「護衛お疲れさまでした」

ジョルノの労いの言葉に頭を下げ、車に乗り込んだジョルノを見送ったリゾットは、一つ息を吐いてすっかり日の沈んだ夜空を見上げた。
この時間では、どんなに急いで帰ったところで、愛しの彼女は夢の中だろう。
(また寝顔にキスして眠るしかないのか)と思い至ったところで、リゾットはもう一度ため息をついた。


「…帰るか」

少しでも早く帰ろうと、リゾットは人気のない山道へと滑り込んだ。
暗いせいで人通りは皆無だが、ずいぶん近道になるその道を、(もしかすると夜更かしでもしてまだ起きているかもしれない)と淡い期待を胸に急ぐ。
先日降った雨で道はぬかるんでいたが、リゾットは靴が汚れるのも気にせず走っていた。
そんな時だった。
ガサリと草を掻き分ける音がリゾットの耳に飛び込む。
動物の足音とは違う、人間の…しかも走る足音だ。
とっさにメタリカを身にまとって息を殺し、リゾットは自分よりも低い位置から聞こえる音の方へ目を凝らした。

ーザ、ザッザッ…

息を切らして走る影を見つけ、リゾットは身を低くして下の道を睨みつける。

(呼吸の感じからして割と小柄な女か…)

真っ暗な道を小さな懐中電灯で照らし、リゾットと同じく急ぎ足で駆け抜ける。
照り返しの光で浮かび上がったその女の顔を見て、リゾットは心臓が一瞬凍りつくような心地だった。
見間違えるはずなどない。
会いたくて渇望していた、最愛の人。


(どうして名前が…)

自分と同じ方向へ駆け抜ける名前の姿に、リゾットは慌てて立ち上がった。

「名前!!」

今日は任務など無かったはずだ。
しかも、日付も変わってしまった深夜である。
言い知れぬ不安と焦りで、リゾットは足下が見えていなかった。
ぬかるみと湿った葉がズルリと滑り、「あっ…」と声をあげるまもなく身体がバランスを失う。
手を伸ばして何かを掴もうとしたリゾットを身体を貫くような衝撃が襲い、同時に下の道から照らす閃光の眩しさに、リゾットは咄嗟に目を閉じた。










ードンドンドン!!!!

良い具合に酔いが回り始めていたプロシュートは、突然の騒音に眉を寄せた。
時計を見れば草木も眠る丑三つ時で、ドアを叩く勢いも様子も、悪い事が起きたことを暗示している。


「ったく、人が楽しく飲んでるってのに」

グラスをテーブルに置いて、プロシュートはふらふらと玄関へ向かいながら煙草に火をつけた。
早く出なくては、近所迷惑だとキレる奴らが出てきそうだ。


「今何時だと思ってんだ!!!」

いくら組織の人間だろうと察しがついていても、これくらいの苦情は許されるだろう。プロシュートは乱暴にドアを開けて怒りを露わにした。
同時に、どこの誰だと睨みつけるように騒音の主を見て、プロシュートはポトリと煙草を取り落とした。



「…どうした、名前…」


涙で顔をぐしゃぐしゃにした名前が、そこには立っていた。
ギャングの一員でありながら、よい子の代表か…あるいは年寄りのような、規則正しい生活をしている名前がこんな時間に現れることが既に異常事態だったが、その表情はさらにプロシュートを驚愕させた。
室内から漏れる薄明かりに浮かぶ顔は恐怖に歪み、冷凍庫にでも入っていたのかと思うほどぶるぶる震える名前は歯の根も合わないと言ったように真っ青になってカチカチと歯を鳴らす。
プロシュートに怒鳴られた事など聞こえていない様子の名前は、細い手のどこからそんな力が出るんだと疑問に思うような強い力でプロシュートに縋りつき、「リゾットが」とパニック状態で繰り返していた。


「落ち着け、取りあえず中に入るんだ」

半ば無理矢理名前を押し込んだプロシュートは、辺りを見渡してドアを締め、鍵と…いつもはかけないチェーンまでかけた。

「プロシュート、プロシュート…っ、リゾット…リゾットが…」

「話は後だ。取りあえず中に…、っ、お前…」

相変わらず震えたままの名前をダイニングとして使っている部屋に導こうとしたプロシュートは、彼女が靴すら履いていないことに気づいた。
日が沈むとまだ肌寒いこの夜に、名前は寝間着に裸足の状態で、歩くと三十分はかかる道のりを深夜に歩いてきた事に……いや、名前の様子から察するに、走ってきたのだろう。
泥だらけの足はレンガ道で傷つき、爪も割れて見るからに痛々しい。


「暴れるなよ」

パニック状態の名前に聞こえているとは考えにくいが、プロシュートは短く断って名前を抱え上げた。
温かいシャワーで足を洗って素早く手当てをすると、身体の芯から冷え切っていた名前にホットミルクを差し出した。


「持てるか?」

答える代わりに、名前はコクリと一つ頷く。
震える手でカップを受け取った名前がそれに口を付けるのを見て、リゾットは自室で眠っているソルベとジェラート、それからホルマジオを起こした。


「名前が?」

起こした誰もが眉を寄せ、プロシュートに「酔ってんのか?」と確認する。
いっそ酔っぱらっているだけならどれだけ良かったか…。
すっかり酔いの醒めたプロシュートに強引に集められた男達は、名前が未だ湯気の立つカップを見つめたまま真っ青になっている姿を見てようやく事態の緊急性を理解した。


「名前?」

ブチャラティチームとの戦いの最中ですら、名前はこんなに取り乱した事はない。
俄かに信じられない様子のジェラートが恐る恐る名前に声をかけると、名前はびくりと身体を跳ねさせて顔を上げた。
その拍子に落としたカップが床を濡らしても、名前にはまるで見えていない。


「名前、どうしたんだ?こんな時間に…」

ジェラートの姿を確認するや否や、名前は再び目に涙を浮かべる。
ぶるぶると身体を震わせ、取り乱さないように自分の身体を抱き締めた名前は、身体と同じく震える声で「リゾットが」と告げた。


「リゾットが?…落ち着いて、名前」

なるべく急かさないよう優しく話しかけ、ジェラートは名前を抱き締めた。
自分を抱く名前の指は腕に食い込むほどに力が込められており、抱き締めた名前の身体は一層強く震える。


「リゾットが、どこにも居ないの」

「任務から帰ってこないって事か?」

プロシュートの言葉に、名前は何度も首を横に振った。
一同に嫌な予感が走る。


「さっき突然、リゾットの糸が切れたの」

名前のスタンド能力を知る者なら、その言葉の意味を知っている。
知っている人間との縁を手繰る名前のスタンド能力は、恐らく例えリゾットが地球の裏側に居てもそれを感じることが出来る。
それが途切れると言うことは…。

そこにいる全員がその意味を理解し、名前にかける言葉を見つけられないまま立ち尽くした。
ただ嗚咽を繰り返す名前を見つめ、指先が冷えるのを感じた。


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