混部パラレル | ナノ


「親父ちょっとそれ取って」

「何度も言わせるな。俺に子どもはいねーんだよ」


徐倫は承太郎の言葉に眉を寄せた。
確かに彼の言葉は間違いではないが、自分だってジョセフのことはジジィ呼ばわりなのだ。
それに何より、徐倫に言わせれば他に呼びようがない。
状況が状況だし相手が認識できない事は理解できるが、父親を呼び捨てにするなんてどうも具合が悪い。


「頑固ジジィ」

「テメーの方が俺より年上だろうが」

「なによ。私だって高校生の親父なんて気色悪くてこっちから願い下げよ!!このクソヤローーーー!!!!!」


ガタンと音を立てて立ち上がった徐倫に、承太郎は元々悪い目つきを更に険しいものにしてそれを見上げた。
苛立ちを露わに右目を引くつかせ、今にも文句を言いたげにしている。
それでもチッと舌打ちをして済ませたのは、食卓で始まろうとしているケンカに、今にもジョナサンからのお咎めが飛んできそうな気配を察知したのと、DIOが楽しそうに様子を見ているからだ。










「おっと…ゴメンよ」


花京院は手の上でガチャガチャ揺れる食器を慌てて押さえた。
ここジョースター家では、人数が増えてきたために家事は持ち回りになっている。
ジョナサンが各々の得意分野を考慮して組み立てたシフト表に従い、料理や掃除を全員が行う。
しかし、食器に関しては使ったものが自身で洗うように決まっている。
DIOも当初は相当渋っていたが、ジョルノと組ませたら比較的協力するようになった。
もちろん、ジョルノに背を押されながら…だが、やるようになったのだから評価すべき点である。


―――話を戻そう。
食事を終えた花京院は食器を洗うべくキッチンに入ろうとして、入れ違いに出て来る人物にぶつかりそうになっていた。
寸でのところで食器の落下を免れ、ホッと胸を撫で下ろしつつ顔を上げた花京院の目前では、徐倫が驚きに目を丸くして花京院を見つめたままフリーズしていた。


「ごめんね、よく見ずに勢い良くドアを開けちゃったから…」

「いいえ、私も良く見ずに出ようとしたから。ごめんなさい」

「いいんだ、何事もなかったしね」


にこっと笑う花京院は、バランスを取り戻した食器を掲げて見せる。
本当を言うと茶碗が転がり落ちかけたのだが、とっさにハイエロファントグリーンでキャッチしたので床までは落ちなかった。


「それ、アナタのスタンド?」

「あぁ、徐倫さんもスタンドを?」


徐倫は「さん付けしなくていいわ」と短く訂正して、ストーンフリーを出現させた。
シュルリと糸を解いて見せれば、今度は花京院が目を丸くする。


「ストーンフリーも、解けるのかい?」

言いながらハイエロをするりと解いて見せると、徐倫は目を丸くして瞬かせた。
行動や顔は承太郎そっくりだが、感情がよく分かる表情の動きはやはり女の子だ。


「似てるわね」

「そうだね。あ…ちょっと待ってて」


花京院は流しで食器を手早く洗い、承太郎がまだジョセフと何かを喋っているのを確認すると、徐倫と一緒にキッチンを出た。
そのままエントランスへ向かい、太陽がまだ沈みきっていない柔らかな光の中に出て具合のよさそうな倒木を見つけて腰掛けた。


「何か話でも?」

「うん、承太郎の話を聞かせて欲しいんだ」


なるほどそれは確かに外でなくては出来ない話だ。
徐倫は笑みを浮かべる花京院の隣に腰掛け、どこから話すべきか思案した。


「未来の承太郎は、どんな風なんだい?今と比べて変わってる??」

「そうね、…何も変わっていないわ。ただ、強いて言うなら少し…本当に少しだけど丸くなったんじゃあないかしら」

「へぇ、大人になった承太郎かぁ…」


想像をめぐらしては見るが、どうにも大人になった彼がイメージできない。
顔つきや体つきはすでに大人のようだが、荒々しい性格はやはり高校生といった感じだ。
だが、その荒々しさこそが彼の性格の印象そのものでもあるので、穏やかになった承太郎が想像出来ない。



「僕には会った?」

「いいえ、会ったことないわ。父親もほとんど家には居なかったから」


悲しげな表情を見せてそう呟く徐倫に、花京院は口を噤んだ。
どうやらあんまり円満にはいっていなかったようだが、なんと声をかけるべきか分からない。
こんな時、人付き合いの苦手な自分が心底憎い。



「こんなところに居たのか?承太郎が探してたぞ??」


不意にかけられた声のほうを見ると、先日のFメガ事件で迷惑をかけてしまったシーザーがタバコをくわえて紫煙をくゆらせていた。
沈みかけた夕日に照らされ、金髪が赤く染まりながらきらきらしている。
繊細に縁取られた睫毛の奥で透き通るようなブルーの瞳と目が合い、花京院はシーザーが自分に話しかけているのだと気付いた。


「僕ですか?」

「もちろん。なんだこんなところで…おっと、もしかしてお邪魔しちゃったかな?」


いたずらっぽく笑うシーザーが何を言っているのか分からず、花京院は目をパチパチさせる。
その反応にはシーザーが驚きを隠せずに「マンマミーア」と呟いた。


「集団からシニョリーナをこっそり連れ出しておきながら、まさか愛の言葉一つも囁いてないなんて言わないだろう?」

「愛…なっ!?そんなことするわけないじゃあないか!!!承太郎の娘だぞ!?」

「時空を越えてであったチルチェじゃあないか」

「チ…???」

「魅力的な女性って意味だ」


なるほど、シーザーにどんな甘言を並べ立てられても、浮ついたりしてはいけない。
徐倫は心でそう呟いて一つ頷いた。


「全く…ジャッポーネの男は奥手だなぁ」

「そんな…だって上手くいってなくても友人の娘だって女性にそんな…」

「…へぇ……うまくいってないのかい?」


急に顔つきを変えたシーザーに、徐倫は戸惑いつつ頷いた。


「上手くいってないわ。親父は私やママのこと好きじゃないのよ」

「それは何かの間違いだと思うよ」


徐倫の言葉を即否定したのは花京院だった。


「彼は無口で誤解を受けやすいけど、きっと娘を嫌うような人間じゃあないよ」


真剣な表情でそう言い切る花京院に、シーザーと徐倫は眼を瞬かせた。
鼻息も荒く承太郎を庇う花京院にシーザーも慌てて同意する。


「確かに、勘違いだという可能性もある!ちゃんと話をしたのか?」

「話せる状況じゃなかったの」

「勘違いで親とすれ違うほど悲しいことはない…。俺も、花京院と同じ意見だ。家族を嫌うような男ではないと思うぞ?」

「……私もそうかも知れないと思ってるわ」

「本人不在を良いことに好き勝手言いやがって」


「「承太郎!」」「親父…っ!?」


徐倫の言葉に片眉を上げ、何か言い掛けた承太郎は花京院とシーザーを横目に伺ってため息をつくと「勝手にしろ」と言い捨てた。
どうにも自分に分が悪いことを察したらしい。
高校生だってのに自分より年上の娘が居るなんてどうにも納得し難いが…


(妙なことになったもんだ)


これから更に妙なことになるとは知らず、承太郎は頭を掻いてため息をついた。


「やれやれだぜ」