第五夜
名前は吉良たちの家のキッチンに立っていた。
今日は仕事も休みで吉良の都合も丁度合ったため、以前から頼み込んでいたプチ料理教室が開催されているのだ。
一人暮らしの条件に、強くなる事を提示した名前の親(かなり変わった条件であることから、変わった両親である事が予想される)は、名前に料理を教え忘れていたらしい。
緊張した様子で包丁を握り締め、傍目にも危なっかしい。


「DIO様!!!私の料理の邪魔をするなんて死にたいんですか!?!?!?」

「DIO、本当に危ないから止めてやれ」

「ぬぅ・・・」


吉良の念押しでDIOは渋々と名前から距離を取る。隣にぴったり寄り添って立とうとしただけなのだが、名前には十分すぎるほど集中力を削がせてしまう効果があるらしい。
もっとも、もっと色めき立った反応を楽しみにしていたDIOの求めぬ反応だったので、仕方なくとは言え料理姿を見ているほうがまだ面白い。


「名前、もっと肩の力を抜くんだ。今にも指を切り落としてしまいそうだぞ。・・・あぁ・・・っ、手を切り落とすなら私にやらせてくれないか!!」

「切り落としませんよ!!!」


冗談なのか冗談じゃないのか分からない吉良の言葉にも、名前は余裕なく答える。
にんじん一つ皮むきするのに、見ているだけで酷く疲れる。吉良はピーラーの購入を心に決めた。


「指でも切ってしまえばよかろうなのだ!!私は腹が空いた!!!」

「ぬ!?カーズ、名前の血液は一滴も譲らぬ!!私のものだ!!!!」


「お前達静かにしないか!!!名前の綺麗な手に傷でもついたら・・・「うるさいな・・・っ!?
いっ・・・いったぁぁぁい!!!!」


「「私のものだぁぁぁぁぁああっ!!!!!!」」
























「DIO、どうしてそんなところに転がっているんだい?」


プッチは顔面からのめりこむように、廊下のフローリングに転がったDIOとカーズを見下ろした。


「貴様、このカーズを無視するとはいい度胸だ。このカーズが居なければこっちのDIOも百年以上前に殺されていたのだぞ!!」

「カーズ、うるさい」

「プッチか・・・ティッシュをくれ、鼻血が出た」


眉一つ動かさずにカーズを一蹴したプッチは、ポケットからDIOにハンカチを取り出して差し出す。
カーズも鼻血をたらしていたが、「フン」とそっぽ向いて腕で乱暴に拭った。どうせ頼んでもくれないだろう。神の様に愛してるなんて理解不能な感情だ。
とは言え流石にすぐ止まるのがカーズ様の身体能力。チートです。


「それで、どうして二人でこんなところに転がってたんだ?」

「名前に追い出されたのだ」


これは珍しいことである。
究極生命体ともあろうカーズと、かなりハイスペックなスタンドを持つ吸血鬼であるDIO。この二人を廊下に投げ出せるのだから、とても人間の女一人の技とは思えない。
スタンドでも持っているのではないかと思えてくるが・・・。


「火事場の馬鹿力って奴だな。本当に面白い女だ」

「おい、貴様には女がたくさん居るではないか。名前に手出しはさせんぞ」


にんまりと笑うDIOに、カーズが表情を険しくする。どうも衝突の多い二人を交互に見て、プッチはやれやれと溜息をついた。中でもこの調子で揉めて追い出されたのだろうことは想像に容易い。
キッチンからガシャンとフライパンか何か金属のものを落とす音に続いて吉良の声が「うわっ、大丈夫か!?」と響いている。
料理を教わりに来た名前が緊張した面持ちで「頑張ります」と言っていた様子を思い出し、プッチはニッコリと笑みを浮かべた。


「私は・・・・・・、今日は外食してきましょうかね」

「逃げる気か。許さんぞプッチ」

「いくら君の命令でも、これは譲れない。実は私は腹が弱いんだ」


危険を察知したプッチは始めてDIOに盾突き、カーズは興味深げに二人を観察する。どうやら止めるつもりは微塵もないらしい。この狭くボロいアパートでよくもまぁこう頻繁に喧嘩をする気になるものだ、なんて自分の事を完全に棚に上げてカーズがフフッと笑みをこぼした。


「あの・・・」

今にも一戦始まりそうなその時だった。
天の岩戸よろしく固く閉じられていたキッチンのドアがそっと開き、中からおずおずと名前が顔を覗かせる。
三人を順番に見やり、名前は「ごめんなさい」と小さな声で呟いた。


「作ってた料理をひっくり返しちゃって・・・その、今日のご飯が・・・」

「なくなったのか?」


プッチは喜びで笑顔になるのを必死に堪えているが、残念ながら隠せていない。
そんな奇妙なプッチの表情に名前は首を傾げ、「どうなんだ?」と聞くDIOに慌てながら小さく頷いた。


「半分くらいこぼしちゃって・・・今から吉良さんが急いで作りたしてくれるみたいなんで、もう少し待ってもらえますか?」


吉良のことだ。食べられないと判断すればさっさと捨ててくれるだろう。
名前の言葉にプッチもDIOもカーズも頷き、四人は吉良の料理が出来るまで待機することになった。
名前が淹れた温かい緑茶をすすりながら、DIOはトランプを取り出した。


「ダウトにしよう」

「DIO様。この前私が教えてからそればかりですね」

「終わりがないのが終わり、それがダウト」

「意味が分からん」


冷たくあしらうカーズを飛ばして、DIOが三人に手際よくカードを配る。
カーズは仕方なく、三人から適量のカードを奪って自分の手札に加えた。なんだ、やる気はあるんですね。


「ところで名前、キミ・・・よくDIOとカーズを外に追い出せたね。っと、3」

「ダウト」

「残念、本当に3だよ」

「Wryyy・・・」


山になったカードを手元に寄せながら、DIOは「人間でありながら、信じられん怪力さだ」と名前を冷やかす。
手元のカードは既にどのメンバーよりも多い。


「二人が大声で騒ぐから、ついカッとなっちゃって」


てへっと笑っているが、そんなに可愛いエピソードではない。男性の中でもかなり大きく体格もがっしりしている二人を投げ飛ばしたと言うのに。
「いやいや・・・何か能力を使ったのかい?」などと尚も食い下がるプッチに、名前は「相手の勢いを使うんですよ。私、合気道とか太極拳も少しかじってるんで」と笑った。
つまりはただの武術。しかしその腕はかなり強いらしい。


「ほらお前達、夕飯が出来た、テーブルを片付けないか!!」


吉良がお玉を片手に四人に指示を出し、名前とプッチを中心にテキパキと夕食の支度が整う。並べられた料理はハンバーグ。見た目も香りもおいしそうに出来上がっている。
デミグラスソースは私が作ったのだと誇らしげに主張する名前に、俄かに緊張感が漂う。


「おいしー!!!」


密かに見守られる中で一番先に頬張った名前が笑顔を浮かべ、プッチは恐る恐るハンバーグ口に運ぶ。


「あぁ、本当だ、よく出来ている」


コクのある深い味わいにプッチが舌鼓を打っていると、キッチンから悲鳴が聞こえた。
今日はまだ食卓についていないディアボロの声だ。
DIOとカーズが我先にと駆け出し、吉良は黙って食事を続けている。名前が「どうしたんだろう」と立ち上がりかけて吉良に制され、今日のディアボロの死因を名前が知ることはない。


「名前、今度はもっと簡単な料理からにしよう」

「え?そうなんですか??旨く出来たと思ったのに」


名前の言葉に、全てを知る吉良だけが無言で笑みを浮かべていた。

6/6
<< bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -