混部パラレル | ナノ
「お茶くらい出してくれよ、ジョジョ」
「くっ、人が下手に出てたら…シーザーちゃんも今日からここに住むんでしょ?」
「明日から覚えるさ」
「本当だろうなぁ」
本を読むシーザーに、ジョセフは文句を言いながら立ち上がった。
訳の分からない世界に来た不安は、よく知った兄弟子と再び見えた事で和らぎ、少し気持ちも浮ついている。
いくらか軽くなった足取りで階段を降り、キッチンの扉を開くと、珍しい先客がいた。
「ジョルノとDIOじゃあねぇか…」
「あぁ、ジョセフさん。ジョセフさんも飲み物ですか?」
「ん、お前等も?」
「えぇ」と答えたジョルノは食器の棚を覗いて「あれ?」と小さく声をあげた。
「ジョルノ、お前のお気に入りのグラスだったら部屋にあったぞ」
「えぇ?なんだ、気付いてたなら教えてくださいよ」
「ぬ…すまん」
「取ってきます」とジョルノがキッチンを飛び出し、自然とジョセフとDIOが取り残された。
グラスにこだわりがあるなんて、よほどこの家での暮らしにも馴れてくれたのだろう。
馴れない環境に少し疲れ気味だっただけに、自分よりもずっと年下のジョルノの順応力がうらやましい。
ジョルノが出て行ったドアをじっと見ていたジョセフに、DIOが眉を寄せて「なんだ?」と声をかけ、不自然なほどに動きを止めてしまったていたのだと気付かされた。
「いや、適応能力すげーな」
「…ジョルノは、生まれながらの環境が良くなかったらしい」
「ん?片親で育ったからか??」
「母親も、ジョルノには構ってなかったようだ」
構ってなかった。
それが一体どのレベルなのかは分からない。
ジョセフは物心ついたときから両親が居なかったが、独りではなかった。
ただそれでも、母親が居るにも関わらず相手にしてもらえなかったのならば、それは生まれながらに親が居ないよりも寂しいのではないかということは想像に容易い。
「それにしても、アンタには懐いてるみたいじゃねーか」
「それだ。お前に意見を求めるのは癪だが…何故だと思う?」
一言余計である。
ムッとしながらも、ジョセフはもう一度ジョルノが出て行った扉を見た。
「私の後姿が映った写真を、わざわざパスケースに入れて持っていたのだ。怨むならまだしも、どうして懐くのだ?」
「フーン…俺だったら…そうだな。持ち歩くようなモンに写真を入れるなら、お守りだな」
「お守り?」
理解できんと言わんばかりに眉を寄せるDIOは、復唱してますますその皺を深くした。
「あくまでも俺だったら、だぞ?」
「前置きはいい。早く言え」
「非常に言いたくなくなってきたんだが、…まあいい。父親は居ない。母親には放っておかれる。そんな状況でもしも父親の写真を見つけたら、俺だったらこう思う。“もしかすると、父親は自分を仕方なく手放したんじゃあないか?”ってな。そうすれば、父親は自分を大切に思ってくれているって可能性が出てくる。唯一の味方の完成ってわけだ」
ジョセフの推測を腕を組んでいたDIOは、小さな声で「下らん」と呟いた。
その表情はいつもの自信に満ちたものとは異なっており、彼自身の出生も複雑だった事を思い出させた。
「あれれ。なに、もしかして嫌われたかったの?ジョルノが好きじゃないの?」
「嫌いなわけではない。だが、慕われるような覚えもない」
「嫌いじゃあないなら、これからオトーサンしてあげればいいじゃん」
「…フン、父親らしいこともしていないのは、お前も一緒じゃあないか」
「俺、今の一言でお前とは仲良く出来ないと分かった」
「仲良くするつもりなどない」
「嫌いだ」
「それはありがたい」
こんなにひねくれた奴は見た事がない。
取り出した二つのグラスに冷蔵庫から取り出したアイスティーを注いで、ジョセフはDIOに背を向けてキッチンを出た。
全く、時間の無駄だった。
その上「遅い!!」とシーザーに怒られて、散々だった。
「で?」
「いや、で?って言われても・・・」
そんな散々な一日を過ごしたジョセフは、夕食の後のリビングで繰り広げられる光景に元々大きな目を更に丸く大きくさせて固まっていた。
隣に立つ徐倫も戸惑いを隠せない。
「ジョルノ、そこのチャンネルを取ってくれ」
「はい、どうぞ」
会話に問題があるわけではない。
問題は距離感だ。
ジョセフや仗助を驚かせた可愛らしい容姿のジョルノは、とは言え十代も折り返しているという少年。
その少年を膝に横抱きに乗せて、DIOはくつろいだ様子でソファーに深く腰掛けている。
そりゃあ身動きも取れないモンだろうが、なんだか見てはいけないような空気に見てる。
むやみやたらに色気を放つ吸血鬼が、まだ時折子どもらしい表情を見せるような少年を膝に乗せているからだろうか。少年自身も綺麗な容姿をしているせいだろうか。
なんにしてもとにかく妖しい。
「ぬ…そこのコーヒーを取ってくれないか?」
「自分で取れよっ!このスカタン!!!!」
堪らず切れたジョセフに、DIOは心外だと眉を寄せた。
「ジョルノが膝から落ちてしまうではないか」
「降ろしゃーいいだろうが!!!!もう結構いい歳だろう!?」
「まだ15歳です」
「“もう”15歳だろうが!!」
本来、中学正といえば反抗期真っ只中だ。
にも関わらず、DIOの膝におとなしく座っているジョルノに、この場に居る一同が固唾を飲む。
今日来た花京院とシーザーですら、その様子に困惑気味だ。
花京院にとってもシーザーにとっても、DIOは宿敵と呼ぶべき存在だったのだから無理もない。いや、例え宿敵でなくとも、赤の他人だったとしてもこの状況には驚くだろう。
「これまで父親らしいことは何もしていないのだ。これから父親らしいことの全てをすると決めたのだ」
うん、ちょっとズレてる。
今初めて全員の心が通じあった。(一部を除く)
息を呑んだ一同は同時に動きを止めたが、その中から一人がDIO達が座るソファーへと飛び出す。
「DIO!!僕は感動したよ!素晴らしい心がけだよ!!!!!」
はい、ジョナサンなら賛同すると思いましたもの。
涙ぐみながら二人に駆け寄るジョナサンに、DIOが気恥ずかしそうに「フン」とそっぽ向く。
ジョルノがジョナサンに照れくさそうに笑う様子を見ながら、ジョセフは頭をかき回した。
ジョルノが笑っているのを見ていると、“まぁ、良いか”と、そう思えてくるのだから不思議だ。
それだけ彼はここに来てからも他人行儀に作り笑いを浮かべていたし、DIOともギクシャクしていた。このまま誰とも馴染めずにいたら、流石に神経をすり減らすのではないかとも思っていた。
「なんというか…。教えられていた吸血鬼の話とはずいぶんイメージが違うんだな。その息子も、イメージとは違っていたようだ」
シーザーの言いたいことは良く分かる。
彼の祖父はDIOとの戦いの間に命を落としたのだから、目の前の光景にはさぞかし驚いただろう。
祖父を殺した敵が息子を溺愛する姿なんて、どんな反応をすればいいのか分かるはずもない。
「あー……でも、これでいいような…いや、良くないような…」
考えれば考えるほどに良く分からない。
ガリガリと頭をかき回して、ジョセフはため息をついた。自分の発言でこんなに微妙な空気が出来上がるとは思いもよらなかった。
「アイスティーのおかわりを持ってきます」と笑って膝を降りたジョルノは、微妙な顔をしたジョセフにトトトと近づき、ニッコリ笑った。
綺麗な顔立ちなのだ。そうやって笑っていれば、大男ばかりのこの場も和むというもの。
笑い返そうとしたジョセフは、ジョルノにグイとマフラーを引っ張られて慌ててまえのめった。
「パードレに、何か吹き込みましたね?」
耳に囁かれた言葉の温度に、ジョセフは一瞬時が止まったように感じた。
作りかけの笑みを浮かべたまま、ジョセフは目をパチパチさせてジョルノの顔を見た。
いつもの笑みとは少し違う…そう、例えば今までの笑みが天使のようだとするならば、この表情は悪魔的な笑みとでも言えば良いだろうか。
思わずゴクリと喉を鳴らし、ジョセフはぎこちなく笑った。
「不満…だった、かい?」
「まさか。ちょっとズレていますが、面白いじゃあないですか」
「…お前って、見た目ほど天使じゃあないよな」
「それは褒め言葉だと受け取っておきましょう」
クスリと笑うジョルノの見た目はやっぱり天使。
細い金髪をサラリとまとめて流し、深い青の瞳がすこしだけ細められる様子を、ジョセフは難しい顔をして見た。
「なに、ジョセフがDIOに何か言ったの?」
「ん?徐倫か…いや、ジョルノが何故か慕ってくるって言うから、オトーサンしてあげれば?って」
「そうか、ジジィ…テメーの仕業か」
「んんっ!?承太郎、どーしてそんなに恐い顔してるんだ?」
「これからもあれを視界に入れ続けなきゃなんないかと思うと、頭が痛いわ」
「なんだよ!平和な図じゃあないか!!!」
「どう見ても何かを勘違いしてるおっさんの図っすよ…」
仗助まで苦い顔をしている。
ジョセフは救いを求めてシーザーを見たが、当のシーザーは困惑したままDIOに釘付けだ。
焦るジョセフなどお構いナシに詰め寄る徐倫と承太郎は、無言のままに圧力をかけてくる。
唯一現在のDIOたちの状況に好意的なジョナサンはニコニコ微笑を浮かべて、結構な至近距離から二人を見守っている。流石にジョルノがやりにくそうに笑い返しているが、本物の天使であるジョナサンは気付く様子がない。
「とにかく、テメーが撒いた種だ。テメーが勘違いを気付かせるんだな」
「そうよ!!正しい親子関係を教えてやりなさい!!!」
「ちょっ!!それって、俺も巻き込まれるフラグっすか!?」
「息子よ!!一緒に巻き込まれてくれ!!!」
賑やかなジョースター家に、仗助の悲鳴が響いた。