「おいプロシュート、いい加減にしないか」
「あぁ!?なんだ?リゾット」
「ピリピリすんな。ペッシがビビってるぞ」
そう言われてリゾットの後ろを見ると、ドアから覗くペッシが見えた。
隠れるならちゃんと隠れろよ。
「…ワリィ。ちょいタバコ吸ってくるわ…」
八つ当たりするつもりはなかったが、気配を隠せないようじゃ八つ当たりしてしまったようなもんだ。
情けない。
タバコを理由にリゾットの横を過ぎて外に出ると、辺りはすっかり暗くなってた。
「オレにも一本くれ」
「…あんたがタバコなんて、珍しいな」
頭巾を被ってないリゾットは、風になびく髪を鬱陶しげにかきあげて、オレが差し出したタバコをくわえた。
ライターを投げてやると、「なんだ、火くらい差し出せよ」とか厚かましくぼやいていたけど聞いてない振りをした。面倒くせぇ。
「何か用かよ」
分かっていてすっトボケるオレに、リゾットは黙って視線だけ投げる。
人から貰ったタバコをマズそうに吸うなよ。
「何があったんだ?」
「アンタも大概ヘタクソだよな。オレたち全員、何もなかったわけじゃねーだろうがよ」
「…そうだな」
からかったつもりだったのに、リゾットはフッと表情に影を落とす。
端から見れば分からない程度の無いに等しい変化だが、怒った時と凹んでる時だけは分かるんだよな、この男は。
「…まぁ良いさ。覚悟のない奴はここには居ない。オレも、そのための選択をした。それだけだ」
「…そう、だな」
あ、ますます凹んだな。
難儀な奴。
人を励ましに来て凹むなよ。
「…リゾット。あの女は…どうするんだ?」
二階の窓には、いつからか花が飾られている。
男ばかりの…特に暗殺者の家らしからぬその光景に、見慣れてきつつある自分が居る。
何となく眺めていると、中からドタドタと物音が響き、笑い声が続く。
どこにでもある平和な雰囲気に、たまに自分達の仕事と、置かれている最悪の環境を忘れそうになる。
「…プロシュートは、どうするべきだと思う?」
こともあろうか、結論を人に任せようとするリゾットを一瞥して、短くなったタバコを靴の裏でもみ消した。
迷うほど好きなくせに、しかもそんな女と同室で寝泊まりしている癖に、どうしてこの男はこんなに臆病なのだろう。
暗殺に関してはほぼ確実に成功させる実力の持ち主のくせに。
(さっさと気持ちを伝えて、駆け落ちでもすりゃあ良いのに。)
タバコの煙に眉を寄せて、ようやく短くなったタバコをオレと同じようにして消す男を見ながら、自分の取った行動と違う答えを出すことをリゾットに願う自分に気づいた。
「…あぁ、そうか」
「ん?なんだ?」
(オレは…本当はそうしたかったのか…)
あの日。
つけらている様な視線を感じた気がした。
それが気のせいだったにしろ、真実だったにしろ。そんな不安を抱えたまま名前と一緒に居ることを、オレは放棄したのだ。
(格好悪いな…)
真っ直ぐに笑う名前のことが何よりも好きだったのに、いつからかそれに恐怖していたのだ。
いつか別れるとき、身を裂くような苦しみを味わうのが嫌だった。
「アンタは、好きにしろよ」
「は?」
「身を裂くにしろ、不安を抱えながらも一緒に居ることを選ぶにしろ、オレたちは反対しない。一挙手一投足に踊らされてるアンタを見るのは楽しいし…」
(どの生き方を選んでも、オレよりアンタの方が格好良いんだろうよ)
「なんだ?何を言っているんだ?全く分からないんだが…」
「本当に鈍い男だよな、お前」
笑いながら家に入ると、リゾットも困惑したままついてきた。
一応は気も紛れたし、ほんの少しだけ、闇の中にまた光を見た気がする。
「兄貴」
「おう、ペッシ。何か騒がしくねぇか?ちょっと見に行こうぜ」
「分かったぜ兄貴!」
ホッとするように笑う弟分と、物騒でバカで賑やかな仲間たちと、オレはこれからも生きていく。
だからどうか、オレを忘れて幸せに生きてくれ。
もうきっと、こんなに大切にしたい人は現れないように感じられても、後悔はない。
勝手な事を言うが、最後に付き合えたのがキミで良かった。