ポッカリと空いた穴を押さえるように、そっと胸を押さえた。
胸から温かいモノが流れ出ているかと思ったが、ただ隙間風が吹き抜けているように寒いだけだった。


「オレも…」

それだけ呟いて、口を閉じた。
札付きのワルにだって、言ってはいけない言葉くらい理解出来る。
フゥと紫煙を吐き出して、闇に浮かぶ星を眺めた。
目を閉じて浮かぶのは、冷たくなった最愛の友人の姿。

"最愛"と"友人"が同じに並ぶのが不思議ではあるが、彼はそう表現するのが最も相応しい。



「花京院…」


呼んでも応える声はない。
喪われてしまったのだ、DIOの手で。
まだ出会って50日ほどだった。
まだ話したい事も山ほどあった。
共有したいものも、伝えたい事も交わしたい想いも。


「花京院っ…」


深夜に、誰にも聞かれないように小さな声で呼ぶ。
夜空に願うように、開けた窓の縁に突っ伏して静かに涙を溢す。
そんな女々しい行動が日課のようになっていた。











「何をしているんですか?」

「っ!!!!!?」


不意に聞こえた声に承太郎が頭をあげると、「呆れた」と眉を寄せる思中の人物が隣に立っていた。


「全く、キミって人は本当「花京院」


以前と何ら変わらず偉そうに説教でも始めそうな花京院の唇を、勢い良く承太郎のそれが塞いだ。

最後に冷たいキスをしてから、もうすぐで共に過ごした時間と同じくらいの時間が経過しようとしていた。



「逢いたかったぜ」


突然の事に、花京院は驚いて目を丸くした。咄嗟に息を止め、身体を強ばらせた。
それでも止める様子のない承太郎は何度も角度を変えては唇を啄み、繰り返し「花京院」と切なく呼ぶ。

自分よりも大きな身体の大きな腕に抱き締められて、花京院はフッと息をついて笑った。


「こんなに情けない空条承太郎は初めて見ました」


ふんわり優しく微笑み、けれど辛辣な言葉に承太郎は目を細めた。


「普通は驚くところです」

「驚いてるぜ?」

「どこがですか?」


クスクスと笑う花京院は、チラッと横目に時計を確認して星空を見上げる。
その行動の意味を、承太郎は何となく理解した。


「綺麗ですね」

「…あぁ」


星空以外にも一緒に見たい物は山ほどある。
海も一緒に行きたい。
川も山も、エジプトじゃない国にも。



「綺麗だな」


……言えるわけがない。
悲しみの丈をぶつける為に今を使いたくはなかった。
同じように空を見上げて呟くと、花京院は嬉しそうに笑う。どこか儚げで、悲しげでもあった。


「承太郎」

窓枠にかけた手に、自分より少し小さな男の手が重ねられて体温が行き交う。
まるで彼が生きている時のように、当たり前に温かいその手を取ってキスをした。


「花京院…」


もしも夢でも、自分の頭がおかしくなってしまったとしても構いはしない。
承太郎に真っ直ぐ見つめられた花京院は、困ったように笑って頷いた。

もう一度指にキスをして、ゆっくりと唇を重ねる。
柔らかな唇は温かく、最後だと思ってしたキスの温度を掻き消していく。


「 」


ポツリと自分の耳にだけ落とされた愛の言葉に頬を染め、花京院は再び困ったような顔をした。


「キミって奴は…」


承太郎の肩越しに、一筋の流星が落ちて消えるのを見た気がした。






















「もう少しで夜が明けます…」

「…………そうだな」


乱れた制服を整えて、花京院はベッドから降りた。
床の冷たさが気持ち良い。


「僕は…「言うな」


花京院の言葉を遮り、承太郎はベッドに顔を突っ伏した。
大きな身体は、頼りなく震える。


「いいや、僕は言わなければならない…その為に来たから」

承太郎の震える手を取り、両手で包んでそっとキスをした花京院は弱々しい笑みを浮かべる。


「承太郎、キミは…生きて下さい。

いつか結婚して、"お父さん"なんて呼ばれるんだ」


想像も出来ない。
誰より大切な存在は永久に喪われ、今はまだそれ以上の事は思い描けない。
笑う花京院の話を、まるで他人事のように聞いていた承太郎の目に朝日が射し込む。


「あぁ…時間です」


花京院が外を振り返り、反射的にその肩を抱き締めた。
どう見ても彼も自分も男。分かっているのだ、倒錯的な事だということは。
死を免れていたとしても、うまくいくとは限らなかった事だって分かっているのだ。
それでも望んでしまうのは、切望しても手に入らないと分かっているから。


どう足掻いても……もうどうにもならないから。




「いつか…」


背中から抱き締められたまま、花京院は小さく震えていた。


「いつかまた、キミがどう生きたか聞かせて欲しいんだ」

「……分かった」



承太郎の答えに満足したのか、花京院が浮かべた笑みは多分…これまでで一番幸せそうな笑顔だった。
承太郎の腕から抜け出し、振り返ってそっとキスをした。

花京院からキスをする事はとても珍しい。
承太郎は目を僅かに見開き、朝日の透ける花京院を見た。


「少しの間、お別れです」


「どうせオレも直ぐに逝く」

「お断りしますよ。真面目に長く生きて下さい」


土産話は長くなければと笑う花京院は、穏やかな眼差しで承太郎を見つめ、いよいよ明るくなった空に花京院の身体はほとんど見えなくなっていた。


「楽しみにしています。
だから……」

「あぁ…」






「「さようなら」」


流れ星のもう見えない空に、ポタリと光る滴が一筋流れて消えた。













死ぬと言うことはどんな事だろうか。
温かくもなく、冷たくもなく。
寒くもなく暑くもない。
あっと言う間で、とても長い。

眠りに落ちるように目を覚まし、奇妙な事に、どこでもない場所で倒れていた。


「承太郎、お久しぶりです」

覗き込む影が花京院だと気づいて、承太郎は慌てて身体を起こした。


「お疲れ様でした」

「あぁ…」

昔と変わらない花京院の笑顔に、ホッと息をついて立ち上がる。
いつの間にか、承太郎も高校生の姿だった。


「約束通り、色々聞かせて下さい」

「そうだな」


手を繋いで歩きながら、最後に逢ったときのように時間制限のない世界で、二人でのんびりゆっくり、いつまでも。


「今度はずっと一緒なんだろ?」

「えぇ、約束します」



抱き締めてキスをして、今度こそずっと一緒に…。


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