混部パラレル | ナノ


「うをっ!!なんだよ!!何でそっから出てくるんだぁ!?」


ジョルノは読んでいた本から静かに視線をあげた。
木漏れ日差し込む温かな部屋に、春の風がそよそよと吹き込む。黙っていれば眠気すら誘う心地よい部屋で、仗助は今日もゲーム相手に悔しげな表情だ。
上達する様子は全くない。
ジョルノがジョナサンに「パードレと暮らせる家はないか?」と訪ねた時、ジョナサンにはあっさりと「ないよ」と笑顔で返され、ジョルノはDIO共々ジョースターに厄介になっている。
DIOは昼間は寝ている事が多いので、起こさぬようにベッドを抜け出し、最も居心地の良い部屋を探して本を読むのが彼の日課だ。


「くそー…またここからかぁ」

仗助は日がな一日ゲームをしているので無害だが、ジョセフはやかましい。承太郎はテレビを見るか本や雑誌を見るか、あるいは煙草をふかしている。仗助と同じく無害だと言えるが、承太郎の無言は居心地が悪い。
徐倫は大概はジョナサンとお喋り、もしくは仗助がゲームするのを眺めて過ごす。そんなわけで彼女は自室で日中を過ごす事があまりないので、結局ジョルノは高確率で仗助の部屋の窓際を占領している。



「あぁっ!!!」


再び声を荒げる仗助を眺め、窓の外に視線を移した。
二階の窓から見える景色は、今日も変わらず緑と青空。果てしなく平和な光景ではあるが、定位置になりつつある窓枠に腰掛けたジョルノは、変わらない景色と穏やかさにため息をついた。


「何か飲むッスか?」

二面の世界からこちらに戻ってきた仗助の声に、ジョルノは振り向いて笑う。


「では、コーヒーを」

本当はエスプレッソが飲みたいが、この家にはエスプレッソマシーンがない。


「じゃあ淹れてくるッスね」

妙な敬語でそう告げる仗助に続いて、ジョルノも本を抱えて部屋を出た。


「座ってて良いっスよ?」

「暇なので、手伝います」

なるべく愛想良く笑いかけてキッチンについて行くと、ジョナサンと徐倫が何やらごそごそと何かを作っていた。


「何してるんだよ?」

「仗助。聞いてよ!ジョナサンったらプリンも作れないのよ!?」


疲れたようすで額に手を当てて肩を落とす徐倫に、ジョナサンが「ごめんよぉ」としょんぼり肩を落とす。
手に握られている包丁が何に使われたのか、気になるが考えたくない。


「DIOが上手に作っていたから、僕も挑戦してみたんだけど、お菓子は難しいね…」


確かに、料理はざっくり大雑把に作業を進めても作れるが、お菓子はそうはいかない。
材料は計りで計らなければいけないし、手順を間違うと失敗する。
余談ではあるが、筆者もシュークリームの生地を失敗してクッキーになった事がある。それくらい、正確性が求められると言うことだ。



「これは、何を作ろうとしたんすか?」


仗助に続いてジョルノもボウルを覗き込む。
成る程、プリンにはなりそうにない。
もはや何を入れたのかすら知りたくない。


「よく飯作れてきたッスね…」

「それはほら、修行中に教えてもらったから」


笑顔で答えるジョナサンに、三人は教えた人の苦労を偲ばずにはいられない。
きっと苦労したことだろう…。


「あれ、承太郎まで…どうしたの?」


ジョナサンの言葉で振り返れば、承太郎がキッチンのドアを開いたところだった。
何人もが寄ってたかって覗き込んでいるボウルを見つけて一瞬眉をよせ、「何でもねー」と答えて冷蔵庫を開ける。
恐らく仗助やジョルノと同じで、何か飲み物を取りに来たのだろう。
何となくそれを見ていると、ふと振り返った承太郎と目があった。


「…今日はコーヒー飲むか。お前も飲むか?」


指を指されて、ジョルノは承太郎が自分に声をかけているのだと気づいた。
珍しいこともあるもんだと頷くジョルノの隣で、ジョナサンが「あぁ!」と笑う。


「じゃあお茶にしよう!ホットケーキくらいなら焼けるよ!」


この流れは断ることの出来ない決定事項だと、全員が学習済みである。
往々にしてジョナサンの提案は採用される。誰も断らないと言っても良いかも知れない。


「やれやれ、じゃあ俺がコーヒーを淹れてやる」


珍しく承太郎が準備を買って出たので、少し考えたジョルノはジョセフを呼びに行く事にした。
ジョナサン曰わく“最近元気がないジョセフ”は、恐らく自室だろう。
二階に上がり、奥から左二番目の部屋をノックした。
コンコンと乾いた音が響き、少しすると眠たげに目をこすりながらジョセフが出てきた。



「んん?珍しいなぁ。どうした?」


ふわぁと欠伸をするジョセフを見上げて、ジョルノは「ジョナサンさんがお茶をしようと言っています」と答える。
ジョースター家の血筋は、どうしてこう身体がデカいのか。
ジョルノも年齢から考えれば大きい方ではあるが、承太郎とジョナサン、ジョセフは別格だ。どうしても見上げる形になる。


「また?爺ちゃんも、好きだよなぁ」


服の中に手を突っ込んでボリボリと腹を掻くジョナサンは、呆れた様子でジョナサンを笑う。
そう言いながらも、律儀に毎回参加するのがジョセフだ。


「仲が良い証拠ですよ。良いことじゃないですか?」


心底そう思って言ったのに、ジョセフはジョルノの顔をまじまじと覗き込む。
何かおかしな事を言っただろうか。
慌てて記憶を手繰るが、特に思い当たる節はない。
顎に手を当てて覗き込むジョセフに、ジョルノは体を仰け反らせた。


「ジョルノって、何で敬語なんだ?」

「え?」


そう言われればそうだ。
仗助の敬語が気になってはいたが、自分こそ徹底的に敬語である。他人の不自然さには気づいても、自分の習慣にはなかなか気づかないのが人間。
それを指摘されて目を見開いたジョルノは目を瞬かせ、「あぁ」と声を漏らした。


「すみません。癖なんです」


雑な説明だとは思ったが、あながち嘘でもない。
わりと敬語で話す相手の方が多いし、ほぼ習慣化していた。



「なんだ、嫌われてるのかと思ったぜ」


笑いながらリビングの戸を開くと、丁度コーヒーを並べている仗助が居た。
承太郎の手伝いを買って出たのだろう。
テーブルにコーヒーを並べ、ジョセフの声に振り返った仗助が「何のことッスか?」と首を傾げる。
彼の変な言葉遣いも、癖なのかも知れない。


「ジョルノの敬語の話よ。嫌われてるから敬語なんだと思ったぜ」

「え、癖…なんスか?」

「えぇ、そうですね。ほとんどの人にこうして喋っているので」

「なんだ、じゃあ俺は敬語じゃなくてもいいよな?」

「もちろんです」

面倒なので、仗助の使う言葉が敬語ではないことを指摘しない。
丁寧語ですらない。とも言わない。
しかし、彼に“自称・敬語”を使わせていたのが自分なら、気を使わせてしまって申し訳ない。


「俺も、お前が馴れていないせいかと思ったぜ」


いつの間に後ろに回っていたのか、眉間に深く深く皺を刻んだ承太郎が「やれやれだぜ」と帽子のつばを下げて深く被りなおす。
もしかすると、分かりにくいなりに、多少気にしてくれていたのかも知れない。



「すみません」

「まあ良いじゃない。馴れない環境なのはみんな一緒だし」


トレーにホカホカのホットケーキを乗せて運んできた徐倫が笑った。
この家にたどり着いた当初よりも、ずっと明るくなったように見えるが、何か心境の変化でもあったのだろうか。


「集まったなら、お茶にしよう」


ジョナサンもトレーを運び込み、全員が手伝ってそれを並べる。
こんな作業の手際はずいぶん良くなった。
家族と居るというよりは、修学旅行や合宿のように感じられるのは、恐らく全員が似たり寄ったりな年齢のせいだろう。


「さっきチラッと聞こえたけど、僕も嫌われてたらどうしようかと思ったから安心したよ」

「嫌ってなんか居ませんよ」


ただ、ジョースター家の面々は初対面の人間に対する警戒心が無さ過ぎるとは思う。
DIOなんか宿敵であるはずだが、誰も何も言わないのが不思議ですらある。
お人よし…とでも言えば良いのか?(その傾向は特にジョナサンに感じられる)



「僕たちよりDIOの方を父親って言うし」

「お爺ちゃん、気にしてたのかよ」


ジョセフに笑われたジョナサンが、「だ…だって」と唇を尖らせる。
ばつが悪そうに眉をよせ、口をもごもごさせるジョナサンは、どうやらDIOに負けたような気にでもなっているのだろう。


「良いじゃない。うちはすでに大人数。対するDIOは一人ぼっちだし」


徐倫、それはフォローになっているかもしれないが、DIOがここにいたら多少は傷ついていただろう。
苦笑いを浮かべて事を見守るジョルノに、ジョセフが「なぁなぁ」とフォーク片手に呼びかける。


「だけど、俺のことお兄ちゃんって呼んで良いんだぜ?」


本当にジョナサンにはジョセフが元気ないように見えたのだろうか?
シロップのついたホットケーキを飲み込んで笑うジョセフに、ジョルノは柔らかな笑みを返して口を開いた。
一見爽やかな、優しげにも見える天使のような笑顔は、本当に目を見張るところがある。


「遠慮しておきます」

「あら、言うじゃない」

「はっきり言わないとわかんねーんだから、言えば良いんだよ」


徐倫と仗助がうんうんと頷き、ジョセフはすがるように承太郎を見たが、「やれやれだぜ」の一言で終了させられてしまった。
承太郎の「やれやれだぜ」がチートすぎて困ります。
困った時、面倒くさい時、照れくさい時や誤魔化したい時にもどうぞ!!なんて売り文句すらつける事ができそうだ。



「まあ、呼び名は何でもいいんだけど、仲良くやっていけたら嬉しいかな」


ジョナサンがにっこり笑いかけると、ジョルノは僅かに頬を染めて俯いた。
どうにも家族の団欒というやつに馴れることができない。
くすぐったいような、甘ったるいような感じがして、こそばゆい。
ジョルノが誤魔化す様に慌てて最後のホットケーキを口に運ぼうとした、まさにその瞬間…。


「楽しそうではないか。私にもあるんだろうな?」


今日はいつもより少し早く目覚めたらしい。
DIOがドアを開いて目を細めていた。


「あぁ、ゴメンよ!もう無いんだ…」

「…コーヒーくらいならあるだろう?」

「さっき切れた」


それはとどめってやつですね、承太郎さん!
冷たくそう言い放つ承太郎を睨むDIOの目は、どことなく寂しそうだ。



「あの…」


膠着状態になるかと思われたその空気をかえたのは、他ならぬジョルノだった。
一切れ残されたホットケーキと、半分飲まれたコーヒーを、おずおずと差し出す。


「これ、半分どうぞ。食べかけですが」


戸惑うDIOに、「僕はしたことありませんが、家族とはこういうことをするものなのだと聞いたんですが」とジョルノが気恥ずかしそうに頬を染める。
「それは何情報だ!!」とツッコミたいが、ジョセフはぐっと堪えて息を飲んだ。
いつもそうだが、ジョルノがDIOに歩み寄ろうとする姿はつい、息を飲んで見守ってしまう。
微笑ましいが、相手が相手なだけに見ているだけで緊張してしまう。


「お前の分なのだ、食べなさい」


断られたジョルノが「でも」と寂しげな顔をする。
なんだその振られた彼女のような反応は。
もしもジョルノが女だったら、そっと肩くらい抱いて慰めたい。なんて気持ちすら湧く。
フツッとDIOに怒りが湧いてジョナサンがDIOを振り返ろうとした瞬間、DIOは眉を寄せたまま苦々しく口を開いた。


「…しかし喉が渇いた。コーヒーは半分もらおう」

「!!!」


瞬間、パッと表情を輝かせるジョルノは「どうぞ」とDIOにコーヒーを差し出す。
微笑ましいと言えば微笑ましい。
こっちまで恥ずかしくなるような初々しい親子の雰囲気に、仗助は思わず徐倫と顔を見合わせた。


「親子だよな!?」

「間違いないはずよ」


先日顔を合わせたばかりの親子なのだ。
しかも、分類するなら“ツンデレ”に入るであろうDIOと(しかもデレはごく稀)、家族があまりうまくいっていない家庭で育ったジョルノ。
ギクシャクするのは分かる。
最初から打ち解けることが出来ないのも、重々承知している。
とは言え親子なのだ、歩み寄れるのであれば、歩み寄ればいいだろう。


「でも…なんなんだよこの空気はーーーー!!!!!!!!!」



ジョセフの叫びに、DIOとジョルノ以外の全員が深く頷いた。