「ずいぶん時間かかっちゃった」
名前がメローネと共にアジトについたのは、イルーゾォと別れてから一時間後の事だった。
すっかり日は落ち、辺りは暗い。
ーあれ?
ふと、名前は目を疑った。
辺りは暗い。
街灯が点々と灯され、各家から漏れる光が眩しいくらいだ。
にも関わらず、名前達が目指して歩いてきたリゾットチームのアジトは暗い。
まるで人の気配すら感じさせないその様子に、名前はゴクリと喉をならした。
「入らないの?」
メローネが何でもない様子で振り返るが、彼がそんな異常事態に気付いていないはずがない。
眉を寄せて立ち止まった名前を見たメローネは、ゆっくり振り返って「あぁ…」と呟く。
「今はみんな大丈夫だよ」
名前の異変の理由に気付いたメローネはにっこり笑ってドアを開ける。
メローネは確かに“今は”と言った。
いつもの優しい笑みではなく、まるで心を感じさせない、冷たい、形ばかりの笑みを貼り付けて、メローネは“今は”と言ったのだ。
「メローネ?…どうゆう事?」
「そのままだよ。名前なら感じれるでしょ?今はみんな生きてる」
瞬間。
名前はメローネを押しのけてアジトに飛び込んだ。
意味も理由も理解できない。
ただ、メローネの様子がおかしい事は理解できる。
「リゾット!?イルーゾォ!!みんな!!!」
叫んでも返事はない。
静まり返った暗い建物を、名前は手探りで進んだ。
ただ楽しい夕食を楽しみにしていただけだったのに。
名前の脳裏に、リゾットの変わらず優しい声と、別れ際のイルーゾォが蘇る。
「プロシュート!ペッシ!ホルマジオ!ギアッチョ!ソルベ!ジェラート!!」
暗い部屋と、呼んでも帰ってこない返事に、名前の目に涙が浮かぶ。
ようやくたどり着いた部屋の戸を、名前はゆっくりと、音を立てないように慎重に開いた。
−パーーーーーーーン!!!!!!
耳を劈くような破裂音に、名前は慌てて耳を塞いだ。
ぱっと明かりが灯されて反射的に開いた名前の目の前に、色とりどりの紙片が舞う。
「「「「「「「「「Happy Birthday!!!!」」」」」」」」」
完全に思考が停止した。
状況を飲み込めずに固まった名前は、クラッカーを手に笑うみんなを丸く見開いた目で見ていた。
近くに感じた気配に顔を上げると、部屋のスイッチを入れたリゾットが、いつも以上に優しい顔をしてる。
「これ…?」
ようやくそれだけ呟いた名前を、リゾットが部屋の真ん中へと導く。
大きなテーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられ、所狭しと料理が並べられている。
その真ん中に置かれたケーキは、タワーさながらだ。
「メローネ、やりすぎじゃねぇか?しょーがねぇなぁ。名前を泣かせちまってよぉ」
「ごめんて!驚く名前が超可愛くて、つい!!!」
「つい、じゃねーよ!!!」
ギアッチョの飛び膝蹴りがメローネに美しく決まったところで、プロシュートが混乱状態の名前にグラスを手渡した。
反射的にそれを受け取った名前のグラスに、ペッシがワインを注ぐ。
「今日は、名前の誕生日パーティーだよ」
「ペッシ…でも、私、誕生日は…「名前、誕生日が分からないってんだろ?」
名前の言葉を遮ったプロシュートが、いつもペッシにするようにゴチンと名前の額に自分の額をぶつける。
突然の衝撃に目を見開いた名前に、プロシュートはフッと柔らかい笑みを浮かべた。
「ここ数年、クリスマスに全員の誕生日パーティーをしてたからな。ちゃんと誕生日パーティーなんてものはしてなかっただろ?
だから、たまには“ついで”じゃねえ、普通の誕生日パーティーってのをしてやろうと思ってな」
頷く名前をグイと引き寄せたリゾットが、「お前、近すぎるんだよ」とプロシュートを睨みつけた。
指摘されてみれば、確かにもの凄い至近距離だった。今更だが、ちょっと恥ずかしい。
「サプライズ・パーティーってやつだよ」
「ソルベ!!ジェラート!!」
ふわっと花束を差し出され、名前は笑うソルベとジェラートに抱きしめられた。
「誕生日おめでとう」と囁く二人から頬にキスを受け、名前はようやく安堵したような笑みを浮かべた。
やはりこの二人の間にいるのは安心する。
無償の愛を感じるとでも言えば良いのだろうか。とにかく、ホッと安らげた。
「誕生日って事にでもしないと、サプライズ・パーティーする理由がないからなぁ」
「イルーゾォ!!」
「無事で良かった」思わずそう呟いて飛びつく名前に、イルーゾォは眉をよせて笑う。
無邪気な妹分に、手はかかるのに可愛くてしょうがない。
「あー…でも、時間稼ぎをメローネだけに任せたのは、選択ミスだったな」
「確かにその通りだぜ、ちくしょう…、オレが行けばよかったのか?」
「ギアッチョ!昨日ぶりね」
「かっこつかねぇ挨拶だな…。大体昨日ぶりって挨拶なのか?いや…「ギアッチョ、ドルチェ買って来たから、一緒に食べようね」
長くなりそうなギアッチョの思案を断ち切って、名前はもう一度テーブルへ向き直った。
手間隙かけて作るような料理ばかりが並び、中央の巨大なケーキには“名前、誕生日おめでとう”の文字。
「この前テレビで、サプライズ・パーティーのシーンを見て感動してただろ?」
リゾットに言われて考えてみれば、確かにお気に入りのテレビ番組でそんなシーンをやっていて、例によって食い入るように見た記憶がある。
確か、ペッシとプロシュートが来ていた日だった。
「兄貴とオレとリゾットが、ここでその時の話をしてたら、みんながサプライズ・パーティーしようって」
全員分のワインを注ぎ終えたペッシがワインのボトルを置くと、それを合図に全員がグラスを持ち上げた。
「名前、誕生日がいつかなんて、細かいことは言いっこなしだぜ」
プロシュートが口の端を持ち上げて笑う。
本当に絵になるような綺麗な顔だちで、兄貴と呼ばれるだけあって面倒見が良い。
名前もペッシも、リゾットだって頼りにしている、チーム全員の兄貴だと言っても過言ではない。
「名前、オレ達はお前が喜ぶなら何でもするよ」「オレとジェラートは、な」
ジェラートとソルベが得意げに笑い、「おいおい、オレだってしてみせるさ」とあちこちから声が上がった。
「オレも、可愛い妹分のためなら!!」
ムキになるイルーゾォが身を乗り出すように言って、「オレも負けないっ!」とペッシが息巻く。一体どのように勝敗が決まるのかは謎だが、「ペッシにオレが負けるはずない!」と強く言い返すイルーゾォは珍しく強気だ。
「そうだなー…今度は泣かさないように、上手にエスコートするよ」
「メローネに次のターンはない」
「酷いぜギアッチョ!!!」
歳の近い二人は、いつもこんな感じで(一方的ではあるが)言い合いに発展する。
賑々しい彼らを、最初こそは恐いと感じたのに、今ではこんなにも大切だと感じる。
この時間こそ大切なものだと感じる。
「あーあぁ。全く、乾杯くらいもう少しスムーズに出来ねーものかね」
ガリガリと頭を掻いたホルマジオは、メローネとギアッチョの様子を見て笑う名前に、「しょーがねぇなぁ」と笑っていた。
「馴れってのは恐ろしいものだな」
「そう?」と首を傾げる名前の頭を乱雑に掻き混ぜて、ホルマジオはワイングラスを持ったまま「そうだ」と目を細めた。
「名前、お前がくれた日常を、オレ達はずっと大切にしていく義務がある」
「義務?」
「そうだ。本来なら元々そうあるべきだったが、オレ達にとっての日常は、毎日がギャンブルのようで、ここにいる誰もが、自分を守ることなんざ考えちゃいなかった」
「ホルマジオ…」
「でも、柄にはねーから、こんなこと言うのは・・・くそ、やっぱ柄じゃねーよ」
苦い顔をして言い淀むホルマジオを見て、「おいおい、ちゃんと言えよ」とプロシュートから檄が飛ぶ。
じゃんけんでもして、誰が伝えるか決めたに違いない。
「平和的に決めただろう」なんてはやし立てるソルベを、ホルマジオがキッと睨み付けた。
「分かってるよ!くっそ…。
名前、オレ達は感謝してる。今があること。これからも生きていけること。お前がオレ達に与えてくれたもの、その全部に感謝してるっ」
早口でまくし立てるように言い切ったホルマジオは、クルッと背を向けて手に持っていたグラスワインを一気に煽った。
彼の耳が赤かったのは、気のせいではないだろう。
薄く口を開いたまま、瞬きも忘れてそれを見ていた名前の肩に、そっとリゾットの手が乗せられた。
「ホルマジオ、乾杯の前に飲むなよ!!」
「うるせー!!こんな柄でもないこと…素面で言わせやがってよぉ!!イルーゾォ!もっと酒もってこい!!」
「え、何でオレなんだよ!」
恥ずかしくて死にそうだとしゃがみ込んで叫ぶホルマジオに、ボトルごとワインが渡された。今夜の彼は間違いなく酔いつぶれるだろう。
「おいおい、とりあえず乾杯くらいしようぜ」
今にも勢い良くワインを煽ってしまいそうなホルマジオを立たせると、プロシュートが名前に向き直ってグラスを掲げる。
スッと掲げられてそれに従って、今度こそ全員が静かにワインを掲げた。
「名前、何度告げても言い足りることなんざねぇが…グラッツェ」
柔らかく微笑むプロシュートに、名前は曖昧な笑みを返した。
既に滲んだ涙が、今にも名前の頬をぬらしてしまいそうだった。
「ホルマジオじゃあないけど、“柄にもなく”…オレ達は祈ってるよ」
ジェラートの言葉に、ソルベが笑って続く。
「名前の毎日に、これからに、たくさんの幸せが満ちていますように!乾杯!!」
一同の乾杯の声が響いて、名前はワインに口をつけた。
その日のワインは、いつもよりしょっぱくて、幸福な味がした。
ずっと、夢にまで描いていた。
母のように、父のように、ただ無償の愛で包んでくれるソルベとジェラート。
頼りになる兄のような、ホルマジオとプロシュート。
ちょっと頼りないけれど、いつも大切にしてくれるイルーゾォ。
賑々しく騒ぎ立て、みんなを盛り上げてくれる、悪友のようなメローネとギアッチョ。
ほっとけないところもあるけれど、優しくて気遣い上手のペッシ。
それと…
「泣きすぎだろ」
「らってぇ…」
いつも一番傍にいて、大切に大切にしてくれるリゾット。
困ったように笑うリゾットの指が、名前の頬に流れる涙を拭う。
大きな、節立った男らしい手。
この大きな、不器用な手に包まれて、大好きなみんなと家族のように笑って暮らせる日を、ずっと夢にまで見ていた。
こんな日が、ずっと続けば、と祈っていた。
「私っ、みんなと一緒れっ、…良かったよぉ」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして嗚咽を溢す名前を、メンバーが困ったように笑って抱きしめた。