混部パラレル | ナノ


その音は、F-megaをプレイする花京院の耳にも届いていた。
コース終盤のカーブを曲がりきれるかどうか。
予想よりも腕の立つ承太郎に負けるか勝つかの瀬戸際の彼にとって、その音は集中力をかき乱す厄介なものであった。



ーミシリ…



床がなにかとんでもなく重たいものに軋み、今にも抜けてしまいそうな音のような…。
あるいはまるで木々が生長するために何か固いものに食い込んでいくような…。

さらに耳を澄ませば、ハッハッと生き物の呼吸音が聞こえる。


花京院はゲームの画面から視線を外して音の方向を見ようとすることで、その“閉じていた”目を開いた。


(ん?さっきのゲームは夢か…)


良かった。
現実にゲームで承太郎に負けそうになるなんて考えたくもない。
様々な事をそつなくこなす彼に、自分の得意なゲームで負けるわけにはいかないのだ。
ホッと胸を撫で下ろした花京院は、目の前の光景にひゅっと喉を鳴らした。












「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!!!!!!!!」




高らかな悲鳴が屋敷中に響き渡り、ジョナサンはパッと二階に視線を向けた。
声は確かに花京院のものである。
ジョナサンと一緒にコーヒーの支度をしていた徐倫と、珍しく早起きした仗助も二階の花京院が眠る部屋の方角に頭を持ち上げた。



「やかましいぞ!!!」

「おい!?どうした!!」

「何かあったのか!?!?!?」


続いて響いた承太郎の怒鳴り声と、ジョセフとシーザーが慌てた声が響く。
その様子に駆けつけるでもなく「ハハハ」と乾いた笑いを溢した仗助の隣に、ジョルノがイスを引いて腰掛けた。
どうやら簡単に身支度を整え終えたらしい。


「ジョナサンさん。やっぱりさっきの作戦は失敗だったんじゃあないッスかね?」

「そうかなー…僕はあれで一発だったけど」

「それはジョナサンが心の準備が出来ていたからだわ」


顔を洗いに行っていたジョルノにはよく分からない会話が交わされ、続いてどたばたと騒々しい足音がダイニングに向かって走ってきた。
一人の足音ではないので、先ほどの声の主が駆けて来ているのだろう。



「ジイチャン!!!!どういうことだよ!!!!???」


一番に駆け込んできたのはジョセフだ。
ジョルノは明らかに寝起きの彼を見て“ヒドイ寝癖だ”と思ったが、よく考えてみればいつも右サイドの髪は無造作に跳ねていたはずだ。
どうやら寝癖ではなく、あれが彼の髪の癖なのだろう。
後ろから続いて入ってきたシーザーもどうやら寝起きのようで、いつもよりも金色の細い髪をフワフワさせていたが、それが寝癖かどうかよりも、ジョルノはシーザーの手に抱きかかえられたものに釘付けになった。



「ワン!!!」


「い…犬?」


一体いつから犬なんかが家の中に居たのだろう。
ジョルノの目の前にはしろに黒い斑の、確か犬が百匹以上出てくるようなアニメ映画で出てきたのと同じ犬がシーザーに抱きかかえられたまましっぽを振っていた。



「コイツが花京院の顔を舐めまくって…かなり悲惨なことになっていたぞ!?」

「その犬はダニーだよ!!間違いない!!まだ寝ている人達を起こしてくるように頼んだんだ」

「そこに座ってる息子達に頼んでフツーに起こしてくれよ!!!」


ジョナサンに食って掛かるジョセフの様子に、仗助は「やっぱりな」とため息をついた。
こうなることは予測できていた。
だが、「大丈夫大丈夫」と軽い調子で全く取り合ってもらえなかったのだ。


「僕の最高の一日はいつもダニーが起こしてくれることから始まったけどなぁ」

「ペットを飼っている自覚があるのと、全くそんな記憶のない人間が寝起きに顔中舐め回されるのとじゃあ違うんだよ」


先ほどの仗助と全く同じ事を言うジョセフに、ジョナサンは眉を下げて「ごめんね」と肩を落とした。
分かってくれさえすればいいのだ。
起き抜けに顔面を舐め回された花京院と、叫び声で起こされて慌ててみると覚えのない犬に相方が襲われていた承太郎。どちらも気の毒だ。
そして何より、慌てふためく花京院は更に承太郎に怒られてやっぱり気の毒。
承太郎には花京院に謝るようにキツく言いつけてきた。



「おはようございます」

先に顔を洗ったのか、身形を整えてサッパリした様子の花京院がにこやかに挨拶の言葉を口にしてダイニングに顔を出す。
笑顔で挨拶を返した一同は、朝から異常に重いオーラを放つ承太郎が続いて入ってきたことに気づいて口をつぐんだ。
気まずい空気の中、一番最初に口を開いたのは当事者の花京院であった。


「すみません、朝から大騒ぎしてしまって」

「いや、僕が悪いんだ。ペットを飼わない人の事も気持ちも考えるのを忘れていた」


いつもの覇気も和やかさも形を潜めたジョナサンは悲しげに頭を下げ、心配そうに顔を覗き込むダニーの頭を撫でた。
本当に仲が良かったのだろう。
落ち込むジョナサンを心配するように「クーン…」と鳴くダニーの姿に、心が痛む。
何かフォローすべきかと思うが、ここで引いては意味がないとジョセフが口を引き結んだその時だった。


「だから、改めて紹介するよ!!

“僕達”のペットのダニーだよ!!」





僕達………………?


「朝はダニーに起こしに行ってもらうから、よろしくね!」


爽やかな、無邪気な笑みに最早誰も反論など出来なかった。