第四夜
「本当にカーズ様はそんなに長生きしてるの?」


カラッと油切れ良く上がった唐揚げを頬張り、片手に茶碗、もう片方の手に箸を持ったカーズはじろりと私を睨んだ。疑うような視線が気に食わなかったのだろう。


「信じろと言ったところで、何を根拠に信じさせれば良いか…。光の流法は使わない協定だからな」


そう言えば前にもそれっぽいことを言っていた。
条約とかなんとか…。



「聞いたとおり、我々は特殊な集まりだからね。吉良が静かに暮らしたいと言って、最初に色々な取り決めをしたんだ」

「へぇ…」

プッチの言葉になるほどと頷いて音も立てずに味噌汁を飲む吉良を伺えば、名前の視線に気づいてフッと目を細めた。
口に含んだものを嚥下し、「何だ?」と僅かに首を傾げる。


「静かに暮らしたい殺人鬼なんて初めて見ました」

「…。そもそも、殺人鬼になんてそんなに会うものではないからね」


確かに。
名前が感心したようにフフッと笑うと、吉良は肩を落としてため息をついた。自分に不利なこの状況は、どうやら居心地が悪いらしい。責めるようなつもりは全くないのだが。


「DIO様とカーズ様が、日光に当たったら灰になっちゃうの?」

「ぬ…ぅ、」

「そうだな。まだ太陽を克服出来てはいない」


DIOは苦虫を噛み潰したような顔をしているが、カーズは涼しい表情のまま味噌汁をすする。
彼らが普通の食事をしていることは、改めて考えてみると不思議なものだ。吸血鬼が人間の食事を取るなんて。

「美味しいですか?」

「味が少し薄いな」「吉良はそろそろ塩分を気にする年頃なのか?」


失礼な事を言うのは、やはり涼しい顔のカーズだ。
吉良の協定に本気で従うつもりもないように見える。彼は究極生命体らしいから、そこから考えれば人間の気遣いと言った概念を持ち合わせていなくても致し方ない。


「今日は大統領は?」

「仕事が忙しいんだそうだ。そもそも、この部屋に住むことを嫌がっているからな…。アイツだけはどうも強制力が効かないらしい」

「俺だってこんな所で暮らしたいわけじゃあない。俺は帝王なのに…」

不服そうに舌打ちをしたディアボロも、おそらくこの部屋での生活に満足はしていないのだろう。この濃いキャラ達の中にいては、不満があってもおかしくはない。
定期的に死ぬことを除けば、この特殊な環境の中で彼が最も平凡に見えた。帝王らしいが。



「今日の唐揚げもすごく美味しい!!吉良さん本当に料理上手ですね」


名前は唐揚げを頬張って笑った。サクサクの衣も、肉の加熱加減も絶妙だ。いつご馳走になっても本当においしくて、ここでお世話になっていると太ってしまいそうだ。


「喜んでもらえてよかった…」


先ほどの会話を引きずっているのか、曖昧な笑みを浮かべる吉良に「お世辞じゃないですよ」と言って笑い、もう一口唐揚げを口に入れた。
殺人癖さえなければ、彼はきっと引く手数多だろう。
料理洗濯、掃除だって上手いし遣り繰り上手。こんなに出来た旦那なら誰でも欲しい。私だって欲しい。


「そういえば、私七人目の住人さんにはまだお会いした事がありませんが」


ふと思いついた疑問を口にすると、DIOはキッと眉を寄せて「会わなくて良い」と言い放った。DIOを敬愛していると自称するプッチはその言葉になんとも言えない曖昧な笑みを浮かべ、「縁があれば会えるのではないかな」となんとも神父らしい答え。
彼が地球の全ての生き物の歴史を変える力を持つ危険人物だとは到底思えない。


「それよりも名前、今日の紅茶は新製品なんだ。このDIO直々に購入したものだぞ」

「購入と言ったって、通販で取り寄せただけではないか」


カーズの言葉に「うるさい、黙っていろ」と口を尖らせたDIOは、名前を振り返って「しかも期間限定商品だ」と自慢げに笑う。こうして普通にしている分には、とても態度がでかいだけの美人だ。


「おい」


名前がDIOに笑い返すよりも少し早く、吉良が眉間の皺をグッと険しくしてDIOを睨み付けた。平穏主義の彼は、食事中の彼らの雑談にはあまり関わらないのでとても珍しいことだ。


「その金はどこから用意したんだ?」


今にも手に持っている茶碗にピシリと音を立てて亀裂が入りそうなほど、彼の手には力が込められていた。そんなに怒る吉良を、名前はまだ見た事が無かった。


「押入れの中に落ちていた物を私が見つけたのだ。問題なかろう」


DIO様、それは所謂“へそくり”というものではないでしょうか?
問題はありまくりってやつなのでは無いでしょうか?


「押入れ・・・、まさか、全部使ったと言うのか!?」

「ぬ・・・少し残っている」


DIOはゴソゴソとポケットを漁り、茶封筒を出すとそれをちゃぶ台の上で逆さまに振った。金額にしてもないに等しい。
チャリンと音を立てて数枚の小銭が転がり落ち、名前は部屋の温度がグッと下がったのを感じた。



「忘れられている金がこの家にあるはずがないだろう!!!少しずつ溜めていた金なんだぞ!!!!」

「フン、このDIOが見つけたのだ!!そもそも、使ってしまったのだ。それをケチケチするもんではない」


DIOに反省の二文字は存在しないに違いない。
絶句し、わなわな震える吉良に、名前は咄嗟にカーズの背後に隠れた。
ガタンと騒々しく立ち上がった吉良が片手を挙げ、「キラークイーン!」と叫んだ。
その瞬間だった。
吉良の前で食事をしていたはずのDIOが、瞬きをする程度の隙に吉良の背後に立っていた。
それは一瞬。ドラマのワンシーンの繋ぎを間違えた映像のように不自然な出来事だった。
何が起きたのか理解するよりも早く、DIOが先ほどまでいた場所に、DIOが突然吉良の後ろに現れたのと同じくらい不自然に、DIOが居た場所に唐突に現れていたディアボロが、シュゥシュゥと煙のように霧散した。


「・・・え?」


戸惑う名前をよそに、吉良はハッとして背後のDIOを睨みつけた。
対するDIOは腕を組んだままただ静かに笑みを浮かべて吉良を見返す。
なんだかよく理解できないが、ディアボロが巻き添えを食ったのは恐らく勘違いではない。


「いくらディアボロだと言っても、盾にする奴があるか!?」

「フン…直に帰ってくる。問題ないだろう」

「お前っ!!っ、・・・はぁ。もういい」


これ以上怒っても無駄らしい。そもそも、DIOといい、カーズといい、人の言う事を律儀に護るタイプの生き物ではない。(DIOに限って言えば一度死んで蘇った吸血鬼という意味で、生き物と分類すべきかどうかも分からない)
苦虫を噛み潰したような面持ちで座りなおした吉良は、ふとカーズの背後に隠れた名前に気付いて困ったように眉を下げた。


「恐がらせてしまったか・・・。すまなかったな」

「・・・いえ・・・。あの、ディアボロさんは・・・?」

「恐らくもうすぐ帰ってくる」

「え?…一体どういう…」



「最初に会ったときに言っただろう、馴れるとな。不服だが」


玄関のドアがガチャリと開き、疲れた顔のディアボロがのそりと部屋に入ってきた。
記憶を手繰れば確かに「馴れる」と初対面の日に断言された。今日は頭から血を流していないが、これではどうにも気の毒だ。


「今日は早かったな」

「今回はこの建物の前に現れる事が出来たからな。それよりも貴様、盾にしたな!?許さんぞ!!!」

「どうすると言うのだ」

「この俺が直々に「…ディアボロさん、私の隣に座りませんか?なんかあんまり話せないって言ってたし」


DIOに鋭い殺意を向けていたディアボロは、突然の申し出にきょとんと目を見開いて名前を振り返った。挑発していたDIOも、同様に驚いて名前を振り返る。


「ほら、DIO様、少し寄って下さい」

「ぬ!?」


グイグイとDIOを押しのけて作った空間に移動し、名前は自分がいた場所にディアボロを拱く。
呆気にとられた吉良とDIOも名前の行動を見呆けていたが、カーズは茶をすすってから「このカーズを盾にする女だからな」と小さく笑った。


「そもそも理解しようとすることが間違いなんですよ」

「あぁ、開き直れたと言うことですか」

「とにかく、人間だろうと吸血鬼だろうと、私のお隣さんですからね。ご近所付き合いは円満に円滑にやっていきましょう!!
憧れだったんです、お隣さんと仲良くなるの」


こうなればある程度のことは馴れて受け入れるより他になく、あんまり遠慮して発言を控えていてはドタバタ劇に巻き込まれるだけなのだ。
「私も少し図太く強くならないとね」と呟いた名前にプッチは笑っていたが、かなりの兵が現れたのだと、そこにいる誰もが悟った。

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