第三夜
この辺りに引っ越してきて数日。
私はまだこの辺りの地理に明るくない。というか、正直に言おう。元々方向音痴なのだ。


「困ったな・・・迷っちゃった」


まさか自分の家から、職場であるスーパーで迷うなんて誰が思うだろうか。
これ(方向音痴)のせいで両親からは家を出る事を強く反対されたが、いつかは向かい合わねばならない問題だと覚悟を決めて出てきたのだ。諦めるわけにも行かないが、今は何より仕事に間に合わなくなる事を回避する事が最優先だ。
道を尋ねるべく辺りを見渡すと、丁度歩いていた男性に駆け寄って声をかけた。


「あのっ!!!」

「ん?」


振り返った男性は身長が二メートル近くある体格のがっしりした人で、しかしその表情からは人柄の良さが感じられる。
困ったように眉を寄せる私に「どうしたの?」と優しげな笑みを返してくれたので、緊張していた私はホッと息をついた。


「道に迷ってしまって・・・カメユーはどっちに行けば良いか分かりますか?」

「あぁ、それなら反対方向だけど・・・」

「反対!?」


やってしまった。
来た道を引き返すことを考えながら振り返って絶句していると、ポンと肩を叩いた親切な男性がニッコリ笑った。


「僕これからカメユーに用があるから、良かったら一緒に行かないかい?」


これは・・・突然降って沸いた幸運!!!
なんて親切な男性なんだ!!!!隣の不思議かつ不穏なことばかり喋る傲岸不遜な男性陣とは全く異なる(いや、彼らも彼らで面白くて親切だが・・・)、ありきたりな・・・しかし非常にありがたい親切な申し出に思わず手の平を組み合わせて「ありがとうございます!!」と涙ぐんでしまった。


「アハハ・・・大したことではないよ。じゃあ行こう」


それが天使のような好青年、ジョナサン・ジョースターとの出会いだった。
私は最近引っ越してきたこと、よく道に迷うことを話し、彼は大学生だと教えてくれた。


「考古学を専攻しているんだ」

「わぁ、賢いんですね」

「そ、そうかな」


照れたように笑うと、大人びた顔から大学生らしい表情へと変わる。
一緒に暮らしている家族が大人数で、しかも個性派ぞろいだから手を焼いているらしい。


「個性派といえば、私の暮らすアパートも個性派揃いなんですよ」

「そうなの?」


アパートと呼ぶには小さく、はっきり言えばおんぼろな建物なのだが、そこはほんの少し見栄をはる。どうせ招くこともなければ、彼ともカメユーまでの道程限定の仲なのだから許されるだろう。


「じゃあ名前ちゃんは今、その個性派揃いのアパートで一人暮らしなの?」

「はい」

「それは・・・女性が多いの?」

「いいえ、男性ばかりですが・・・」

「女の子一人で、大丈夫かい?」


なんて好青年だ。どこまで優しいのだろうか。
私は本気で心配するジョナサンに「大丈夫」と笑い、彼らの親切さを少しアピールすることにした。


「昨日もケーキを全員で食べる場に招いて頂いて」

「えぇ!?家に行き来する仲なのかい?」

「え・・・変ですか?」

「名前ちゃん、相手は男性なんだから、もっと警戒しないといけないよ」


それは自分のことも含めて言っているのだろうか。
どうも自分の事を棚に上げている天然ぽさが、好感が持てる。


「大丈夫ですよ、私こう見えてもちょっと強いんです」

「それはそうだとしても、キミは女の子なんだから」


こんなに女の子扱いされて、本気で心配されるのはいつ振りだろう。
空手で段位を取ってからというもの、私の周りでは私を男に分類する人間が増えた。
方向音痴な私を家から出す条件で始めた空手が、たったの数年でまさかの段位。そりゃあ確かに一目置かれるかもしれないが、男扱いは酷いと思う。あんまりだ。


「その隣人は優しいのかい?」

「えぇ、変わった人たちです。男ばかり七人で暮らしてるんですよ」

「・・・なな・・・人?」


急に立ち止まり、ジョナサンは目を見開いて私を見ていた。
その顔色は、心なしか先ほどよりも少しだけ青ざめて見える。


「もしかして、ディオって男が居ないかい?」

「え・・・知っているんですか?」

「やっ・・・やっぱり!!寄りにも寄ってあそこに入居しちゃうなんてっ!!!」


ガシッと肩を掴まれた私は、衝撃的事実を知らされることになる。














「名前、晩飯一緒にどうだ?」

「ディアボロさん、今日は無事なんですか?」

「あぁ、見ての通り・・・・・・・・・っ!?どうしてそれをっ!!!」

「今日たまたま知り合ったジョナサンって人に聞いたんです。ま・・・まさか人間じゃないなんて・・・」


恐いのかと聞かれれば恐い。
吉良がたくさんの人を殺したことも、カーズやDIOが人間ではないことも、ディアボロがギャングの元ボスで毎日のように死んでは生き返る呪いのようなものにかかっていることも、親切に見えていたプッチが実は危うく地球上の全ての生き物の歴史を変えてしまいそうだったことも、恐いといえば恐い。
けれど、彼らと楽しく過ごしてしまった。間違いなく楽しかった。
嫌いになれないしなりたくないのに、それらを知ってしまった上でどんな顔をして会えば良いのか分からない。
「大変だ」と慌てて帰って行ったディアボロがいた空間を見つめ、私は今にも泣きそうだった。



「どうしたら良いんだろう」


混乱させたことを謝罪したジョナサンは、別れ際に連絡先を教えてくれた。
“今は一応大人しくしている彼らだから、もし危険を感じないなら隣人として仲良くしてあげて欲しい”と言っていたジョナサンは、きっと彼らを信用したいのだ。
その上で、近くに身寄りがない私に、念のためと逃げ場を用意してくれたのだ。



「・・・、名前・・・」

抱え込んだ頭の上で声がして顔を上げると、吉良が何とも形容し難い顔をしていた。
吉良だけではない、DIOもカーズも、プッチもディアボロも苦い顔をしている。


「・・・出て行くのか?」


DIOの問いかけに、私はすぐ答えられなかった。出て行きたくない。
でも、もしかすると、真実を知った私と彼らの関係は変化してしまうかも知れない。出て行って欲しいと、彼らが思っているかも知れない。


「出て行くな!!折角面白くなってきたのだ!!」

「・・・カーズ様」


大昔からもう何億年と生きているらしい彼は、今日もきちんと服を着ている。普段を褌ですごす彼にとって、服は私が来ることへの対策だ。窮屈なのを我慢しているかもしれない。


「そうだ、このDIOと紅茶を堪能する約束はどうしたのだ!」

「お、俺もこの厄介な体質のお陰でほとんど喋れてないぞ!」


DIOとディアボロの主張にプッチが笑って頷くと、そっと私の前に肩膝をついた。
同じ目線で、プッチが今までで一番優しい声色で尋ねる。


「名前さんは、どうしたいですか?」


「わ・・・わたし・・・・・・」


初対面からいきなり血まみれだったディアボロも、褌姿で出てきたカーズも、優しく私の話を聞いてくれるプッチも上からの物言いをするくせにいつも親しみの持てる話題を出してくれるDIOも、静かに暮らしたいと事あるごとに言いながら、私をマメに招いてくれる吉良も、とても好きだ。



「皆とご飯食べたいです」



しょうがない。
私は知らずに越してきたのだ。
不思議な力を持ったこの人たちと、吸血鬼と究極生物の暮らす、隣の部屋に。
知らないまま、とても好きになった。
この騒がしい人たちと過ごす日々を。



「今日はから揚げだぞ、冷める前に食べよう」

「ご馳走になります」


吉良が差し出した手は大きく、温かい。
さすがにこだわりがあるだけあって綺麗な肌だ。


「名前、俺の彼女にならないか?」

「私、まだ生きていたいので」


フフッと笑うと、吉良が困ったように笑っていた。
この不思議な人たちと、私は今日から軽口も叩ける隣人です。


「ほんの少し、自分が可哀想になってきたよ」

「え?何か言いましたか?」

「いや、自業自得ってこういう事を言うんだろうと思っただけさ」

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