと力がこもるのを感じた。
ざわざわと木々が揺れる音がいやに耳について、名前の声を聞き逃すまいとすればするほど風がうるさく名前の声をさらってしまいそうだ。
生きていることを喜んでくれる仲だと言う事は理解できた。
でも、具体的には分からない。
なにより、自分に親密な仲になるような人間が出来る事がまず考えられなかった。
「秘密」
困ったように名前が笑って、少年はその疑問の答えを見つける事が出来なかった。