第二夜
「吉良がケーキを買ってきたんだが、一緒に食べないか?紅茶も淹れる支度をしている。呼んでこいと言われたんだ。来い」

ディアボロがそう言って現れたのは、すっかり日も沈んだ8時頃だった。
夕食を終えて一人寂しくテレビを見ていた私は、二つ返事でその誘いに乗った。(そもそも選択肢を与えられてはいないが…)



「名前、俺の隣に座れ!!ショートケーキは好きか?」

「こんばんはDIO様。イチゴが甘いのが特に」

バシバシと隣の座布団を叩くDIOに、まだ緊張しながら挨拶をして指示のままDIOの隣に座る。
今日は服を着ているカーズ様が「お前が名前か」と言って腕組みしたまま私の足の先から頭のてっぺんまでを観察し、「平凡だな」と呟く。
えぇ、平凡ですとも。でもなんですか!?どうしてこの家の男はこうも偉そうな人揃いなんですか!?社長なんですか?ボスなんですか!?帝王ですか?神様ですかー!?


「なんだ、怒っているのか?真っ赤になって頬を膨らませて……小動物のようだな」

「カーズ。粗相のないようにしてくれよ。今日はこちらからわざわざ来てもらっているのだからな」

「フン・・・」

ケーキを小皿に分けた吉良が念を押して確認するようにそう言うと、カーズ(彼もDIOと同じく帝王か何かのように偉そうなので、念のため“様”づけで呼ぼう)は面白くなさそうにテーブルに肘をついてしまった。どうやら私が来たことで色々と揉めているらしい。
いっそ行かないと返事すれば良かったのかも知れないと後悔していると、吉良が私にイチゴのショートケーキを手渡して畳みの上に膝をついた。


「名前、どうか気にせず・・・いつでも気軽に尋ねて欲しい。隣人なのだから」

「吉良さん・・・」

「名前、そいつには気をつけろよ。女癖が悪いからな」


ズイと吉良の顔を押しのけたDIOは、お盆の上からガトーショコラを選んで取りながらそう笑った。聞き捨てならない報告である。


「え・・・」

DIOの言った言葉が真実かどうか。それは自分自身で判断しなければならない。そう思ったにも関わらず、それは反射的になのだが、スッと身体を半身ほど引いてしまった。
気付いた吉良がDIOをキッと睨みつけ、おもむろに私の手を取り「真に受けるな」と呟く。
悲しげな表情がなんとも悲しげで、吉良の言葉を信用したくなる。
そもそも疑り深い方でもない。身寄りのないこの街に単身出てきて、こんなに親切にしてくれているのだ。疑うなんて罰当たりだ。

「信じてますよ、吉良さん」

「ケーキ一つで安い女だ」

「黙ってください」


フッと笑いながら鋭いツッコミ。整った顔立ちはいかにも賢そうで、しかし冷たい声調子。
そんな他人を見下すようなカーズに反射的に言い返してしまった事に後悔して固まる私を、カーズは少し驚いたように目を見開いたまま見ていた。やはり殺されるかも知れない・・・。


「名前と言ったか・・・」

「は・・・はい」


声が上ずり、喉が張り付く。
ゴクリと生唾を飲んで振り絞るように返事を返すと、カーズはにやりと笑った。


「面白い。今度からこの家に来た時はこの私に一声かけろ。必ずだ。いいな・・・?」


ひぃぃぃいい!!!!気に入られてしまったのでしょうか!?
毎回パシリにされてしまうのでしょうか!?!?!?
下僕なのでしょうかぁぁぁぁあ!?!?!?


「・・・は、はひ」


頷くより他に無い。


「不幸体質なのか?お前も・・・」

もぐもぐとスイートポテトパイを口に運ぶのは、いつの間にか着席したディアボロだ。
呼びに来てくれた時もそうだったが、今日は血に塗れてない。そもそも良く考えてみれば人が血を頭から流して平気な顔をしているはずなどないのだ。あれはきっと・・・そう、ジャムだ!!!!
DIOがおいしそうだと言っていたし、間違いない。


「ディアボロさん、こんばんは。私“も”ってなんですか?それだと誰か他にも不幸体質な人がいる前提だと思うんですが」

「・・・」


今度はだんまりかぁ・・・!!!!
何か怒らしてしまったのか、もしくは触れてはいけないことだったのか。
ディアボロは私を横目に睨み、口を開く様子はない。もぐもぐとパイを頬張るだけだ。


「名前さん、ご機嫌いかがですか?」


スッと襖が開いて出てきたのはプッチ神父だ。
今日もしっかりと着込んだ神父服が彼の纏う空気を清廉なものに感じさせる。ピンと背筋を伸ばして挨拶をすると、プッチは穏やかに笑みを湛えた。
彼が女性だったらば、理想的な大和撫子だったに違いない。


「プッチ、名前がディアボロの痛いところに触れたのだ。見ものだったぞ」

「それは面白いところを見逃したかな」

「プッチ、お前まで面白がるのは止めろ。俺が後始末するんだぞ」


何が面白いのか知らないが、プッチとDIOがいたずらっぽく笑った事について、吉良は良く思ってないようだ。


「と……ところで、皆さんはどういう関係なんですか?」


話を変えようと必死に話題を探してそう言うと、ピシリと音を立てて空気が凍った。地雷だったらしい。今日は厄日だ。


「そうだな・・・。共通のライバルがいる縁・・・ってのはどうかな?」

「気色悪い事を言うな吉良。あんな男がこのカーズのライバルだと言うのか!?」

「彼女の世界観に合わせて“ライバル”と言っているだけだ。話を合わせる事すら出来ないのか・・・キミがその程度の天才だとは思わなかったが?」

「・・・フン、まあいい・・・・・・」



得意気ーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!


天才と呼ばれて気を良くしたのか、途中まで苛ついた様子だったカーズが若干得意気だ!!
吉良はこの家を取り仕切っているのか、問題を解決するのは吉良が主体になっているようだ。そもそも他のメンバーが自由奔放すぎる気もする。


「ご苦労なことだ。どうせすぐにばれると言うのに」

「DIO、黙っていてくれないか。隠す気がないお前達のせいじゃあないか!!私は植物のように静かに暮らしたいだけだと言うのにっ!!!」


DIOが興味なさ気にフォークを咥えて放った言葉は、吉良を脱力させるには十分すぎる威力があったらしい。
ガックリうな垂れて両手を畳みについた吉良の背中は、絶望感すら感じさせる。ちょっとかなり気の毒だ。


「あの・・・吉良さん。よく分からないですけど・・・お疲れ様です・・・」


ポンと手を吉良の肩に乗せると、猛烈な勢いで振り返った吉良がガシッと私の手を握る。
驚く間もなく引っ込める事も思いつかないまま、吉良は徐に頬を寄せて頬ずりをしたのだ・・・私の手に・・・。
スベスベに見えた吉良の頬は男性特有の硬さを持ち合わせているが、その肌はうらやましいほど滑らかだ。一体どんな手入れをしていればこう綺麗な肌になるのだろう。


「名前・・・何となくだが、君の中で論点がずれてないかい?」

「はっ!!!!・・・吉良さん・・・
そんなに疲れてるんですか可哀想っ!!!」

「まさかの同情!?」


当たり前だ。むしろこんなに取り乱してる吉良を前に、同情どころか理解すらしないDIOがおかしい。きっと心が凍てついているに違いない。帝王はアイスハート。いや、帝王よりそう・・・人外。吸血鬼だわ!!!
吸血鬼はアイスハート!!


「吉良さん、落ち着いて下さい。DIOはきっと優しい気持ちを置き忘れてるだけです。アイスハートは雪解け間近です」

「名前こそ落ち着くべきだな。何を言いたいのか分からんぞ」

「カーズさま!!だって私・・・こんなことされたことないんですよ!!どうすればいいんですかぁぁぁあ!?」


私の純情乙女恋心は男馴れしてないんですぅぅうっ!!!
カーズは半泣きの私を見て嗜虐的な笑みを浮かべた。助ける気などありはしない。この取り乱す私と吉良を見て楽しんでいることは明白だ!!!
プッチはDIOと私の発言「アイスハート」についての議論を始めているし、DIOの腕が何故か私の首を回っているお陰で息が苦しくなってきた。そうか、怒っているに違いない。
しかしこのままでは殺される。ヤラレル。デット・オア・アライブ。
まだショートケーキのイチゴを食べてないのに・・・。


ーズッ・・・


突然お腹の底に響くような重く轟く音が部屋に響き、喧騒が一瞬止まる。
カーズがキョロキョロと辺りを見渡した後に背後を振り返る時には、私は既に悲鳴をあげる寸前だった。

壁際だ。
なんの寸分の狂いもなく、ぴったりと壁に沿って置かれた棚。間違いない。夢でも幻でもない。
大きく床から天井まで計ったようにぴったりとしたサイズの、重厚感ある重そうな棚がズズズと動いた。
目を疑ったが、間違いない。
その隙間からスルリと手が伸びた。








「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああーーーーーーーっ!!!」













町内に響いたかもしれない。
それくらいの悲鳴をあげてしまった。
流石の吉良も頬擦りを止めて驚いたように固まり、DIOも両手で耳を塞いだ。お陰で息が出来るようになった私は、たちまち一命を取り留めました。


「うるさいぞ、名前」

やれやれと立ち上がったカーズが棚に近づき、隙間から伸びた手をムンズと掴んで力いっぱいそれを引く。
スポンと音を立てて転がり出たのは、幽霊でもゾンビでも吸血鬼でもなく、長い髪をクルンとカールさせた金髪の男性だった。


「・・・ひ・・・人?」

「ん?来客中だったか・・・。驚かせてすまない。私はファニー・ヴァレンタイン」


スッと手を伸ばした男は私の手を取ってそっと口付けた。見るからに日本人ではなさそうなので、もしかすると彼の国ではこれが基本的な初対面の人間に対する挨拶なのかも知れない。
しかし私の心臓はドキッとはねたまま停止しているように感じられる。


「・・・っ、名前と・・・言います」

「名前?あぁ、隣に越してきたと言う・・・」

「あ、・・・はい」

「フム・・・・・・・・・。どうだろうか名前、これは提案なのだが、君のような可憐な少女がこの様な野蛮な男達に囲まれているのは良くない。最初にナプキンを取るような・・・私のような男こそキミに相応しい」

「は?」

何を言っているのか分かりません。
きょとんとしている私の代わりに、周りから「ナンパはよせ既婚者っ!!」と怒号が飛ぶ。既婚者なのか・・・気をつけよう。


「大統領たる私に、愛人が居ることはむしろステータスなのだ」

「それ、歴代大統領に土下座した方がいいぞ・・・」


吉良のツッコミが予想よりも冷静だ。効果も抜群だ。
苦い顔をしたヴァレンタイン大統領(自称)が何か言いたげにしている横に、カーズが「フゥ・・・満腹だ」と実にご満悦な様子で腰をおろす。
ケーキでそんなにお腹が満たされたのだろうか・・・?



「カーズ・・・お前まさか・・・」

サッと顔色を悪くしたのはやっぱり吉良だ。本当に“自由人に振り回される常識人”にしか見えない。気の毒過ぎる。



「荒木荘取り決め三条だ」

「なに!?ディアボロ死んだのか!?!?!?気付かなかった・・・食いっぱぐれたではないか!!!!」

「可哀想に、スイートポテトパイが悪かったな」


クッと表情を翳らすカーズが、本当に可哀想だと思っていないことは私にも分かる。
だがしかし、何が起きたのか何を言っているのかはやっぱり分からない。そもそも流されて忘れかけていたが、ヴァレンタインはどうして壁と棚の隙間から出てきたんだろうか。この人たちは一体何者なんだろうか!!!



「名前、キミがここに早く馴れて欲しい反面・・・馴れたら終わりな気もするよ」

「意味深ですねプッチ神父。意味は聞きたくない気がしてきました」


そうだ。きっと彼らの秘密は深く考えて探ろうとしない方がいい。そう思い至った私は、「賢明だね」と笑うプッチと共にケーキを頬ばった。

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