「名前さんは今、鎮静剤で眠ってもらって居ます。先ずは体力を回復してもらうことにしました…」

プロシュートから連絡を受けたブチャラティが、ジョルノに連絡をしたのだろう。
夜が明けるより前にボスであるジョルノがリゾットチームのアジトを訪れたのは、事の重大さよりも名前の状態を気遣っての事だった。
彼なりに、いつも名前を気遣っていた。
沈痛な面持ちでジョルノに告げられ、鎮静剤を使わなければならなかった状況に一同は唇を噛んで俯いた。


「最後にリゾットを見たのは、恐らく僕とミスタです」

大幅に時間がずれたことも考慮して、ジョルノはリゾットを送ることも提案したが、リゾットはそれを辞退した。
真面目な彼らしい返答で、そこまでは何の疑問もない。


「あの野郎、何処で道草食ってんだ…」

パニック状態の名前を見ていたために、プロシュートは睡眠を全く取れていない。
疲労を滲ませた表情で呟くプロシュートに、ジョルノは寝るように指示した。


「名前さんが起きたら、原因を追求するための人員を割きます。チームや組織が狙われているのであれば、早急に手を打たなければ」

「名前はどれくらいで起きる?」

「医者によると、大体三時間後だそうです」


リゾットの安否に関しては、それ以上誰も口に出さなかった。
…いや、出せなかった。
名前が感知出来ない事で、絶望的な予測が全員の頭を支配していた。
考えないようにするつもりでいても、名前のスタンド能力を疑う余地も無い。
嘘だろう。何度も繰り返しては、ギュッと唇を噛んだ。


「とにかく、僕はアジトに戻ってメンバーを決めます。くれぐれも、勝手な行動をしないようにお願いします」


ジョルノが人員を確保するためにアジトを出ると、ジェラートは黙ったまま立ち上がった。
名前が寝かされた部屋を覗き、眉を寄せて目を細める。
ソルベには、それが涙を堪えるジェラートの癖だと分かっていた。


「ジェラート…」

「あの野郎。つい最近名前を頼むって言ったのによぉ」


いつの間にそんな話をしたのか。
ジェラートは「名前がリゾットに取られる」と最後まで不満げに漏らしていたのに、ソルベの知らないところで決着がついていたらしい。


「オレ達じゃあ、代わりにはなれない」

「ジェラート…」

ソルベはジェラートの頭を引き寄せ、“まるであの時のようだ”と思った。
ディアボロに二人が殺され、名前のスタンドで魂だけが引き留められたあの時。
一人で悲しみを背負う名前を、ただ見ていなければいけなかったあの時。


(また見ていることしか出来ないのか?)

「名前は、諦めているのかな」


いつから居たのか、表情に影を落としたイルーゾォが呟き、二人は名前を見つめた。
立ち止まる三人をすり抜けて名前の傍らに立ったホルマジオが、涙で頬に貼りついた髪を後ろに流して「しょーがねぇなぁ」と呟く。


「…オレ達は名前の為に何でもする。その約束を今こそ果たさなきゃな」

「よく言ったな、ホルマジオ。取りあえず医者が置いてった傷薬を塗ってやってくれ。オレは少し寝ておく」


プロシュートに投げ渡された丸いプラスチック容器を「オレがやるのかよ」と笑い、渋々の体を装いながら、ホルマジオが容器の蓋を開けた。
そうだ、名前が簡単に諦めるはずなんか無い。
ならばやることは一つ。
守って、支えなければ。


「ペッシ、名前が起きたら起こしてくれ」

「分かったよ、兄貴!」

弟分の返事に頷いたプロシュートは自室に向かい、入れ違いに入ってきたメローネがのんびりと笑った。


「やっぱり包帯のストックあったよ」

「たまにはお前のイかれた趣味も役に立つな、メローネ」

メローネが抱えた包帯を奪うように受け取ったギアッチョは、薬を塗り終えたホルマジオにそれを手渡す。
自分の性格が、包帯を巻くのには向いていない自覚がある。
まつげを涙で濡らしたまま眠る名前を見て、ギアッチョは小さく舌打ちをした。









「あら、ようやく起きた?」

少年が目を覚ますと、知らない女が目の前に居た。
肌を殆ど露出した女が、ようやく目を覚ましたその少年の身体にゆっくりと触れる。


「ここはどこだ?」

「おかしな質問をするのね。もちろん私の家よ?」

艶めかしい動きで乗りかかってきた女に、少年は「そうだった」と答えた。
二日酔いのように頭がぐらぐら揺れ、なんだか記憶もはっきりしない。
眠る前には窓から海が見えた気がしたが、窓の外には大きな木が立っている。


「大丈夫?なんだか顔色が悪いみたい」

女が額に手を当てようとするのを、少年は片手で払って身体を起こした。


「オレは…」

「良いのよ、分かってるから」

ゆったりとした笑みを浮かべる女は、少年の言葉を遮ってそう告げた。
窓から吹き込む風は心地良く、降り注ぐ木漏れ日は少年の緊張を奪う。
そっと頬に触れる女がゆっくりと近づく様子を、少年は目を細めて見ていた。












「ん、…」

「名前!!!」

「…ペッシ、プロシュートは?」

「すぐに呼んでくる!!!」


ぼんやりする頭を押さえて起き上がった名前を見て、ペッシは部屋を飛び出した。
間もなく部屋に現れたプロシュートに、名前は「ごめんなさい」と切り出す。
何のことかと目を瞬かせてみれば、名前は「迷惑をかけた」と答えた。


「プロシュートに色々してもらったのに、私…」

「いや、状況が状況だ。そんなこと謝らせるほど鬼じゃあない」

弱々しい表情で「グラッツェ」と笑う名前は、ホルマジオの手を借りてベッドを降りる。
足は痛むが、歩けないほどではない。
ホルマジオの手を離してみんなの顔を見渡した名前は、まだ青い顔で悲しげな笑みを浮かべた。


「…もう大丈夫。とり乱してごめんなさい。…私、帰るね」


そんな嘘が通用するはずもない。
おとなしく帰って、安否を確認することすら出来ないリゾットの帰りを待っているような名前ではないと分かっていた。

帰ろうと一歩踏み出す名前の前に、ジェラートが立ち塞がった。



ーパシッ!!



乾いた音が響き、名前は何が起きたのか理解できずに瞠目した。
頬に痛みが走り、口に血の味が広がって、ジェラートに打たれたのだとようやく理解した。



「名前、マジに怒るぞ?」


そんなに怒りを露わにしたジェラートを、ソルベでさえも見たことがない。
爪が食い込むほど強く握りしめた拳が震え、名前を睨む目は怒りに燃えている。
怒りに震えるジェラートに、その場にいた誰もが目を見張って状況を見守るしかなかった。


「名前はオレ達に“側にいて”と請うのに、お前はあっさりオレ達に背を向けるよなぁ」


いつもの優しいジェラートはなりを潜め、怒りを孕んで低く押し殺したような声は、悲しみに震えているようにも聞こえた。
勢い良く名前の首元を掴んで、ジェラートは目を円くする名前をガクガクと揺さぶる。
薬の残った頭を激しく揺らされた名前は、苦しげに眉を寄せた。



「名前、嘘をつくな!!本当のことを言えよ!!」

「ジェラート、やりすぎた」

「テメーは黙っててくれホルマジオ!!名前!!言えよ!!!!
本当のことを言えよ!!リゾットを、探しに行くって言えっ!!言えよ!!!!」


されるがままにガクガクと揺さぶられる世界は堪える間もなく滲んで、名前の頬にポロリと熱いものが零れ落ちる。
鎮静剤でぼんやりする頭と滲んだ視界でも、名前にはジェラートが泣いているのが分かった。
巻き込まないように考えるのが正しいと判断したのに、それは間違いだったことに気付く。
こんなにも優しい仲間がいる。


「っ、い…行きたい…リゾット、探しに、行きたいっ…」


「うわぁぁ」と子どものように泣き出した名前を、ジェラートを含む一同がギュウと抱き締めた。
一言も発さず、名前の嗚咽を聞きながら、彼らの心も覚悟も一つに固まっていた。


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