混部パラレル | ナノ


ジョルノは開いていた読みかけの本を閉じ、何度か瞬きをして窓の向こうへ視線を向けた。


ーミシッ


やはり聞こえる。
妙な音に眉を寄せ、ベッドの上で本のページをめくるDIOを振り向くと、顔を上げないままDIOが「知りたいか?」と笑った。


「何か起きるんですか?」

「ジョルノ、起きるのではない。起きているのだ」


夜の帳の降りた窓から身を乗り出し、DIOは美しい白肌を漆黒に染めて唇を歪める。


「変化は起き続けている。ずっと前から」

「どうなるのですか?」

「望まれるまま」


謎かけのような、輪郭の見えない答えに眉を寄せた。
苛立ちはしないが、嫌気は差す。
先の見えない、終わりの見えない、目的も意義も夢も失った世界はジョルノには酷く退屈だった。
ムッと唇を小さく尖らせたジョルノに、DIOは柔らかな笑みを浮かべた。



「ジョルノ、お前には…       」










「仗助、ダニーの散歩に行くの?」

「あぁ、やることもねーし…ゲームは花京院さんが断トツに強くて勝負になんねーし……ジョナサンもジョセフも忙しいみてーだから」

ふわぁ…と大きなあくびをする仗助を眺め、徐倫は「私も行くわ」と立ち上がった。
いつもは家の外で放し飼いにしているが、散歩の時はリードを取り付ける。
ジョナサンは「そんなものなくても大丈夫さ」と主張していたが、万一の安全の為にと多数決で即決したルールだ。



「そんなに尻尾振ってると取れちまうぜ?」


そんなはずないのだか、からかうように笑って言うとダニーは「ワン」と短く講義して仗助の隣に立つ。
ペットを飼ったことはないが、犬という生き物は上下関係をしっかりと確立させるらしく、自分よりも立場が上であると理解した人間よりも前を歩かないと聞いた事がある。
そのことは群れのリーダーがトップを歩くことからも伺い知れる。
そうと聞いた上で、ダニーが前ではなく隣を歩いていることは少し嬉しい。


「散歩って言っても、どこまで行くの?」

「あぁ、確かに一本道しかないから面倒ッス…け…ど……」


果てしなく続く一本道は今日も生き物の気配一つ感じさせずに遠く地平まで届いている。
程なく歩いたところでうんざりしながらそれを見ていた徐倫は、壊れたオーディオのように千切れた音を発して立ち止まった仗助をいぶかしんで伺い、彼の視線を辿って仗助動揺にその双眸を皿のように丸く開いた。

















「た、た、たたたたた大変ッス!!!!!!」


散歩に出かけたはずの仗助が、まだ家をでていくらも行っていないにも拘らず大慌てで帰宅した時には、珍しいことに昼間っからDIOを含める全員がダイニングに集まっていた。
楽しげにコーヒーを並べるジョナサンと訳知りな様子で微笑するDIO以外は難しい顔をしてイスに腰掛けている。


「仗助、テメーも座りな」


承太郎に促された仗助が着席し、ダニーを外に繋いで来た徐倫もそれに続く。
緊張感が漂う中、とてもその空気に似つかわしくない鼻歌を歌うジョナサンが座ると、「さて」と笑顔でDIOに視線を向けた。
全員の視線が集まる中、DIOはチラリと仗助と徐倫に視線を向けて目を細める。



「仗助、貴様…何を見た?」


沈黙の中でDIOがそう尋ね、視線はDIOからいっせいに仗助へを移る。
ゲームをしていた花京院も、その時とは異なる真剣さをその目に宿して仗助を見ている。


「道が…見たことない、新しい道があったんス」

「道?俺達が通ってきた一本道とは違う道か?」

「たぶん、承太郎さんが通った道とも、ここにいる全員が通ってきた道とも違うっス」


仗助の言う事が本当であるならば、ジョルノがあんなに探索し回った時にはなかった道が、人知れずなんのきっかけもない中で突如として出現したことになる。
その情景を確かに自分の目で見た徐倫は、瞠目したまま言葉を捜すシーザーに頷いてみせた。



「オーマイゴット……。なんなんだ?これから何が起こるって言うんだ?」

「俺達の他にも何者かが現れる可能性が?」

「おかしな事を言うではないか…え?シーザー……。
貴様は私達よりも後に現れ、この家の外にいる忌々しい犬は、貴様よりも後から来たではないか」

「ダニーのことをそういう風に言うのはよしてくれ、ディオ」


ジョナサンに冷ややかな視線を向けたDIOはそこで一度口を噤み、まだ温かいコーヒーに口をつけた。
ふと自分の手元にもコーヒーがあることに気がつく。
そう言えばジョナサンに並べられたまま、口をつける事を忘れていた。
把握しきれない現状に、もはや喉の粘膜はからっからに乾いている。
温かいコーヒーでそれを潤し、ジョルノはゆっくりと確認していく。


「仗助、そこには入りましたか?」

「いや…徐倫に引き止められて…とりあえず報告することにしたんだ」

「スタンド攻撃の可能性が否めない以上、迂闊な事は避けるべきよ」


徐倫の言うことはもっともだ。
頷き返し、その可能性は視野に入れて然るべきだとジョルノも賛同する。
しかし、DIOはその様をニヤニヤと笑って見るだけだった。



「気にいらねぇな」


ポツリと呟くように投下されたその七文字が黒い滲みのようにポタリと部屋を染める。
何事かと振り向いた花京院は、一箇所を睨みつけて視線を逸らさない承太郎を見た。
彼の視線の先は確認しなくても分かる。
承太郎のこの殺意が込められた目が射抜くのはDIOだけだ。



「テメーだけはいつも何かを知っている。知ってる事を洗いざらい吐いて貰おうか」

「フン…私の知っていることなどほんの一握りだ。今回のことは予測できたに過ぎない」


「予測?」


首を傾げたジョナサンに、DIOは耳を指さした。


「数日前から妙な音がしていた。絶え間なく…だ」

「あ…。それがあのミシミシって音ですか?パードレ」


DIOがジョルノに頷き、その会話に花京院も瞠目した。
夢の中で聞いた、ダニーの鼻息よりも前に耳にしたあの音がそうならば、確かに聞いた。


「花京院も聞いたのか?」

「承太郎、隠していたわけじゃあないんだ。夢現に聞いただけだが…何かが裂けるような…割れるような…そんな音だった」

「そう、板のようなものが割れるような…地面に木の根が食い込むような」


ジョルノの補足に花京院も頷く。
そう、確かにそんな音だった。


「私が今回のことを予測できたのは、この世界は何が起きてもおかしくないと認識しているからだ」

「それは…つまりどういうことだ?もっと分かりやすく言ってくれよ!」


ジョセフの要望に、DIOは面倒臭そうに顔をしかめる。
彼に分かるように言うには、どこまでレベルを下げれば良いのか分からない。


「おい、今失礼な事考えてんな?」

「馬鹿に物を教える苦労を噛み締めているところだ」

「グ…テメー、言わせておけば!!」


ガタンと立ち上がりかけたジョセフを裏拳で派手に制したシーザーが、「続けてくれ」と短くDIOに促す。
ジョセフ…死んでないですか???


「一堂に会することなどありえない私達がここに、なんの前触れもなく集った。これはもう受け入れているのだろう?」


DIOがぐるりと見渡すと、一同は渋い顔で頷く。
そうだ。そもそも、そこにいるほとんどの人間が生きている世界も時代も違うのだ。
それにも関わらず、今は同じ時間と空間に生きている。
この大元から既におかしいのだ、この世界は…。



「ならば、いつ・どこで・何が起こっても不思議ではない。不定期に人が増え、ついには人間以外のモノも存在した」

「ダニーのことかい?」


ジロリと睨まれても、DIOはそれを気にも留めない。


「ここから帰ることは出来ない。だが生きていくことは出来る。殺されるわけではない。
気温も天気も日によって変わる。不便はない。
食料もある、娯楽もある。
ヌルイ世界だ」


「充実した世界だよ、ディオ」


DIOの言葉を訂正したジョナサンに、DIOはようやく反応を見せた。
その言葉を待っていたと言わんばかりに口元に笑みを湛え、「では」と立ち上がる。



「ないものはなんだ?何を、貴様等は失ってここに来たのだ?」


誰のものともつかない嚥下する音が耳につく。
ゴクリ、と喉を鳴らし、生ぬるいコーヒーの香りが喉を滑り落ちる。



「仲間と家族、そして友人ってところかしら?」


徐倫の言葉にDIOは満足げに頷いた。