「名前…待ってくれよ!」

「スタンド出してる奴待つわけないでしょー!?」

ようやくおば様達の井戸端会議を脱出して家に帰った名前を待っていたのは、スタンドを出したペッシとホルマジオだった。
襲い来るビーチボーイをくぐり抜け、ホルマジオをスタンドで天井へと縛りつけ、踵を返して外へ飛び出した。
一体何事なのかは分からないが、面倒な事態である事はすぐ理解できた。


「名前!こっちだ!!!」

「兄貴!?」


プロシュートにグイと腕を引かれ、名前は路地へと駆け込む。


「ね、一体何が起きてるの?皆がいきなり私を襲うのよ!」


混乱する名前の髪に、プロシュートの指が優しく触れる。
するりとなぞる指が頬に触れ、プロシュートは唇を綺麗に歪ませた。美人のこういう表情ってエロス。


「オレが名前への想いを打ち明けるって言ったから、全員が焦ってんのさ」

「へ?」


元々美人と評価されるプロシュートの顔が、息のかかる距離で笑みを消す。
細くも力強い手が名前の指を絡め取り、チュッと音を立てて指に唇が触れ、名前は息を飲んだ。
いつの間にか追いやられた壁際で片手を握ったままのプロシュートの空いた手は、名前の逃げ場をなくすように壁に置かれた。


「名前…オレと「名前みっけ!!!」

不意に視界に影が落ち、慌てて上を見ればメローネが空から降ってくるではないか。
驚いて固まるプロシュートを残し、名前はひらりと脇へ飛び退く。
何をどうしたら人が降ってくるのか。直撃を喰らったプロシュートに心の中で手を合わせた。


「危ない…プロシュートの演技に飲まれるところだった!どうせまたみんなで変なゲームしてるんでしょ!!!」


落下してきたメローネと、直撃を受けて動かなくなったプロシュートを飛び越え、名前は路地を飛び出す。
こうなったらチームの全員に追いかけられてると思わなくてはいけない。
イルーゾォの事を考えれば、鏡に近づくのも危険だ。
ホルマジオを拘束してきたのは正解だった。


「もう、見たいテレビあったのに!」


苦労して井戸端会議を抜け出したかいもなく、見たかったドラマはもう少しで終わってしまいそうだ。


「…名前?」

聞きなれた…しかし聞きなれない様子の声に振り返ると、眉を寄せたギアッチョが立っていた。
いつものようにキレているのかと思えば、少し違う様子で名前を伺う。


「ギアッチョ、こんな所で何してるの?」

「お前こそ…まさか、あいつらに追われてんのか?」


心当たりがありそうな様子のギアッチョは、ギリギリと歯を食いしばる。
困惑気味だった声は、怒りに満ちた声へと変わっていった。

「アイツら…やめろって言ったのにっ!!」


スッと温度が下がった瞬間、ギアッチョは名前の制止も聞かずにアパートへと滑り出した。
状況を知る唯一のチャンスを逃した名前はチッと舌打ちをしてギアッチョの後を追いかける。
出来れば家が無事でありますように。
そう祈らずにはいられない。

道の途中で凍りついたプロシュートとメローネを横切り、アパートへたどり着いた時にはペッシとホルマジオの氷像が出来ていた。


「色んな意味で寒いアートね…」

「おう、無事だったか?」


どことなくすっきりした様子のギアッチョと、呆れたように氷像を見上げるイルーゾォに片手を挙げて返事をした。
家が無事で何よりだ。
そして、この様子から察するに、この二人は味方のようだ。



「何やってんのか知らないけど、私を巻き込まないで欲しいわ。プロシュートなんてマジに私を口説こうとするし」

「「え?」」

「ゲームとは言え、あんなキレイな顔で迫られたらちょっとドキドキするわね」


軽く笑う名前を余所に、二人の温度はグンと下がる。


「「何かされたのか!?」」


過保護な保護者かよ。

「指にキスされただけよ?イタリアーノならそれくらい普通にできるでしょ?」

「「だからイタリアーノはダメだって言ってんだろ!?」」


お前達、自分の国籍分かってんのか。
しかもそんなこと言われた覚えはない。


「全てのイタリアーノに謝りなさい」

お前もな。

「で、どんなゲームだったの?」

「それは…「やっぱ名前は鋭いねー」

「さすがに一筋縄ではいかないね」

「ジェラート!ソルベ!?まさか二人まで参加してるの?」

笑いながら出てきた二人に、名前は呆れたように眉をひそめた。
なまじいつも仲良くしているだけに、自分の弱点も知られていそうで嫌な予感がする。

「ドラマ録画しといてあげたよ。お気に入りドルチェ食べながら見るんでしょ?」

「本当!?あーん!やっぱり二人とも大好き!!」

ソルベとジェラートに飛びつく名前の後ろで悲鳴をあげる保護者を残して、名前は部屋へ飛び込んで冷蔵庫を開けた。
この時のために買い置きしておいたドルチェを掴んで…



「ない…」

「ん?もう食べちまったのか?」

「そんなわけない!だって、今日はドラマの最終回だから、一番お気に入りのお店でティラミス買ったんだから!!」


名前はガックリ肩を落としてうなだれた。
微かに震える肩は、今にも泣き出しそうだ。

(やっぱりオレ達の勝ちだね)

(だな)

「………ね…」

二人が勝利を確信した瞬間、名前の震える声が静かに響く。

「二人が隠したのね…?」

「えぇ!?」


泣くどころか、鬼のような形相で立ち上がった名前はスタンドを出現させてわなわなと震えていた。
スッと血の気が引いて青ざめた二人は、一呼吸置いて部屋を飛び出した。

「私の楽しみだったのにーーー!!」

食い物の怨みは恐ろしいと言うが、女のドルチェへの執着ほど恐ろしいものはない。
そう今さら気づいても、もう遅い。


「返してよ!!」

返せと言われても、もう食べてしまったなんて恐ろしくて口に出来ない。
落ち込んで泣くという二人の予想は外れ、勝利の確信は命の危険信号へ姿を変えた。


「待てーーー!!!」

「「待つわけねーだろ!!」」

「なんだ、やっぱりこうなったか」

「「リゾット!!」」


二人には、ふらりと姿を現したリゾットに後光が差しているように見えた。
ソルベとジェラートは一目散にリゾットの後ろに隠れる。


「リゾット、二人を庇わないで…良いことにならないわよ?」


まるで百戦錬磨の戦士のような気迫で、名前はリゾットに迫る。
今なら多少の指令も難なくこなせそうな勢いだ。

「まぁそんなに怒るな」

「何よ皆して!!せっかく皆が休みの中を一人で仕事して帰ってきたのに…皆で私をからかって遊んで…」

「名前…」

「リゾットまで皆の肩持つの!?」


「名前、お前のドルチェならオレが買ってきてやったから落ち着いて人の話は最後まで聞け」


そう言って、リゾットは片手に持っていたドルチェの箱を差し出す。

「…え?」

「誰かがお前のドルチェを食べる作戦に出るだろうと思っていたからな。中身を調べて買いに行ってきたんだ」

中身も確かにティラミスだと、箱を開いて見せる。
こんなに空気を読めるリゾット見たことない。

「そんな…」

「能書きがやたらに長いケーキ屋のドルチェだろ?」

「リゾット…」

「遅くなって悪かったな、ちょっと店が遠くて…一応プロシュートにはメローネ投げといたんだが」

「そこは普通に助けてよ」

リゾットは名前にティラミスを手渡して、唇を尖らす名前の頭を撫でた。



「それより、仕事立て込んでて大変だったらしいな…疲れただろ、悪かったな」

張りつめた気持ちが、ようやく緩む。
そんな瞬間は涙が出るものだ。

「うん……疲れたよぉ…」


微塵もそんな気配を見せていなかったが、よほど疲れていたのだろう。
名前はリゾットに頭を撫でられながらそう言って泣いた。


「これは…」

「リゾットの…いや、マードレの一人勝ちだな…」

















「いや、待てよ?」

プロシュートはモップをかける手を止めた。

「リゾットは賭けを止めなかったよな?」

「だからどうしたんだい?兄貴」

プロシュートの呟きに、今や全員が掃除をする手を止めて続きを待つ。
そう、リゾットは賭けの提案をするその場に居たにも関わらず、それを止める発言はしなかった。
にも関わらず、リゾットはまるで自分が賭けを止めようと試みて失敗したかのように、それを謝罪したのだ。


「もしかするとだけどよぉ…」

「あんにゃろー…」


ソルベしジェラート、さらにはホルマジオもそのことに気づいて目をつり上げた。

「「「「全部作戦かよーー!!!!」」」」


「ほら、お前達!さっさと掃除しないと年が明けちまうぞ!!」


「「「「「「「チクショーーーーッ!!!」」」」」」」





もうリゾットと賭けはしないと、皆は頭ではなく心で理解した。


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