DIOはソファーに深々と背を預け、本を開いたまま大きなデスクの前で書類を睨みつけるジョルノを眺めていた。
「大丈夫か?」
「えぇ、問題は大したことありませんから。早く済ませます」
どうにも父親らしい事をした記憶は何一つないにも関わらず、ジョルノはしっかりDIOに懐いている。
不満があるわけではない。
理解しきれない不思議な力を感じるだけだ。
これが親子の本来のあるべき姿なのだと言われれば、納得せざるを得ない気もする。
DIOは本を閉じてローテーブルに置くと、靴を履き直して立ち上がった。
「パードレ、どこか行くんですか?」
「少し気になることがある。なに…、すぐに戻る」
残念そうにしたジョルノの額にキスをして部屋を出たDIOは、少し辺りを見渡して歩き出した。
向かう先を決めず、ただ心の向くままに歩く。
二つほど角を曲がった辺りで、DIOは目を細めた。
「あれ、DIO様。こんにちは」
「うむ…」
(やはりこの女か)
本を頭に乗せた名前が笑い、DIOは微妙な笑みを返した。
よく見れば、後方でリゾットやその愉快な仲間達も本を頭に乗せている。
「何をしているのだ??」
「姿勢良く歩く練習ですよ。今のところリゾットが一番上手くて二番が私。ペッシとソルベが一番下手です」
ニコニコ笑う名前が、愛想良く聞いてもない事を説明してくれて、DIOはもう一度後方へと目をやった。
グラグラと揺れる本を落とさないよう、ほぼ全員がとても慎重に歩いている。
プロシュートは眉間にシワが寄っていて、鬼のような形相だ。せっかくの美人が形無しである。
下手だと言われたペッシとソルベには、髪型にそもそもの問題がある。
誰か指摘してやれよ。
「リーダー、オレは無理だよぉ」
あっけらかんと断念しているのはメローネだ。
唇を尖らせても可愛くはない。
「オレの髪、さらさら過ぎるんだよ」
どんな言い訳だ。
ギアッチョがイラついた様子でメローネを睨んでいるが、恐らくは頭の本を気にかけているのだろう…「チッ」と舌打ちしてそろそろと歩いている。
他のメンバーと同じく慎重に歩いてはいるが、彼の本は安定しているように見える。
天パーがクッションのようになっているようにも見える。
柔らかいのだろうか…だとすればちょっともふもふしたい気がする。
「オレの髪もさらさらだが、安定しているぞ?」
真顔でその返しもどうなんだ。
サラリと言い切ったリゾットの頭の上で、確かに本は安定している。
そんな二人の少し後方で、イルーゾォが慎重に歩いていた。
イルーゾォは本の安定の為に若干腰が引けているが、あれは姿勢の訓練にならないのではないのだろうか。
「練習してるかー?」
様子を見に来たアバッキオは、イルーゾォを見て頭を押さえた。
心中お察しいたします。
「イルーゾォ、それじゃあ練習の意味ねーだろ?
顎を引いて頭のてっぺんを天井から吊り下げられるイメージだって何回言えば分かるんだ」
「分かんねーよ!!天井から吊り下げられた事ねーもん!」
「オレが吊り下げてやっても良いんだぜ?つべこべ言わずにちゃんとやれ!!」
子どもみたいな反論をするイルーゾォの姿勢を、アバッキオがため息をつきながら直している。
意外と面倒見が良いところがある。
ナランチャで馴れているのか?
「ソルベ、頑張って!」
いや、髪型を突っ込むべき。
そんな彼のツッコミポイントに見向きもせず、黄色い声援を送っているのはジェラートだ。
器用に本を乗せたまま、ぴょんぴょんと跳ねている。
グラグラ揺れながらも、落とす様子はない。…なんて器用な……。
ードサッ…。
本の落ちた方を振り返ると、ペッシが泣き出しそうな顔をしていた。
それきしの事で泣くなんて、大袈裟な。
だからマンモーニと叱咤され……
「ペッシペッシペッシよぉ!!何回落としゃあ気が済むんだ!!!」
気が立っているプロシュートが、アバッキオよりも早くペッシに駆け寄る。
全力で走っているように見えるのだが?
さっきまで危ういバランスでギリギリを保っていたのに、何故駆け寄る時は安定するんだろうか…。
「ごめんよ、兄貴ぃ!!」
「このマンモーニがぁ!!!」
撤回する。
泣くほどの事だったようだ。
バシンバシンとビンタをするプロシュートの頭の本は、不思議と落ちない。
何故だ………解せぬ。
「アバッキオ、皆の様子はどうだ?」
「あぁ、ブチャラティか…見ての通りだ」
「そうか…」
ため息をついたアバッキオに促され、ブチャラティは辺りをキョロキョロと見渡して笑った。
…………は?笑った???
「上達してるじゃないか!!」
「どの辺がだよ!!!!」
全く…さすがは天然ものの幹部。
そのポジティブシンキングならぬポジティブeye。もはや脱帽ものです。
むしろそこにシビれる、憧れる!!!
「細々したことはオレ達が当日フォローするとして、日付が決まったぞ」
ブチャラティが言っている事が理解できず、名前を含めた全員がキョトンとした顔で彼を見ていた。
「そうか、決まったのか」
「DIO様、何かご存知なのですか?」
名前は意外な反応を示したDIOを見上げた。
そう、ブチャラティが言ったように、本当は細々したことは大した問題ではなかったのだ。
全ては秘密裏に立てた計画を悟らせないように事を運ぶために、暗殺チームのメンバーに常に「やらねばならない何か」を与えていただけのこと。
「リゾット、お前だけは気付いていたな?」
DIOにチラリと視線を投げられ、リゾットは頭の上の本を手に、名前をDIOから引き離した。
「スタンドで本を落とさないようにするなんて、あざとい男だ…」
「…オレ達は、名前が危険に晒されないのならば何でもする」
「え?何??何のこと?????」
二人の間で、名前はキョロキョロと状況の解説を求めるが、どちらも視線で会話しているだけで説明してくれる様子はない。
と言うか、リゾットは“オレ達”と言うが、当のメンバーも名前と同じく眉を寄せている。
「パードレ、説明しなくては伝わりませんよ?」
こんな混乱のタイミングで登場するから彼はカリスマなのだ。
腕を組んでやれやれと笑う姿すら美しくて困ります。
「リゾット、貴方も…勝手に情報を収集しないでください。追い出しますよ?名前以外」
「…すいません」
おい、今“名前が寒空の下に放り出されるんじゃないなら、まあいいかな”って顔を一瞬してたぞ。
ソルベがジェラートの肩を抱いて、視線で猛抗議してますよ!!
「ジョルノ、どういう事なの?」
「名前さん。貴女に仕事を頼みます」
ジョルノに仕事を頼まれるということはつまり、ボスからの直接の指示なわけで、断れるはずもない。
名前は眉を寄せ、ちゃっかり肩に腕を回したままのリゾットを見上げた。
「リゾットは何か知ってるの?」
(身長差から致し方なく)見上げられたリゾットは、少し間を置いて唐突に名前を抱きしめた。
「おいおい、最近忙しかったからこの唐突さも久しぶりだなぁ。しょうがねーな」
ホルマジオはケラケラ笑っているが、こうなると完全に話の腰を折られるので勘弁して欲しい。
「リーダーずるい!!」
「メローネ、お前まで入ったら直で殺るぞ?おい!アンタも成長してくれよ」
リゾットがプロシュートに引き剥がされたところで、ジョルノは手に持っていた書類から顔を上げた。
なんと……もしかしてこのグダグダに馴れてきていらっしゃる!?
暇つぶしの書類を常に持ち歩いているとは…。
「さて、さして面白くもないコントが終わったところで、仕事の話に入ります」
流石コロネ様。
見事なまでの一刀両断っぷりです!!
「きたる日曜、ここである商談も兼ねて、会食をします」
“飯っっ、涎を溢さずにはいられない!!!!!!!!”
普段の食生活が垣間見られる食いつきようである。
ゴクリと生唾を飲んだメンバーは、ふとフーゴと行った食事のマナー講座を思い出してため息をついた。
マナーに縛られて食事をすることの、なんと窮屈なことか…。
「名前さん。貴女が鍵です」
「私??」
首を傾げる名前に、DIOが「そうだ」と頷く。
「無意識に人を寄せ付ける、お前だからこそ良いのだ」
言っていることは分からないが、何かを企む美しい吸血鬼と、それを存亡の羨望の眼差しで見つめる邪神コロネ様の、邪悪すぎるタッグが組まれていることは察しました。