「わあ…」

思わず感嘆の声を漏らした名前は、食事の手を止めてテレビに釘付けだった。
リゾットと、(ちゃっかり夕食をたかりに来た)プロシュートとペッシは、そんな名前に眉を下げて笑う。
ここにホルマジオが居たら、きっと「しょうがねーなぁ」と笑っただろう。
そんな光景は、割と日常茶飯事だった。
平和ボケしたと思われても仕方ないほど、彼らの生活は充実し、幸福に満ち満ちていた。





そんなある日のこと。

“名前、もう夕食作り始めたか?”

電話越しに聞こえるリゾットの声に、名前は「ううん、まだだよ」と答える。
部屋の中に差し込む光はまだ明るく、電話を取った名前もつい今し方帰ってきたばかりだ。
今日の帰宅時護衛担当のイルーゾォが、玄関から電話をする名前の様子を伺っている。


“もうイルーゾォは帰ったか?”

「まだ居るよ?」

リゾットからの電話であることは、恐らく検討がついているだろう。それでも、「じゃあまた明日」と別れの挨拶をする前だったからか、イルーゾォは名前の電話が終わるのを待っているようだ。
律儀さがイルーゾォらしい。


“忘れ物を持ってきて欲しいんだ。ついでに、久々に皆で飯でも食わないか?”

リゾットと共にアジトを出て、二人で生活を始めて以来、リゾットチームの全員で食事をする機会はめっきり減った。
みんなと気持ちの奥底は繋がっていると感じられるから我慢こそできるが、少し寂しいとも感じていた。
もちろんリゾットとの生活はとても幸せなもので、そこに不満があるわけではない。そこだけは念を押しつつ、それでも大勢でワイワイ言いながら賑やかに食卓を囲むのは別物だと主張したい。
そんな名前は、もちろんリゾットからの提案に一つ返事で頷く。即答だった。


「今日、アジトでご飯食べようって!!」

「え?じゃあ今からアジトに来るのか?」

イルーゾォが目を丸くして、名前はそれにVサインを見せて笑う。
リゾットに頼まれたA4サイズの茶封筒を抱えた名前は、イルーゾォと手をつないでついさっき来た道を歩き出した。
自然と軽くなる足取りに、イルーゾォもつられて早足になる。


「あれ、名前?」

突然聞こえた声に振り向くと、メローネが笑って手を振っていた。

「何々?イルーゾォと寄り道?それとも、逃避行?」

「逃避行??どこに?」

「バッカ、メローネ!!そんな訳ないだろ!!!」

クククと笑うメローネに、イルーゾォが全力で掴みかかる。
一体何からどこに逃げると言うのか…。
小首を傾げる名前を見たイルーゾォが、非常に複雑な顔をしていた。


「ホントにリゾットしか見えてないよね、名前は」

「それは…」

ムッと口をへの字に曲げて赤面する名前の肩に腕を回したメローネは「はいはい、リゾットは幸せ者だよ」と笑った。

「それで、どこに行くの?」

「アジトだよ。今日はみんなでご飯食べようって」

名前の言葉に「へー」と声を漏らしたメローネは、「じゃあ何かうまいもん買って帰ろう!」と、名前の肩に腕を回したまま踵を返す。
とても魅力的なお誘いに頷きかけ、名前は自分が抱えている書類を思い出した。


「リゾットにこれを持って行かなきゃ」

シュンと肩を落とした名前に、メローネも口を尖らす。

「すぐじゃないと駄目なのか?」

「わかんない」

「せっかく、ドルチェを買って帰ろうと思ったのに」

グッ…。
すごく魅力的だ。
後ろ髪を引かれるような思いでそれを断ろうと口を開いた時だった。


「名前、それ持って先に帰っておいてやるよ」

イルーゾォがそう言って名前の書類を奪い取る。


「でも「良いから。オレのドルチェも買ってきて」

スマートに言葉を選ぶイルーゾォの前に、名前は最早頷くよりない。
上手に言いくるめられたが、誰にどんなドルチェを選ぼうか考えると胸が弾む。
「グラッツェ」とイルーゾォにお礼を告げてハグをして別れると、名前はメローネと手を繋いで歩き出した。


「今日はそうだな…あそこの店にしよう」

「テイクアウト専門のケーキのお店?」

普段はあまり使わないお店だが、入ってみるとスティック状にカットされたたくさんの種類のケーキが、ショーウィンドの中にきっちりと並べられている。
まばゆいばかりにキラキラとライトアップされたそれを見て、名前がときめかないはずはない。


「どれにしよう!!!」

迷い始める名前に、メローネはニヤリと口の端を吊り上げた。
見つからないようにケータイを取り出し、素早く打ち込んだメールを送信すると、「これがいいかな」とようやく一つ決める事が出来そうな様子の名前に「こっちがいいんじゃないか?」と笑って迷わすような事を言った。


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