「もう…監禁は良いだろう。これ以上オレ達につき合わすことは出来ない」
リゾットがそう切り出し、誰も口を挟まなかった。
オレ達の…いや、他の奴らの心情は知らないから、オレの。オレの心の内側は酷く荒れ狂っていた。
ソルベやジェラートの仇を討ちたい気持ち。
わざわざボスに牙を向いてしまった二人への苛立ち。
オレ達への信頼を持たないボスへの怒り。
この仮初めではあっても、平和な生活への心残り。
ぐるぐると渦巻いて、判断力を鈍らせる。
「少しだけ…楽しかったんだ…オレ」
ポツリと呟いたメローネに視線が集まり、その全員が複雑な顔をしていた。
「オレも…いや、勝手な話しだけどよ。アイツが居て、楽しかった」
「和んじまうんだよなー…なんか、よ。クソ…勝手だよなぁ」
「でも分かるよ。普段の殺伐とした感じを忘れられてよ」
イルーゾォやギアッチョが盛り上がり、その事にも誰も口を挟まない。
口を挟まないということが暗に、全員の同意を示していた。
リゾットを一瞥すれば、二人の会話が聞こえているのか居ないのか、ぼんやりと俯いている。
(暗い顔しやがって…)
そう思っていたのはオレだけではないらしい。
ホルマジオと目があって、フッと最後の企みを思い付く。
「さんざん振り回しておいて、はいサヨナラなんてよくねぇよなー…」
オレの言葉で、その企みに気づいたホルマジオが「そうだよなぁ」と続き、メローネがニヤリと笑みを浮かべる。
久々に超鈍い我らがリーダー…リゾットで楽しませてもらうか。
これが最後の娯楽で、最後のいたずら。
巨大な敵へ立ち向かうオレ達の、それまでに作れる最後の休息。
(アイツにとっても、最後のチャンスだな。)
「何か…良い思い出を作ってやりたいな。オレ達が暗殺者であること、気づいたとしても、最後はキレイな記憶だけ残してやりたいじゃあねぇか」
「どうせだからよぉ、なんか贅沢させてやりてぇな」
「待て、何を言ってるんだ?」
困惑するリゾットに、わざとらしいほど大袈裟に眉を寄せて顔をしかめた。
「あぁ?まさかアンタ、あんな弱っちぃ人間をこの建物から一人で追い出す気じゃねぇよな?
このアジトはすでに知られてんだぜ?」
グッと押し黙ったリゾット心の中でガッツポーズを決めて、再びホルマジオに向き合う。
「とは言え…全員で行くのは不自然か…」
「最後は一人で…なるべく自然に実行しなければなぁ」
「でも、オレ達もお別れしてぇよ」
マンモーニが口を挟み、メローネがさらに楽しそうに笑う。
作戦に気づいてるなら手伝えよな。嫌なやつ。
「しょーがねぇなぁ…。じゃあ、最初は全員で出て、二人ずつアイツと話す。で!他の奴は周りをそれとなく見張る。で、最後は安全な場所に誰かが連れて行く。これでどうだ?」
最早反論なんてあるはずもなかった。
ホルマジオの案に乗っかり、追加で補正を加えて作戦を練る。
暗殺チーム始まって以来、初めての平和な作戦だった。
終始気難しい顔をしていたリゾットを説き伏せ、ホルマジオとホテルを予約する名目で部屋を出た。
「うまくいったな」
笑うホルマジオに頷き返し、タバコに火をつける。
『タバコを吸ってる時の手が好き』
ふと名前の言葉を思い出して、ほんの少し胸がざわついた。
「なぁ…リゾット帰ってくると思うか?」
「ん?……さぁな」
ホルマジオはポケットに手を突っ込んでしゃがみ込むと、吹き抜ける風の先を見つめて目を細めた。
オレ達に吹く風は、暗く冷たいように感じられる。
「帰って来なくて良いと思っちまうんだよな」
批判されるだろうと思って言ったのに、ホルマジオは目を細めたまま「そうだな」と呟いた。
誰かに希望を託すことが出来れば、自分も報われるような気がしていた。
この世界に生きてきたことを後悔などしていないのに、手が届きそうで得られないモノに気づいてしまったが故に憧れる。
「ボスに……勝ちてぇなぁ…」
そう呟いたホルマジオに、オレは答えることが出来なかった。