混部パラレル | ナノ
「なるほどな」
カーズはフムフムと頷きながらテーブルいっぱいに広げた紙を眺めていた。
書いた本人にしか読めないような乱雑な字で書きなぐられたそれは、奇妙な数式やアルファベット、古代の文字までもが向きも規則性もない状態で書き殴られている。
「何か分かったとでも言うのか?」
ヒョイと覗いたエシディシは、そのテーブルの惨劇を見つけて小さく「うっ」と呻いて顔を顰めた。
何が何やら分からない上に、酷く汚い筆跡がまさに惨劇。理解できないどころか、読むことも出来ない。
「分からないという事が分かった」
「何だそりゃ」
「この世界の法則だ。全く理路整然と出来ていないし、法則も何も無い。時代も地域も別々の場所に居ながら、どういったわけかこの世界に辿り着いた。しかもご丁寧に・・・」
カーズは言いながら手を振り上げ、ドゴゥと轟音を立ててテーブルに振り落とし、続いて光の流法で切り刻んだ。
切り刻んだはずなのだ。
エシディシはテーブルがシュゥゥと音と煙を立てながら、それでも無傷なことに気付いていた。たれ目気味の三白眼を見開き、「こりゃあ」と呟いた。
「何物も、攻撃は効かないようだな。しかし、攻撃ではない限り壊れる。手を滑らして落としたカップは割れるし、サンタナが転んでぶつかったテーブルの角は少々削れていた」
いくら彼らが丈夫だとしても、テーブルが削れるのは恐ろしい。転んでぶつかると、普通の人間なら致命傷だろう。そもそも吸収されてジ・エンドなのだが・・・。攻撃が効かないのならば吸収は出来ないということか。
「ちょっと出かけてくる」
颯爽と出かけるカーズに、ワムウとエシディシは「いってらっしゃい」と手を振った。
「貴様なら、何か知っているような気がしたんだがな」
カーズは勧められた椅子に座ってゆったりと足を組み、目の前で腕を組むDIOを見た。
サラサラとした金髪を風になびかせ、余裕すら感じさせる笑みを浮かべ、DIOは「なるほどな」と短く呟く。
DIOの隣にはジョルノ。カーズの隣にはサンタナ。
奇妙な四者面談はまだ昼の日差しの中で行われていた。
「このDIOを昼の日光の中に呼び出したと思ったら、そんな話か」
「この世界の根底に関わる重要な事だと思うが」
「・・・では聞くが、何故私なら知っていると思ったのだ」
質問を質問で返したDIOにカーズはムッと眉を顰め、少し考えて「あの屋敷に貴様だけが異質だったからだ」と答えた。
ジョースターの血統が暮らす屋敷だという説明はよく分かる。DIOの息子だというジョルノも、ジョナサンと無関係ではない。とすればジョースターの血筋であるとも言える。
だとすれば、あの家の中でDIOだけは他の誰よりも異質。
花京院もシーザーも、ジョースター側の人間。だがDIOだけは、どう考えてもジョースターの敵でしかないのだ。
例え彼がジョナサンの戸籍上の兄弟だとしても、因縁の敵である事実は揺るがない。しかも、ジョナサンとは違う時代からきたのだとすれば何の建前も成立せず、彼がジョースター家を裏切ったことはジョナサンの目にも明らかなはずなのだ。
「確かに、パードレは何かを知っているようですが、それを貴方に答える義務はない」
「お前は黙っていろ、カーズ様はそっちの男に聞いているのだ」
ジョルノとサンタナが無言で牽制しあう様子を「まぁまぁ」と宥め、DIOは椅子に深く腰掛けなおして空を見上げた。
青い空にはいくつかの雲がのん気に漂い、太陽の光は揺れる木々の隙間から確かに自分を照らしている。日光に当たるのは、人間を辞めて以降初めての経験だった。
「こうして太陽の脅威に怯えることもなく、攻撃できない代わりに弱点のない究極生物に昇華できたのだ、楽しんでしまえば良いではないか」
「フン、束の間の平和を満喫しろとでも言うのか?馬鹿げた事を・・・」
「案外物分りが悪いものだな。無駄なことはしないほうが良い。私もジョルノも、無駄は嫌いなのだ。この世界での、それぞれの役割を果たせば良い。もとより出逢うはずのなかった面々なのだ、取り入って自分の知りえなかった事を知るのは無駄ではない」
カーズやサンタナを交互に警戒するジョルノは、DIOに拱かれてその隣に座った。
一人がけには余裕がある椅子ではあるが、二人で座ると窮屈そうだ。ジョルノはともかくとして、DIOは体格もいいだけに狭そうに見える。
カーズはサンタナをチラリと見て、たっぷり思案した後に小さく溜息をついた。
確かにDIOが言うとおりだとも言える。
サンタナの能力が未熟であるが故に、千尋の谷に突き落とすような思いで彼を一人残してエイジャの赤石を求める度に出たものの、こんな形でこんなにも平穏に再会するとは思いもよらなかった。
「サンタナよ」
「はい、カーズ様」
「ここでの暮らしは、お前にとって有意義か?」
このような質問を投げかけるのも、全てはこの世界の、平和ボケした空気のせいだ。そう思ってみれば、いつもは寒気すらするような労わりの気持ちすら素直に出せる心地になる。
しかし驚きを隠せないのはむしろサンタナの方で、口を半開きにしたまま薄く透き通った双眸を瞬かせた。
「臆することなどない、お前がそうだと思えば、そう言えば良いのだ」
サンタナとワムウ。子どもだった二人を攫うように連れて、一族を滅ぼして旅に出た。
いや、攫ったのだ。彼らの意思とは関係なく、なんの記憶も考えも持たない二人を、自分達の考えで攫い、押し付けた。
エイジャの赤石を求めることに必死で、自らに逆らった者達を見返し、自分が正しかった事を証明することに必死で、子ども達の意思を問うたこともない。
サンタナの睫毛が長いことすら、今初めて知った。
「私は・・・・・・・・・カーズ様とエシディシ様。ワムウと再会できたこの世界において、憂うことは何一つございません・・・」
申し訳なさげにそう告げたサンタナに、カーズはDIOを振り返った。
ジョルノを膝に抱えたまま親子揃ってしたり顔で笑う二人に苛立ちを感じはするが、カーズはもうそれ以上の考察をもう一度溜息をついて放棄した。
「・・・ジョジョに、我らを倒すための時間的猶予を与えるのも、まぁ悪くはない」
カーズの言葉に、サンタナは小さく表情を綻ばせた。
柱の男達が久しぶりに四人揃って生活できるということなのだ、ひとり残されていたサンタナが喜ばないはずはない。彼らも多少なりとも人間と同じような感性を持っているということに他ならない。
「この世界に来た人間は、本能的にあらゆる物質や他人に危害を与えられない事を本能的に感じている」
「・・・なんの話だ」
カーズを観察するように目を細めて二人を見ていたDIOは、諦めて溜息をつくカーズにゆっくりと口を開いた。
観察する側に立つことはよくあるが、観察されるのは気分が悪い。顔をしかめたカーズが冷たく返すが、DIOは意にも介さない。
「本能的に察知し、回避している。失ったわけではない、衰えたわけでもないのに攻撃という手段を奪われている奇妙な現象を確認したい人間はなかなか居ないからな」
「何が言いたい」
「どうして貴様はそれを確認したのだ?」
「・・・貴様に答える義理はない。帰るぞ、サンタナ」
単に性に合わなかった。本能的に攻撃的な気持ちを失った自分に気付いていたが、確認しないまま受け入れるは気分が悪かった。それだけのことだが、自分の質問に答えなかったDIOに教えることでもない。仕返しだとでも言っておく。
この世界が現実であれ、妙なスタンドという力の生み出したものであれ、例えば夢であったとしても、もうこうなったらここでの生活を受け入れるより他に無いという事を、カーズは始めて受け入れた。