混部パラレル | ナノ


「久しぶりじゃあないか」

ジョナサンが笑いかけるのは、先ほどチャイムを鳴らしたその人である。
仗助と承太郎は、テーブルを挟んで向かいに座るその男を、名前すらも知らないまま睨みつけている。
そんな二人の事はまるで気にならない様子のその男は、薄い笑みを浮かべたままジョナサンがまくし立てる様子を腕を組んで、楽しげに見ていた。


「あの…」

小さな声が聞こえて、仗助と承太郎は振り返った。
細く開かれたドアからおずおずと部屋を覗いたのは、その胡散臭い男が連れてきた少年。
いつからか降り出した雨に濡れていたのを、その胡散臭い男が見つけて連れてきたらしい。そこだけはグッジョブとその働きを賞賛したい。
シャワーで温まったのか、頬を染めた少年の白い肌に、金糸のような髪が一房。
簡単に纏められた長い髪が、拭いきれていない水滴でキラキラ眩しい。天使さながらのその様子で、知らない(しかもガタイの良すぎる)男に囲まれて緊張したようにきゅっと口を引き結ぶ。
可愛い男が存在するもんだな。


「お風呂まで頂いて、どうもすみませんでした。着替えもありがとうごさいます」

「いやー、気にすることはないっすよ!!服、ちょっとでかかったですかね」

仗助が笑いかけていると、少年の後ろからジョリーンがしかめっ面で顔を出した。
いつもはお団子に結い上げている髪を下ろし、その髪からは水が滴っている。

「そいつと一緒に風呂に入ったのか!?」

これは仗助ではなく、承太郎のセリフだ。
父親(厳密にはこの表現が正しいのかは甚だ疑問だが…。)の言葉に、ジョリーンはその顔をますますしかめる。


「ジョセフが、私が湯加減みてる時にシャワーのコック捻りやがったのよ!!!おかげで服のままシャワーを浴びる羽目になったわ!!」

それはお気の毒さまです。
タオルで乱暴に髪を拭って、ジョリーンはジョナサンの隣に座った。
そうして顔をしかめていると、恐ろしいほど承太郎にそっくりである。



「さみーー!!!」

ばたばたと騒々しい足音を立て、ジョセフがバスタオルを体に巻きつけた姿で部屋に飛び込んでくると、がたがた震えながらヒーターの前を陣取った。
ジョリーンにシャワーをかけてしまった報復でも受けたのだろう。
そうして役者が揃ったところで、金髪の少年を隣に座らせた胡散臭い男が「では」と切り出した。


「お前達が知りたい事を教えよう」

高圧的なその言葉に、その場にいる全員が瞠目した。
たった一言で全ての視線を集めた男は、ゆったりと指を組んでテーブルに置くと、さっきまでの笑顔を消したジョナサンに視線を送る。


「ジョナサン。私は“DIO”と、今は名乗っている。ブランドーでも、ジョースターでもない」

気をつけろと、これまた高圧的にモノを言うDIOに、ジョナサンはほんの少し間を置いて、「分かったよ」と頷いた。

「DIOだと!?」

いつもの落ち着きからは考えられない、怒りを露わにした承太郎が今にも殴りかからんばかりに拳を固めて立ち上がる。DIOはその様を横目に、焦ることも驚くこともなく、ただ見て笑った。


「止めておけ。ここでは戦いは無意味だ」

「何?」

余裕の笑みを崩さないDIOに、今度はジョセフが立ち上がる。


「DIO。なぁーんか知ってるみたいね、あんた」

「礼儀を知らない男だな。ジョースターとしての紳士の教養はどうなっているのだ?」

「なにぃー!?「ちょっとジョセフは黙ってて!!!」


ジョナサンの言葉を遮ったジョリーンが、敵に対峙するような顔でDIOを睨み、「今の状況をどうにかすることが先よ」と諭す。
それはそうだ。
ジョリーンの言葉に納得させられ、承太郎とジョセフは押し黙り、仕方ないと椅子に腰掛けた。事の成り行きをただ見ていた仗助も、もちろんそれに従う。
かくしてようやく全員でテーブルを囲んで座り、DIOはぐるっと見渡して口角をふっと上げる。


「懸命な判断だ。それで、何から知りたい?」

「DIO、君は何でも知っているのかい?」

ジョナサンの質問に、DIOは「良い質問だ」と頷く。


「多くを知っているが、知らないこともある」

微妙な答えだ。
一抹の不安を覚える仗助に、DIOはチラリと視線を送って笑う。
男の癖に、妙な妖しさと色気を持った奴だ。


「しかし、お前達のこれからを決めるには十分答えられるだろう」

DIOの言葉に、ジョリーンが身を乗り出す。


「これはスタンド攻撃なの?」

ジョナサンとジョセフが「スタンド?」と首を傾げていたが、いちいち話の腰が折れるので気付かない振りをして、ジョリーンはDIOの答えを待つ。


「違う。スタンドではない」

「どうやったら帰れるんすか?」

仗助の質問は、いきなり確信に迫るものだった。
誰もがその答えを求め、そして同時に逃げていた。
不安。恐れ。恐怖。それらの全てを抱えて複雑な表情を浮かべつつ、DIOの答えをジッと見守る。


「そうだな…帰ることは出来ない。当面はここで暮らすことになるだろう」

薄々は気付いていた。そうじゃあないかと懸念していた。
そして、その悪い予感が、的中してしまった。


「そんな…」

帰れない。
慣れ親しんだ家。町。友人や家族。
それら全てを失ってしまったということだ。


「そんなに絶望的なことか?」

それぞれに失意の淵に立たされた…あるいは絶望のどん底に突き落とされたような顔をしていたジョースター家を見渡して、DIOは到底理解できない様子で首を傾げる。


「理由は何であれ、お前達は集まり得なかった家族で集まっているではないか」

ハッと目を見開いたのはジョナサン。
そして、ジョナサンを焚きつけるのがうまいのがDIOである。


「そうだね!!僕は本来出逢うはずのなかった僕の子孫と暮らせるんだね!!!」


言葉に出すと、その奇跡に感謝すらしたくなる。
目を輝かせるジョナサンを見ていると、「まあ良いか」なんて気持ちになってしまう。
どうせここで生きていかなければならないのならば、前向きに取ったほうが断然良い。


「爺ちゃんに孝行でもしておくかー」

ジョセフが笑うと、「アンタが一番迷惑かけてんだよ」と仗助から鋭いツッコミが入って、笑いが起きた。


「いいものですね」

DIOの隣に座っていた少年が、まるでそのやりとりに憧れでも抱くかの様に微笑を湛えて呟く。
その笑顔は可憐で儚い。哀愁を感じさせるその少年に、ジョースターの面々はハッとした。


「僕も質問していいですか?」

DIOを見上げて少年が問いかける。
その日初めて笑みを消したDIOは、ジッと少年の青い目を見つめ、渋々と頷いた。


「貴方は、僕のパードレですか?」

ギョッとした。
少年が投げかけるには、その質問は重くて複雑なものだ。
若干浮かれつつあった一同が固唾を飲んで見守る中で、DIOは黙ってハイネックのウェアーに指をかけて思い切り引っ張った。
現れたのは生々しい傷跡。
首に巻きつくようにぐるりと残る傷跡を見せたDIOは、指を放すとようやく口を開いた。


「私の体は、昔…百年以上昔にジョナサンから奪ったものだ。首から下は、ジョナサンだ」

奇妙奇天烈奇奇怪怪。
そんな事は可能なのか!?
目の前で見せ付けられても、俄かには信じがたい。そしてツッコミどころも満載である。
驚きに目を丸くした仗助やジョリーンに対して、少年の目は静かにDIOを見つめる。


「どっちが父親か、お前が好きに判断しろ」

フンと鼻をならして視線を逸らせたDIOと、困惑した様子のジョナサンを交互に見た少年は、顎に手を当てて「ふむ」とため息をついた。
幼さを残したその見た目とは裏腹に、少年は大人も顔負けの落ち着いた物腰で事実を受け入れていく。


「僕はジョルノ・ジョバァーナです。お前だとか、貴様と呼ばれるのは、真っ平ごめんです」


プイとDIOに背を向け、ジョルノはジョナサンに向き合う。
緊張の面持ちで対峙するジョナサンに、ジョルノは「ジョナサンさん、パードレと僕が暮らせそうな家は近辺にありますか?」と尋ねた。
DIOは良く見なければ分からないほど僅かに目を見開いてジョルノを見て、再び「フン」と鼻を鳴らして視線を逸らした。