第一夜
「始めまして、名前と申します。今日から隣に越してきましたので…その、ご挨拶に」

おどおどと挨拶する少女を、男はジッと見下ろしていた。身長はかなり大きいように見えるし、何より金髪の男の目は赤く、その目鼻立ちは奇妙なほどに整っていた。


「貴様、どんな組織に入っていたのだ?」

「?…あぁ、その、近所のスーパーで働くんです、明日から」

「??…変質者なのか?」

「は?」


『は?』だなんてとても不躾な言葉を発してしまったが、今日から越してきたという隣人に『変質者なのか?』だなんてもっと不躾だと思う。信じられない。


「究極生命体にも見えないが、一体何ものだ?」

「究極…何ですか????」


全く見えてこない会話。不毛すぎる会話に疲れすら感じる。
これでは近年では引越しの挨拶をしない人間が増えているという話も頷けるというもの。困惑した表情のまま固まっていると、奥から別の男が出てきた。


「DIO、どうしたんだい?」


黒人だろうか…。色黒の肌に綺麗な銀髪。短髪のその髪に剃り込みを入れた(相当変わった剃り込みだ)男は、黒い神父服を纏っていなければ髪型の不思議さから芸術家と間違えてしまいそうだ。


「名前と言うそうだ。隣に越して来たらしい」

「へぇ、隣に?それはまた…。私はエンリコ・プッチ。神父をしている。宜しく」


“それはまた”何なのか気にはなるが、どうやらようやく会話ができる相手が出てきたようだ。
ホッと胸を撫で下ろしつつ手を差し出すと軽く握手を交わし、私は手土産に持ってきた物をプッチ神父に渡した。


「これ、大した物ではないんですが」

「あぁ、ありがとう」

「ぬ!?それは・・・!!!」


金髪の、DIOと呼ばれた人が手土産の袋を慌てたように覗き込み、目を輝かせて私を振り返る。まるで少年のような目の輝きに後ずさると、DIOに両手を掴み取られた。


「この物の良さが分かるとは、貴様、見る目があるな!!!!」


“貴様”呼ばわりとはなんて上からな物言いなのか。貴方は帝王か?と聞きたくなるが、それより何より私が手土産に持ってきた品の良さに、一目で気付いてもらえた嬉しさが貴様呼ばわりされた腹立たしさを上回る。



「分かりますか!?その紅茶の良さが!!!!」

「もちろんだ!私を誰だと思っているのだ?このDIOが認めた紅茶はこのメーカーのものだけだ!!!!」


貴方がDIOだと知ったのはつい今しがたなのだが、私一押しの紅茶を、どうやらとても気に入っているらしい。しかし偉そうな人だ。今度から“DIO様”と呼ぶ事にしよう。


「ジョルノがこの紅茶が好きだと言っていたのだ。どうやらお気に入りのプリンに合うらしくてな」

「あぁ、君の息子の?」

「うむ」


息子??
紅茶のメーカーを選ぶような年齢の息子が居るようには見えないが、ひょっとすると見た目よりも少し年齢が上なのかも知れない。
それよりも気になるのは・・・。


「・・・失礼ですが、お二人でここに住んでいらっしゃるのですか?」

「いや?まさか!!違うよ」


ハハハと笑うプッチ神父があっさり否定したので、私はどちらがこの家の主なのか訪ねようとした。隣人を把握しておきたかったからだ。そんな私の意図をよそに、突然指折り始めたプッチ神父は再び私に向き直り笑顔できっぱりはっきり言い切った。


「私達を含めて七人でここに住んでいるんだ」

「ななっ・・・!?!?!?!?」


「・・・玄関前で何を騒いでいるんだ?何度も言っているが、静かに暮らせないのか」



背後からの声に振り返ると、いかにもサラリーマン風の男が眉を寄せていた。機嫌が悪そうだ。
慌てて頭を下げ、「隣に越してきた名前です!」と挨拶に来た旨を説明すると、男は私の手をジッと見つめ、「ようこそ荒木荘へ」と言って手を差し出してくれた。どうやら歓迎してくれるらしい。・・・私の顔ではなく手をジッと見つめるのは何故だろう?


「私は吉良。いつでも歓迎するよ」

「は・・・あ、ありがとうございます・・・」

「手の手入れはちゃんとしてるのかい?ちょっとだけ水分量が不足しているようだが」

「あぁ、スーパーで水仕事をしているので、ちょっと乾燥気味かもしれないですね、ハンドクリームは塗ってるんですが」


とんでもない観察眼だ。
私だって気にかけて手入れはしているが、流石に冬に向かって乾燥気味になってきていることは否めない。しかし、それをほんの少し握手を交わしただけで見抜いてしまうとは恐ろしい。もしかすると、ハンドケア関係の仕事をしているのかもしれない。


「吉良、そいつをお前の“彼女”にしようとは考えるなよ?」

「へ・・・、彼女?」

「DIO、お前に指図されるいわれはない」

「ほぅ、このDIOにケンカを売ろうと言うのか?このDIOに。名前は私の隣こそふさわしいのだ」

「貴様は息子達を養っていれば良いんだ。女と見れば手を出しやがって」

「吉良、それはDIOの事を理解していないよ」

「プッチ、お前は色々ずれているんだ」

「フン、プッチもそれだけは貴様に言われたくないだろうな」


“彼女”の妙なアクセントが気になるが、彼女になるかどうかは私にも選択権があるのではないだろうか。私の意見や気持ちなど関係ないと言わんばかりに会話が進行していく。ツッコミどころが満載なのだが、この人たちはどうして一緒に住んでいるのだろう。


「・・・面倒なのに目を付けられてるな。“お前も”死ぬんじゃないか?」

「ひっ!?」


気配もなくヌッと背後から現れた男に思わず悲鳴をあげてしまったのは、私が悪いわけではないと信じたい。誰でも突然現れた男が頭から血を流していたら悲鳴をあげたくなると思う。


「俺はディアボロだ。悲鳴をあげるな。そのうち馴れる」

「ぁ・・・馴れる?・・・・・・あ。わ、私は名前です」


ピンクの髪に緑色の斑点(?)が特徴的な男は、本当に何でもないように額の血を拭うと、玄関口で言い合いをしているDIOと吉良の様子を伺って溜息をついた。どうやら早く中に入りたいらしい。
その流血は何があったのだろう。それに、馴れるってなんだ?
まさか、それは流血メイク???


「ぬ?あぁ、ディアボロか。良い匂いがすると思ったぞ」


香水の匂いでもするのだろうか?
DIOの言葉にディアボロを振り返ると、恐ろしく嫌そうに顔を歪めていた。良い匂いだなんて褒め言葉だと思うが、どうやら彼にとってはそうではないらしい。


「丁度腹が減っていたんだ」


―・・・ん?
まるでキッチンからいい匂いがしてきた時のような感想はなんですか?
再び何を言っているのか理解できなくなったDIOを、プッチがたしなめるように笑う。



「名前が居る前ではよした方がいいよ、DIO」

「うぬぅ・・・」

「そうだ、人前では止めろといつも言っているだろう。晩飯を抜かれたいのか?」

「貴様等、人前じゃなかったら良いような言い方をするな。他人の命をなんだと思ってんだ」

「餌?」
「興味ない」
「迷える子羊」

ナニヲイッテイルノカワカラナインデスガ?
まるで通じない会話にもう目が点だ。きょとんとしたまま一言もツッコム事が出来ずにいると、この騒ぎに昼寝を妨害されたのか目をこすりながら部屋からまた一人現れる。
黒髪を緩やかにカーブさせ、相当な美人だと思ったDIOと並んでもなんら遜色ないほど綺麗な顔形をした、これまた男。


「何の騒ぎだ?」

「あ、すみませ・・・ん゛!?」

「?・・・誰だ、お前は」


誰だお前はなんてこっちの台詞だ。
いくら寝起きとはいえ、部屋の中から玄関に顔を出すのに褌一丁で現れるような人に“なんだお前”呼ばわりさせる覚えはないっ!!
(後々よく見てみればDIOも社会の窓(ズボンのチャック)が全開なのだが、流石に初対面でそんなところに目が行くことはなかった)


「カーズ、客が来ている時は出てくるなと言っているだろう!!」

「あー、うるさい奴だ。そんなに静かに暮らしたいなら良い柱(物件)を紹介してやろうと言っているではないか」

「そんなことを言っているんじゃあないっ!!!」


吉良・・・。恐ろしく苦労しているに違いない。
吉良がかわいそうに見えてくる私の隣で、DIOはもう吉良に興味がなくなった様子でディアボロに手を拱いている。もちろん彼が素直によっていくはずはない。
・・・どうしてDIOはディアボロを、肉食獣が獲物を見るような目で見ているのだろうか。


「ディーーオーーーー・・・」

「ちっ」

吉良が気付いてDIOを睨みつける。いつの間にか私の背後に隠れていたディアボロが、背中でホッと溜息をついたのを感じた。
・・・もしかして私は盾にされたのかしら?


「名前、騒がせてすまない」

やっぱり神父なだけある。ニッコリ笑ったプッチは全員を無理やり部屋の中に押し込み、「この通り騒がしい家だが、どうか仲良くして欲しい」と言ったので、私は笑って頷いた。
今日会えなかった二人にも、今度会わせてもらう約束をして、私はようやく家に帰った。
謎が多すぎる不思議なこの人たちに翻弄され続けることになろうとは、この時の私が知る由もなかった。

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