安い口説き文句

手下は多ければ多いほど良い。
それだけ天国にいく方法も見つかりやすくなる可能性は無視できない。
名前に心を許しても、このことだけは隠し通さなければならない。
何人にも妨害されるわけにはいかないのだから。


天国に…。


なんとしても天国に行かなければ。


私は生まれた瞬間から奪う者だった。そうしなければおおよそ幸せとは縁遠い位置に存在していた。
奪われる者でなかっただけまだマシだが、それに対してジョナサンは受け継ぐ者だった。安穏と生きているだけで彼にはたくさんの幸福が与えられ、準備されている。あまりにも不公平だ。
世界はいつだって、不公平で残酷なものなのだ。






「ん…」


規則正しい寝息に混じって小さく声を出した名前を伺い、私は開いていた日記帳を閉じて片付けた。
そろそろ名前が目を覚ます時間だ。


「DIO様・・・?」

「起きたか」

まだ覚醒しない頭を呼び覚ますように目をこする名前を引き寄せて、寝癖のついた髪を後ろに撫で付けて額に一つキスを落とす。
幸せそうに微笑む名前に僅かに心の底がざわりとあわ立つのを感じながら、私は名前に口付けた。


「DIO様、おはようございます」

「こんな時間に起きておはようございますとは、名前。なかなか吸血鬼としての生活が板に付いてきたではないか?」


クスリと笑う私に、名前は困った顔をして「確かに人間らしい生活とは言えない…」と呟いた。
夜に働いている人間ならば仕方がないが、働いているわけでもないのにこんな生活は良くないと言うのが名前の持論。
当然と言えば当然である。
人間は朝に起きて夜眠る方が、身体の健康を維持しやすく出来ていて、やむを得ない人間以外は太陽の光を浴びなければ体調を崩す。


『可哀想』


そう言ったのは、アレッシーの能力で子どもになった名前。
冷めた目でも、気を許したような溶けた表情でもなく、あの時の彼女は紛れもなく他人に何の隔たりも作らず屈託のない笑みを浮かべていた。


「名前、このDIOから離れて人間の生活を取り戻したいか?」


ふと思いつきで放った言葉は、想像を遙かに越えた反応を名前にさせた。
傷ついたような、今にも泣きそうな、しかし怒っているようにも見える表情だった。


「嘘でもそんな事を言わないで下さい…。あたしが不要になりましたか?」

「いや…」


ベッドをソロリと降りて壁に背を向けて着替えを始めた。どんな関係になろうと、名前がそういった恥じらいを消すことは無い様に思える。
日に当たらないせいか、以前より白くなった肌はなだらかな曲線を描く。


「・・・名前」

「はい」

「・・・・・・お前は、天国を信じるか?」


私の言葉に何か違和感を感じたらしい。名前は目を見開いたまま振り向き、真意を探るように私の表情を読み取ろうと見つめ続ける。
気まぐれの質問だった。
答えの如何によってどうこうするつもりもなかったし、どうしても答えを聞きたいかと問われればどちらでも良いと答えたに違いない。


「天国とは・・・いったいどのようなところでしょうか」


名前はポツリとそう呟いた。
なるほど、確かにその通りだ。天国と一口に言ったところで、個々の想像で差異があるに違いない。ならば、私の求める天国とはなんだろう。


「DIO様、あたしの求める天国は、DIO様と共にあることです」


名前が笑いもせず、泣きもせず、その時の私にも読めない表情でそう告げた。
ただ何の事を暗示しているのかを図りもせず、陳腐な口説き文句だと、私はそう思っていた。

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