「片付いたか…」

リゾットに睨まれ、メローネはぐったりと項を垂れた。
散々騒いだのは自分だが、大目玉とメタリカを食らった後一人で掃除をさせられて、流石のメローネも大いに反省せざるを得なかった。
掃除を終えて、元リゾットの部屋である客間に行くと、何やら全員がガタガタと食事の支度をしていた。


「まぁ良い。プロシュートが食材なんかを買ってきた、手伝ってやれ」

「まだやるの!?」
「まさか、文句があるのか?」


絶対零度の視線はギアッチョのホワイトアルバムより冷たく感じられ、首を勢いよく横に振ってキッチンへ走って逃げ込んだ。


「あ、メローネ!…大丈夫だった?」

怒り心頭のリゾットより、被害者本人がメローネを気づかう可笑しな状況にメローネは幾分か気持ちを楽にした。


「ダメかも、名前慰めてー?」

「メローネ、またリゾットにどやされるぜ」


ククッと笑うプロシュートに気がついたメローネは、サッと名前から離れる。

「これ以上のメタリカはさすがに死ぬ」


ムッと唇を尖らせたメローネをクスクスと笑う名前は、髪をひとくくりに纏めてエプロンを着けていた。

「エプロン…ディ・モールト良い!裸ならなお「メローネ…」

興奮するメローネの首を掴んだプロシュートは、皿に盛り付けた料理をメローネに持たせ「黙って運べ」と苛立ちを露に低い声で告げる。


「メローネ、私もスープ作るからね」

そう言ってプロシュートの横に立つ名前は、野菜を手際よく剥いでいく。


「やりなれてるな名前」

「家事は昔から私の仕事だからね」

手際よく作業する名前を見れば、きっと日常的に料理をしていたのだろうという想像が容易くできる。
だが、そう言って楽し気に笑う名前は、「家事が仕事だった過去」を悲しむ風でも哀れむでもなく、むしろ家事が仕事の今を楽しんでいるように見えた。


「強い女は嫌いじゃない」

プロシュートはフッと笑って名前の頭をグリグリと撫でた。
頭を撫でられる名前は、ほんのり頬を染めて照れ臭そうに微笑んだ。
















「つーわけで、名前も加わったし取り敢えず呑むぜ!!」

ワイングラスを片手にそう言った、プロシュートの合図で騒がしく晩餐が始まる。


「プロシュート、私も食べていいの?」


言いながら名前はお腹をグゥと鳴らす。
「もちろん、たんと食べろ」

適当に盛りつけただけの皿を指差して、プロシュートがワインを傾ける。


「今日はプロシュート主宰の、名前の為の集まりだ」

リゾットが色々な物を取り分けた皿を名前に差し出す。


「わぁ!!……って…私の為の…?」

料理を見て目を輝かせた名前が、リゾットの言葉にきょとんと顔を上げる。
頷いたリゾットを見るなり、名前の目にはみるみる涙が溜まってあっという間に睫毛を濡らして零れ落ちた。


「名前?」

いち早く気づいたイルーゾォが、食事の手を止めて固まる。
わいわいと賑やかしい食卓に、一つ二つと雫が零れて床にシミを作るように静寂が広がる。


「ど、どうした名前」

「リーダー、何か言ったのか?」

ギアッチョ、ホルマジオも同様が伝わり、さっきまでの賑わいとは別の騒がしさに包まれると、名前は慌てたように手を振った。

「ち、違うの!!」


グイッと乱暴に涙を拭った名前は、顔を赤くして笑う。


「私、こんな風に集まってもらう事…久しぶりで、嬉しくて……」


そこまで言ったところで、名前の涙はまたぼろぼろと堰を切ったように零れ出して、言葉が続かない。





「名前、呑もうぜ!!」


メローネの言葉にソルベとジェラートが続く。

「嬉しくて泣く女久しぶりに見たぜ」

「今日は朝まで呑むか!」


うんうんと頷いてお互いを見るソルベとジェラートに、ギアッチョは「いつも通りだろうが」とぼやいて水を注いだグラスを名前に突きつける。

「泣く程大した事じゃねーよ」


「名前、また明日も皆でここで食ってやるよ」

泣いて喜ばれたのが嬉しくて、イルーゾォは自然と顔を綻ばす。





「おいリーダー、何か言ってやれよ」

フリーズしたままのリゾットに気づいたプロシュートが肘でつつくと、リゾットはハッとした様子で持ったままだった皿を名前に押しつけた。


「…っ食え」


陶磁器のように白い肌が微かに赤らんで、いつも無表情な目が動揺で僅かに揺らいだ。
誰も気づかないような僅かな変化に、名前も…本人すらも気づかない。


「ありがとう」


リゾットは笑う名前から視線を反らし、プロシュートが持っていたグラスを取り上げて飲み干す。

「おい!自分の注げよ!!」

空のグラスをズイッと返されたプロシュートがそれを反射的に手に取ると、リゾットは何も言わずにワインを注いだ。

謝る気はないらしい。


「リゾット、それ何?」

「…ワインだ」


目を輝かせる名前にたじろぎつつ答えると、名前は「飲んでみたい」とリゾットに迫る。

ジリジリとにじり寄る名前に後ずさるリゾットを見て、メローネは笑いを堪えられない。


「ワインは成人してないバンビーナには飲ませられない」

プロシュートが笑いを多分に含んだ声で答えると、名前は目をパチパチとしばたたかせた後にプゥと頬を膨らませた。






「私、成人してますけど」











「え?」

耳を疑うペッシを、名前はキッと睨み付ける。


「成人してるもん!!」


「もん」と言って頬を膨らます女の、どこをどうみて成人してると判断すればいいのか全く不明だが、名前の一言に部屋は再びシンと静まった。



「名前、それは本気かい?」


メローネの言葉に名前は口を尖らせた。

「本当の親は日本人だから。昔からずっと幼く見られるんだよね…」


誰一人として成人してると思っていなかった現実を目の当たりにして、名前はハァとため息を吐き出した。
日本人の中でも童顔に見えるんじゃないかと全員が思ったが、せっかく喜んでいた名前を拗ねたままにしては駄目だと、今度は全員がフォローに走る。


「じゃあ飲め!」

プロシュートが手に持っていたグラスを慌てて名前に差し出す。


「それ、さっきリゾットが使ってたやつでしょ!?」

恥ずかしがる名前を、メローネが手を叩いて喜ぶ。

「ディ・モールトベネ!!バンビーナじゃないのも合わせるとディ・モールト、ディ・モールト最高だ!!」


「この変態に酒与えたのは誰だ!!」

名前に駆け寄ろうとするメローネの服をグイッと掴んだホルマジオが、それでも負けじと名前の方に駆け寄ろうとするメローネを必死に押さえ込む。
元々露出の多い服が引っ張られて益々肌を晒す。
今にも裂けそうな服に、ホルマジオは悲鳴にも似た怒号を飛ばす。


「ギアッチョ、こいつ止めてくれ!」


ホルマジオに言われて、無視を決め込んでいたギアッチョの飛び膝蹴りがメローネの顔面に炸裂した。
バタンと倒れたメローネに、ギアッチョは一言吐き捨てる。
「死ね」


メローネが落ちた事で半減した喧騒の中、名前は初めてのワインに舌鼓を打ち、メンバーと代わる代わる話をして盛り上がった。



「プロシュート、随分名前を気に入ってるようだな」

ソファーに腰かけて穏やかに名前を見つめるプロシュートに、リゾットはそう言いながら隣に腰かける。

「リーダーも気に入ってるように見えるぜ?」


質問に質問で返されてムッとすると、プロシュートは笑ってリゾットに視線を移す。


「そうやって表情を変えるリーダーを、久しぶりに見たな」

どうにもバカにされている感が拭えずに黙っていると、プロシュートはソファーに背を預けて名前を見た。


「俺らみてーに殺伐とした集団に、あんな平凡なのがいたら…
俺も飯の時くらい平凡で居たくなったんだよ」


プロシュートは遠く昔のありきたりな日常の記憶を見るように、穏やかな表情で名前がソルベやジェラートと話すのを眺めた。


「……そうか」

リゾットは「それでもオレ達は暗殺者だ」と言い掛けて、その言葉を飲み込んだ。

わざわざ言わなくても、ここにいる名前以外の全員がそれを理解し、納得している。

束の間の、しかし彼らには最高の贅沢である「ありきたりな夜」は穏やかな喧騒に包まれて更けていく。


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