「調子はどうだ?」


リゾットが報告書を仕上げて名前の元を訪れたのは、もう夕方6時を回ってからだった。

ソファーに横たわった名前に、プロシュートが粥を食べさせる。
その光景に、リゾットは眉間にシワを刻ませた。
暗殺チームらしからぬ、異様な光景である。


「やっとの事で飯を食べれるくらいには落ち着いたぜ」

プロシュートはげんなりした様子で盛大な溜め息を吐き出した。
ただの見張りが、いつの間にか介護させられていたのだから仕方ない。


「ごめんなさい」

「だからもう良いって言っただろ」


頭を振って答えるプロシュートの横には、女物の衣類が詰め込まれた紙袋が置かれていた。
どう見ても『軟禁している』というより、『保護している』と言った方が正しく感じられる。


「喋れるようになったか」

プロシュートは「ぼちぼちな」と答えて粥を掬う。
リゾットに見下ろされて、名前は肩を竦めた。


「お前は何者だ?」

「私は…名前と言います。隣の小さな村に住んでいました」

「住んで…いた?」


住んでいた場所が過去形と言うのはおかしな話だ。プロシュートは眉間にシワを寄せる。


「私…両親がいないんです。今まで世話をしてくれた人に……お金儲けの道具にされかけて」

名前はグッと震える自分の肩を抱き締めた。


「命からがら逃げてこの街に…それで…」


そこで言葉を継げなくなった名前に、リゾットからの質問は淡々と続く。


「スタンドが…こいつが見えるのか」

リゾットはメタリカを出現させ、名前にじっと視線を送る。
その視線は決して温かな視線ではなく、名前はツゥと背に冷たいものが流れるのを感じた。


「昔から、見る事は出来ていました。"スタンド"って言うのは知らなかったです」


『見る事は』と明言した名前に、リゾットとプロシュートとペッシは困惑した。
見る事が出来ると言うことは、スタンド使いのはずだ。

しかし、名前にはその様子が全く見られない。


「私は…私のスタンドの、使い方が分からないんです」

理解を解さない様子の3人に、名前は身体を起こしてスタンドを出現させた。

フワリと風船のようなものが、名前の背後に出現し宙に浮かぶ。
派手さもない、ただ"そこにあるだけ"のスタンドに3人はますます困惑した。
プロシュートから一瞬送られたアイコンタクトで咄嗟にビーチボーイを構えたペッシも、ただ浮かぶだけのそれをどうすべきか迷ってゴクリと生唾を飲む。


「まだ未開発なのだろう」

精神力が安定しないために、スタンド能力が発現しただけでそれ以上の能力を見つけられないのではないか。色々な推測を走らせた結果、リゾットはその結論に達した。


「リゾット…さん」

「リゾットでいい。このチームのメンバーへの敬称は必要ない。敬語もどうでもいい」


リゾットの言葉に、名前は少し安心したようにホッと息をついた。
今後の方針があると言うことは、自分が今後生きて居られる可能性があるという事。
生きていればなんとかなる。そう信じて生きてきた名前には、"生きていられる"ということが何よりの希望だった。


「あの時リゾットが連れ去ってくれなかったら、私は死んでたから…」

覚悟を決めなくては。
ここで生きていく覚悟を…。
名前は硬く唇を引き結んでリゾットを真っ直ぐ見つめた。


「私に、出来る限りのお礼をさせて下さい」「駄目だ」


リゾットに即答され、名前は息が詰まった。
彼にとってあの時の行動が「情報漏洩を防止する」以外の意味を持たない事は、名前が誰より理解していた。

しかし、ただ座っているのを見られるのは辛かった。
それなら何か仕事を与えられてこき使われる方がまだマシだ。



「良いか、勘違いしないように言っておく…お前のスタンドには多少興味がある。とはいえ…」


リゾットはソファーに座ったままの名前に近づき、何処からか取り出したナイフを名前の首筋に添える。
触れるナイフの冷たさと、リゾットの冷たい視線が容赦なく突き刺さる。



「無許可の外出を認めない。
チームへの必要以上の干渉・詮索も認めない。
勝手な行動は許可しない。
逃げれば殺す。


理解出来たか…?」



ピタリと首筋に触れる冷たさに、名前は声が出せずに何度もコクコクと頷いて答えた。

緊迫した空気に、プロシュートとペッシも顔を強ばらせる。




「…とはいえ、オレ達がタダでお前の世話をするいわれはない。仕事をしろ」

リゾットはナイフを下ろし、淡々とした口調で続ける。
事の成り行きを見守っていたプロシュートは、リゾットの真意を図りかねて無表情で告げる彼を見上げた。


「男ばかりで丁度女手が欲しかった」

リゾットはクイッと、さっきまでペッシが立っていたキッチンを顎で示した。

「あ…」

何を言っているのか理解出来ずに目を瞬かせていた名前は、改めて周りを見渡した。
使いっぱなしたキッチンは汚れ、今まで通った廊下や今居る部屋も綺麗とは言い難い。


「家事はできるか…?」



リゾットの甘い処分に、名前と同じく言葉の意味を理解出来ずに困惑していたプロシュートが吹き出し、笑うプロシュートをリゾットがキッと睨んだ。


「クククッ…取り敢えず、メンバーの名前と顔くらいは教えても害はなさそうだな。会話もしにくい」

未だ笑いを含んだ目で見られたリゾットは、不機嫌そうに口を曲げて「そうだな」と短く答えた。


「明日合わせる。飯を食って寝ろ。仕事も山積みだ」


名前の頭をワシワシとかき混ぜて言うリゾットに、プロシュートが再び吹き出したのは言うまでもない。

名前と暗殺チームの奇妙な同居生活は、ここから始まる。


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