「もう出てきて良いぞ」
ドアの外から声をかけられ、名前はおずおずと顔を出した。
白い肌に映える深紅のホルダーネックタイプのドレスを纏い、アップにして纏められた髪が色気を放つ。
戸惑うように頬を染めた名前の、赤く引かれたルージュが色っぽい。
「こりゃあ…」
ぽかんと見とれていたメンバーは、様子を窺うように上目遣いになる名前にゴクリと唾を飲んだ。
「名前、とても似合ってるぞ」
「本当??」
リゾットは一つ頷いて、照れくさそうに俯く名前の背に、そっと手を添えた。
「はっ!?リゾット!!何こんな時に限って美味しい役奪おうとしてるんだよ!!!!
いつもはぼんやり一テンポ遅れた動きしか出来ないくせに、こんな時だけ俊敏になりやがって!下心みえみえなんだよ!!!!!!」
「やれやれ、そんなに怒るなよ。プロシュートにはペッシがいるだろう?」
「ぶっ、は!?」
いや、ペッシが居るからなんなんですか??
マンモーニをエスコートしろってか!?
男だぞっ!!!!!
「オレも名前をエスコートしたい!!」
メローネの飛び付く攻撃は、リゾットの華麗な回し蹴りで阻止された。
今日のリゾットは一味違う!!!
まるで任務中であるかのような俊敏な動きの連発だ!!
「リゾット、今日はいつもと違うね」
「惚れたか?」
「いや…」
やはり通常運転でした。
なんでそうなるんだ。
ギャーギャー騒ぎながら隣の部屋のドアを開くと、長テーブルに綺麗な刺繍の織り込まれた繊細なテーブルクロスがかけられ、ピッカピカに磨かれた食器やシルバー類が丁寧に並べられた光景が目の前に広がっていた。
普段ならお目にかかる事も稀な光景である。
「すご…」
凄すぎると言葉が出ないと言うが、それは間違いない。
天井から吊り下げられたシャンデリアは眩いばかりに輝き、絢爛豪華なその部屋を見て、確かに着替えるしかなかったと納得させられた。
「名前、似合ってるじゃあないか」
ブチャラティの自然な笑みに、名前はようやくホッとした様子で笑みを浮かべた。
スーツを着ていてもなおこの豪華な部屋で浮いてしまうメンバーの言葉よりも、自然とこの光景に溶け込んでいるブチャラティの言葉の方が圧倒的に信用できる。
致し方ない事だ。
(失礼な!byリゾット)
「全員そろったなら、席に着いてもらおう」
フーゴの合図で、名前達はテーブルに数歩歩み寄った。
とは言え、ネームプレートが付けられているわけでもなければ、席次表が渡されてい訳ではない。
つまり、座る場所が分からない。
テストはここから始まっているに違いない。
「プロシュートはあっちに」
リゾットからコソッと出された指示に従って、プロシュートは名前の向かいに回る。
その隣ほホルマジオとジェラートが座り、リゾットは名前の隣に着席した。
「オレここ座って良いー!?」
「馬鹿、メローネ!そこは…」
歪みないメローネが部屋の一番奥に位置する上席に座ろうとする。
それを咎めようとリゾットが一歩踏み出した瞬間、私達の目の前を何かが横切った。
ーどぐぉぉぉおお!!!
「ごっぱお!!!」
メローネは飛んできたソレにより、凄い音を立てて吹っ飛んだ。
あまりの恐怖にギギギと音を立てて振り返ると、完全に振り抜いたままの投球姿勢で、フーゴがニッコリと微笑む。
「そこは一番目上の人が座る席です」
成る程、そういう仕組みですか。
ゴクリと喉をならし、名前は肩を竦めた。
まさに、デッド・オア・アライブ。
「フーゴ、ちょっとやりすぎだぞ?」
ブチャラティがハハハと子どもを咎めるように笑い、アバッキオがやれやれと笑う。
ブチャラティチームは、バイオレンス過ぎると思います。
……いや、どっちもどっちか。
ペッシとイルーゾォが今にも卒倒しそうなので、お手柔らかにお願いします。
「シルバーは両端から使っていきます」
「スープ用スプーンは飲み終わったら皿の向こう側に置いて!
皿の上に×印のように交差させ、 八の字に置けばまだ食事中。この場合フォークは下向きで。
食べ終わった時には、ナイフと フォークをそろえて皿の右端に、柄が右を向くように置くこと。
この時、フォークは上向きに」
ここがギャグ小説であることも忘れるような、真面目な(生死を賭けた)講習に、メンバーは真剣な面持ちでフォークとナイフを握る。
音を立てることすら憚られ、馴れているリゾットとプロシュート、ホルマジオとジェラート以外は緊張で青い顔をしていた。
ギアッチョがキレないか心配で仕方ない。
笑いを取る事を忘れないで欲しい。
ここはギャグ小説なんですが…。
「あっ…!」
ーカシャンッ!!!
手を滑らして落としてしまったフォークが、カランカランと音を立てる。
この緊張感に耐えられなくなってきた名前が、青い顔で落ちたフォークを見つめた。
帰りたい。
もしくは、ディアボロ邸に行きたい。
(だが断る!!!byプロシュート)
「ナイフや フォークを落としてしまった場合は自分で拾わず、 サービス係を呼んで新しいものをもらって下さい」
フーゴの言葉に頷いて、すみませんと声をかける。
カメリエーレ役はアバッキオらしい。
新しいフォークを運んできたアバッキオは、名前の青い顔を見て眉を寄せた。
「なんだ、落ち着いてやればなんてことないだろ、お前なら」
ケッと鼻で笑うアバッキオは、分かりにくいが励ましてくれているらしい。
いや、しかし、怒らせたら広辞苑ですよ!?
広辞苑ですよ!?
恐らく一番厚みのある、重厚な…かつ、筆者は持ち上げる時に「ヨイショ」と言わずにはいられない、あのずっしりした書籍ですよ!?
そんな重たいものが、「もうギャング辞めて野球のピッチャー目指せば良いのに」と言いたくなるようなスピードで目の前を掠めて飛んで行ったんですよ!?
まだ落ちているメローネをチラッと確認し、名前は渋々とフォークを受け取った。
「グラッツェ、アバッキオ」
「しおらしいお前もなかなか面白いな」
「今のうちにしっかり目に焼け付けておいて頂戴。激レアだから」
「違いない」
本当に失礼な。
とは言え、少し気が楽になった。
私が持ち直した様子を見ていたブチャラティにアバッキオが褒められていたのがちょっと癪だが、ここは素直に礼を言っておこう。
「ダメだ!!腹いっぱいなんだけど腹減った!!!」
ソファーに倒れ込むプロシュートの気持ちは、痛いほどよく分かる。
「なんか、堅っ苦しいと味わんかんないんだよねー!」
プロシュートの上に崩れ落ちた名前は、「姉貴ー!」としがみつく。
蘇れディアボロ邸での悪夢。
名前に飛び乗られたプロシュートは、うっと呻いて、休日の朝に娘に飛び乗られたお父さんよろしく眉を寄せた。
「誰が姉貴だ!オレは男だって言ってるだろ!!!!
重い!つぶれる!!!」
「失礼な!」
そう、これこれ!
やっぱり、この手のかかる妹を相手するような感じが落ち着くわ!
他人行儀な食事会は、この面子ではしたくない。
「二人とも座ってよー、オレ達も疲れた!」
「つか、リゾットがそんなの見たら拗ねるぞ?」
ソルベとジェラートに「どけ」と急かされ、名前は仕方なく体を起こした。
馴れない服でくたくたで身体が重い。あんなに味のしない食事は初めてだった。
いっそ、トマトピッツアが恋しい。
「メローネ運んできた…ぞ………」
「リゾット、おかえりー」
うつ伏せになったプロシュートの上に座ったままの名前がへらりと笑い、リゾットはメローネを担いでドアノブを握ったまま固まった。
ドサリとメローネを落としたリゾットはトイレに立てこもり、ブチャラティのスティッキーフィンガーが活躍したのだった。
「今日のオレ………可哀想過ぎない?」
ドンマイメローネ。