「と言うわけで、身柄を預かる事にした」
ギアッチョとメローネは既に知っていたので、さして面白くなさそうにチーム内に突如現れた異物を見ていた。
鏡側から見られているとは気づかない名前は、ぼんやりとソファーに身を預けたまま宙を仰いでいる。
急に集められ、話を聞かされたメンバーの反応は多様だった。
「バンビーナがチームにねぇ…」
プロシュートは何よりリゾットの取った処置が不思議だと続ける。
「殺っちまったら駄目なのか?」
面倒事を避けるならそれが一番だとホルマジオも頷く。
「鏡に閉じ込めっぱなしにしちまうか?」
イルーゾォが提案すると、全員が「あぁ」と感嘆の声を上げた。
「いや、泳がせる」
それが何を意味するのかは、彼らは直ぐに察する事ができた。
つまりは素性も目的も知れない彼女を、軟禁して探るということだ。
「最初はプロシュートとペッシに頼む」
「si、行くぞペッシ」
これから名前には交代で見張りが着く。
誰かがリゾットに送り込んだスパイではないかという疑いが、簡単に晴れる事はないだろう。
(こりゃ当分子守りだな…)
プロシュートは後ろを歩くペッシにバレないように溜め息をついた。
ーコンコン
一応のノックの後に入室すると、名前は窓からボンヤリと外を見ていた。
あんまりにもボンヤリしているから、薬でもやっているんではないかと疑ったがそんな形跡は見られない。見張ると言っても、プロシュートもペッシもそれぞれが雑誌や本、新聞等を手に椅子に腰かけた。
敵と呼ぶにもスパイと呼ぶにも張り合いのない女の様子に、プロシュートもペッシも今一つ警戒心を抱けなかった。
「兄貴…」
小一時間もすると、ただ黙った女を見張っていて、間が持たなくなってきたらしいペッシはもう何度も読んでしまった雑誌を机に置いて不安気にプロシュートに声をかける。
見ず知らずの男に見張られて、不安にならないのだろうか。
昨日から軟禁され黙っているという事は、親やなんかは居ないか…話がついているかのどちらか。
いや、放置されている可能性もある。
プロシュートの雑誌を捲りながらの考察も、完全に行き詰まった所だった。
「……飯でも食うか。ペッシ、これで何か買ってこい、名前の分もな」
プロシュートはペッシに食事を買いに行かせて、今度は名前の観察を始めた。
服は裾が擦れていて、あまり身なりが良いとは言えない。
お嬢様と言うわけではなさそうだが、仕草にはどこか女らしい気品もある。
ある程度の教育はされているのだろうか。
着ている服や動きから推理をしても、全く名前の真実に近づいた気がしない。
話かけても首を縦か横に振るだけで言葉を発することのない女から、リゾットは一体どうやって名前を聞き出したのだろうか。
どうしても行き詰まる推理を止めてタバコに火をつけ、煙を吐きながら名前を眺める。
タバコの煙が気になるのか、吐き出す煙がゆらゆらと霧散するのをジッと見ているようだ。
(まるで年端のいかねーガキだな)
プロシュートが煙でプカリと輪を作ってやると、名前は不思議そうに目を丸くして見ていた。
「おいおい…本当に子供かよ」
「兄貴、買って来たよ!!」
ペッシが良い香りと共に部屋に飛び込んでくると同時に、名前の腹がグウとなったのをプロシュートもペッシも聞きのがさなかった。
「………腹減ってたのか」
初めて名前が人間らしい反応をした事で、プロシュートとペッシは密かに胸を撫で下ろした。
まるで人形のように虚ろだった瞳に、並べられた食べ物や飲み物が映って光が宿る。
どうやら空腹で衰弱していたらしい名前は、食べ物を次々と口に運ぶ。
「待てよ…衰弱するほどの空腹って……
おい、待て!いきなり食うと…」
プロシュートが気づいてそう言った直後、名前はトイレへ駆け込んでいた。
「吐いた?」
「手のかかるバンビーナだぜありゃ」
食べた物を全部吐いてソファーで横たわる名前をペッシに見張らせて、プロシュートはリゾットに報告と…外出許可を求めて事務作業用の部屋に来ていた。
書類から視線をプロシュートに移したリゾットは、プロシュートに外出許可を出した。
もどして汚した服の代えと、ついでに下着等の調達も任されたプロシュートは一人頭を抱えて部屋を出た。
男に一人で女ものの服と下着…。
プロシュートにはある意味、暗殺よりもつらい任務に思えてならなかった。